弁護士登場の「効果」と期待感

     弁護士という存在は、法的指南をはじめ、いわゆる弁護活動といわれる、専門知識と訓練に裏打ちされた「価値」の提供以前に、その登場そのものが、ある種の社会的な「効果」をもたらす仕事といえます。それは、一つには紛争における彼らの登場が、その紛争の新たな局面を意味する「効果」です。

     私人間の紛争での、一方の側からの弁護士登場(あるいはその可能性)の宣明は、この紛争が法的な問題に発展し、あるいは司法判断に委ねる可能性までを伝えるとともに、そうしたレベルの問題であることを相手に知らしめるものとなります。もちろん、一方が専門家による攻撃防御態勢をとるということを伝えることで、両者の関係性は一気に緊張し、そのことが膠着状態であった交渉を前に進ませることもあれば、当然、相手側にも弁護士を付けるという攻撃防御態勢をつくらせることにもつながります。

     社会の受けとめ方を見ていると、前記内容的な「価値」以前の、この「効果」そのものに、非常な期待感が被せられていることに気付かされます。前記したような局面打開という意味がある場合もありますし、司法的な解決につながる過程での当然に生まれる「効果」とみれば、これ自体、取り立ててどうこういうことではないかもしれません。ただ、その一方で、「脅し」的な「効果」のみにつながる期待感の膨みには、危いものを感じることは多々ありますし、それがまた、弁護士の「用心棒」的イメージにも確実につながっている観があります。

     「有能な」弁護士をつけて、それを「登場」させることそのものが、事案の性格や法的な正当性・妥当性を飛び越えて、自らに有利に働く、あるいはそれにつながる相手の反応を引き出すはず、との思い込みは、弁護士や司法への、誤解を生み、それがまた、弁護士・依頼者間の齟齬を生み出している面も否定できないように思います。

     そして、もう一つ、弁護士「登場」の「効果」として期待されているのは、「公正さ」イメージです。組織やリーダーの「公正さ」を印象付けたい局面、あるいは、それを問われている場面で登場する弁護士たちは、コンプライアンス重視の姿勢そのもののアピールを期待された「ツール」と化す現実があります。現弁護士のなかでも、とりわけ訴追する側の経験を有する元検察官が、こうした局面で登場するのにも、実質的意味以前の、「らしさ」を生み出す「肩書き効果」への期待感は読みとれてしまいます。

     もちろん、これもコンプライアンスにおける実質的な意味がないわけではないでしょう。ただ、その「お墨付き」としての期待感の先行が、結果的に彼らが具体的に検証した範囲を越えて、イメージ戦略に彼らを利用することにつながるという目論見なのであれば、やはりその「効果」に、社会はむしろイメージに引きずられない厳しい目線を向ける必要があるはずです。

     弁護士登場に被せられる、二つの「効果」への期待感は、ある種、微妙な関係にあるとみることもできます。前者の期待感に込められた、一方当事者の心強い擁護者、「用心棒」的存在とみる目線で、弁護士登場がみられることが一般化するほどに、実は、後者の「公正さ」イメージの効果にはマイナスに働く可能性がある。有り体にいえば、単に「お墨付き」のために登場させたのではないか、という疑念は当然に生まれ、その期待に反して、効果の足を引っ張る状況が生まれるということです。

     もっとも、あくまで「公正さ」を軸に考え、「らしさ」を取り繕うと企てを阻止するという意味で、むしろこうした批判的なアプローチは望ましいともいえます。しかし、一方でそれは、弁護士の登場そのものが、「公正さ」を担保する姿勢として、当然のように社会が認めるということではなくなる方向なのです。

     今回の舛添要一・東京都知事の「公私混同」疑惑をめぐる調査での、弁護士登場も、はじめからその「お墨付き」的役割、都知事が被せた期待感の中身とつなげた話が取り沙汰されました。自らの弁明よりも、「第三者の公正さ」という言い分は、そのままの意味としては伝わらず、むしろ、追い詰められながらもなんとか続投したい彼がたどりついた手段と社会には受け取られた。そして、そのなかでは、おそらく弁護士という存在も、都合のいい「ツール」になるのではないか、という疑いの目線の中で。

     そもそも政治資金規正法上、違法にはならない、という見方があるなかで、彼は都知事としての資質を問われているわけで、彼は「どうしてこれが通用すると考えたのか」を正直に話して、それでもそうした人物が都知事にふさわしいのか、その一点が問われればいいだけのことです。そう考えれば、今、法律家にこの問題を投げかけても、今回のように「不適切だが違法ではない」という結果が返ってくることははじめから分かっていた、というよりも、それを言わせ、その筋違いの「お墨付き」効果で、苦しい立場を乗り越えようとしたととられるのは、当たり前の話です。

     弁護士としては、その与えられた役割に忠実に調査し、その立場で結果を出している、という評価になるかもしれませんが、仮にそうであったとしても、その「効果」は別の期待感のもとに利用されようとしている、といわなければなりません。

     6日に行われた会見で記者から真っ先に、その弁護士に飛んだのは、「報酬は受け取ったのか」「疑惑を抱える本人から依頼されて調査を行うことに関して客観性が確保できるのか」という質問でした。弁護士は前者には答えず、後者には「第三者委員会は基本的にそういうものだ」とだけ答えました。記者の質問は、知事の期待感を見抜き、ある意味「お墨付き」の役割を与えられたことに対する弁護士の真意をただしたものにもとれました。調査を尽くし、弁護士として「公正さ」を強調しても、その役割としては「公正さ」イメージの効果は期待通りには得られない、という、都知事にとっては皮肉な結果といえます。

     弁護士が単なる「用心棒」でないことも、単なる「お墨付き」や「公正さ」イメージの「ツール」でないことは、いずれも弁護士がその実務を通して結果を出せばいいだけのこと、という人もいるかと思います。それも、間違いとはいえません。ただ、そうでなければもちろんのこと、また、たとえそうであったとしても、弁護士の登場は、さまざまな期待感のもとに、専門家の本来的な役割とは違う形で利用されかねないということは、社会もそして弁護士自身もよく認識しておく必要があるはずです。


    成立した取り調べの録音・録画を一部義務付ける刑事司法改革関連法についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/7138

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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    No title

    実績の少ない中小は実績稼ぎのために無謀な仕事も受けがちで、負けたら大きな傷が残るから手段を問わずに勝とうとする。
    事件処理方法なんて分からなくてもいい。困ったら裁判するって脅せば大半の相手方は萎縮、泣き寝入りする。
    そしてこの方法で勝ち残った事務所だけが、事務所の規模をどんどん大きくしていける。

    このように考えれば、大手事務所とはタチの悪い中小事務所の進化系と言える。

    No title

    やめ検の仕事ぶり?・・・ますぞえ都知事の会見参照のこと。

    また、裁判所の劣化が激しい。代取と平取の区別がつかないため、証人(当事者)尋問前の偽証罪の説明では、本人尋問だか証人尋問だかを間違えるという超基礎レベルで、問題を生じている。

    ゆえに、交渉に力を入れるマチ弁が増えている。間違いない。

    それにしても、自分の依頼人にとって明らかに負け筋の事件であるにもかかわらず、さっさと交渉を打ち切り、平然と提起してくる大手事務所が後を絶たないのは、どういうわけか。①事務所経営のために、事件あさりが必要。②めったに弁護士の仕事をしないので、事件処理方法がわからない。いずれにせよお気の毒・・・。

    No title

    いやいやマチ弁だって訴訟慣れしてないから
    訴訟になりそうな依頼なんて基本やらないから
    負担がデカすぎるから出来る限り回避するって


    訴訟慣れしてると言える弁護士って元検事とかくらいじゃないの

    「本日の拈華微笑地球送信メール」

    本日六月一〇日
    首相官邸安倍晋三総理https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
    ホワイトハウスオバマ大統領https://www.whitehouse.gov/contact#page
    スプートニク日本プーチン大統領http://jp.sputniknews.com/russia/20160609/2281210.html
    へ送信した拈華微笑仏教聖典メールです。
    _________

    テーマ「国を治める者が守るべき務め」

    拝啓 安倍晋三総理大臣殿/オバマ大統領殿/プーチン大統領殿

    仏教聖典_なかま_第二章、生活の指針_第三節、もろ人のために_

    長阿含経第二遊行経、華厳経第三四入法界品、金光明経第一二四天王護国品、大薩遮尼けん子所説経

    一、ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。


     一つには、国民はしばしば会合して政治を語り、国防を厳にして自ら守り、

     二つには、上下心を一つにして相和し、ともに国事を議し、

     三つには、国風を尊んでみだりにあらためず、礼を重んじ義を尊び、

     四つには、男女の別を正し、長幼の序を守って、よく社会と家庭の純潔を保ち、

     五つには、父母に孝し、師長に仕え、

     六つには、祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

     七つには、道を尊び徳をあがめ、徳の高い師について教えを仰ぎ、厚く供養することである。

     どんな国でも、この七つの教えをよく守って破ることがないならば、その国の栄えることは疑いがなく、外国の侮りを受けることはないであろう。


     二、昔、大光王は、自分の王道を次のように説いた。

     「自分の国家を治める道は、まず自分を修めることである。

    自ら慈の心を養って、この心をもって国民に臨み、人びとを教え導いて心の垢を除き去り、身と心を和らげて、世の中の楽しみにまさる正しい教えの喜びを得させる。

     また、貧しいものが来たときには、蔵を開いて心のままに取らせる。

    そしてこれを手がかりとして、すべての悪から遠ざかるように戒める。

     人びとは各々その心をもととして、見るところを異にする。

    この城中の民にしても、この都を美しいと見るものもあれば、また汚いと見るものもある。

    これは各々、その心、その環境がそうさせるのである。

     教えを尊び、心の正しい素直な人は、木石にも瑠璃の光を見るのであるが、欲が深くて自分を修めることを知らない者は、どんな立派な御殿でもなお美しいと見ることはできない。

     国民の生活は、万事みなこのとおり、心がもとになっているから、わたしは国を治める大もとを、民にその心を修めさせることに置いている。」


     三、大光王のことばどおり、政道の大もとは、民にその心を修めさせることにある。

     この心を修めることはさとりの道に進むことであるから、政治の上に立つ人は、まず仏の教えを信じなければならない。

     もし政治を行う人が、仏を信じ、教えを信じて、慈悲深く徳のある人を敬い、これに供養するならば、敵もなく、恨みもなく、国家は必ず栄えるに違いない。

     そして、国が富み栄えるならば、他の国を貪り攻めることもなく、また他を攻める武器の必要もなくなるであろう。

     したがって国民も満足して楽しみを受け、上下和らいでむつみあい、善を増し徳を積んで互いに敬愛し喜び合うから、いよいよ人は栄え、寒さ暑さもととのい、日も月も星も常の程度を失わず、風雨が時に従うようになり、こうしていろいろの災いも遠ざかるようになるであろう。


     四、王たるものの勤めは、民を守ることにある。

    王は民の父母であり、教えによって民を守るからである。

    民を養うことは、父母が赤子を養うようなもので、父母が赤子のことばを待たず、湿ったものを取り替えて新しい布を当てがうように、いつも民に幸いを与えて悩みを去るよう慈しみ養うのである。

    まことに王は、民をもって国の宝とする。

    これは、民が安らかでなければ政道が立たないからである。

     だから、王たるものは、民を憂えてしばらくも心を離さない。

    民の苦楽を察し、民の繁栄をはかり、そのためには常に水を知り、風、雨を知り、実りの善悪を知り、日照りを知り、民の憂いと喜びを知り、罪の有無と軽重、功績の有無などをよく知って、賞罰の道を明らかにする。

     このように民の心を知って、与えなければならないものは時をはかって与え、取るべきものはよく量って取り、民の利を奪わないよう、よく税を軽くして民を安らかにする。

     王は力と権威によって民を守り、このようにして民の心になって民をよく見守るものが王と呼ばれる。


    敬具  豊岳正彦拝

    四正勤__仏教聖典(仏教伝道協会出版)

    これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
    「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

    すでに起こった悪は、断ち切る。
    「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

    これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
    「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

    すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
    「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

    拈華微笑 


    南無釈迦牟尼仏

    南無阿弥陀佛

    大手の弁護士は、学力はあるが、勝負師としての才覚はまた別だと思う。また、訴訟に慣れていないなといつも思う。
    街弁は、限られた証拠をいかにうまく駆使するか・代替証拠をどうするかを常に考えさせられるのだけど、大手事務所の弁護士は、証拠が全部揃ってないと仕事が全くできない。
    10勝できるエース級を五人揃えて、打線も平均打率3割のチームみたいな会社しか、大手は扱わない。故障者がいると途端に回らなくなる。そういう非常時の用兵という、泥臭いノウハウがないのだろうね。

    No title

    脅しスキルしか学んで来なかったんだろうね、その手のバカ弁護士は。
    それでも仕事持ってるっってだけで有能扱いされるのが現状なんだけどね。

    No title

    >四大事務所のパートナー(大爆笑)が束になって起こしたSLAPP裁判で、本人訴訟で応戦されてこれ以上考えられないほど無様に完敗した(全面敗訴どころか、提訴取り下げに追い込まれた)実例を知ってる。


    ああ、それはよくあるんじゃない?あるケースでは、天下りをたんまり飼って安心してたんだろうけど、なんてこたない、司法研修所の白表紙みたいな主張書面を出してきて、大笑いしたことあるよ。当時、私は弁護士1年目だったけど、完勝(向こうが原告、こっちからの譲りに譲った和解案も原告代理人らが高飛車に蹴飛ばして、判決は請求棄却、1審で確定)しました。

    彼らは、金儲けに目がくらんでしまった、
    「歌を忘れたカナリア」
    なんだよ。

    あんなのに大金を払うクライアントの気が知れない。

    No title

    >拳銃持った相手に丸腰で挑むようなものだぞ?
    弁護士といえど専門外の知識はペラッペラなことも多い。例えるならモデルガン、ヘタすれば空砲だ。
    空砲相手ならネット知識(笑)の方が詳しいまで有りうるぞ。それでも真偽の判断がつかない相手には有効なんだが。

    >しょせん素人(が持ってくるネット情報(笑))の法律知識で何とでもできるようなものなら、弁護士の資格なんていらんわ。
    じゃあ素人に負けた弁護士はバッジつけてちゃダメだなw自主申告して今すぐバッジ外さないとw
    素人相手に負けたら破滅するんだから、弁護士を雇わない相手には手段を問わず脅すのも当然だなw
    また一つ弁護士の実情に詳しくなってしまったぜ

    No title

    四大事務所のパートナー(大爆笑)が束になって起こしたSLAPP裁判で、本人訴訟で応戦されてこれ以上考えられないほど無様に完敗した(全面敗訴どころか、提訴取り下げに追い込まれた)実例を知ってる。

    >弁護士はプロだ。専門家だ。職業集団なんだ。

    そう思わせて、不当要求を押し付けて泣き寝入りを強要する、民事介入暴力の暴力団みたいな弁護士がいる限り、こんな思い上がりは笑止千万。
    本来、一流の専門家には素人は勝てっこないが、そう思わせてる三流以下のエセ専門家なら話は別だ。

    No title

    >「弁護士だーもう勝てないわーこっちも雇わないとだめだー」

    これは当たり前だろう。
    拳銃持った相手に丸腰で挑むようなものだぞ?
    勝てる喧嘩も勝てなくなるぞ。
    弁護士は「プロ」だ。
    しょせん素人(が持ってくるネット情報(笑))の法律知識で何とでもできるようなものなら、弁護士の資格なんていらんわ。
    弁護士はプロだ。専門家だ。職業集団なんだ。

    No title

    一般人の弁護士に対する認識って
    お偉いさんが雇ってるのを見た場合は「どうせ大金で飼いならしてるんだろ・・・」と思う一方で
    私人同士の争いで出てきた場合は「弁護士だーもう勝てないわーこっちも雇わないとだめだー」になるんだよな。
    改めて考えると変な話だ。弁護士という存在を正しく認識しようとしないから起きる解釈だろうけどさ。

    No title

    >自らに有利に働く、あるいはそれにつながる相手の反応を引き出すはず、との思い込み

    思い込み?
    権利を主張するということは、自分に有利に働くことを期待するのは当然ではないのか?
    それに、刑事事件はともかく民事事件においては、訴えられた側にも法律に裏打ちされた権利が存在する。どちら側の弁護士になるかでそれぞれの正義がある以上は、「思い込み」という表現は適切なものではないのでは。
    とりあえず「反応しないまま時効を迎える」「ぐだぐだしているうちに証拠が消える」よりは、何かの反応を引き出したほうが良いことのほうが多いのでは。

    No title

    弁護士に期待しなければいいんじゃないですか?

    No title

    痴漢冤罪事件にもこのくらい「立っていた場所は不適切ではあったかもしれないが無罪」となっていただきたいものである。少なくとも大事な時には「公平」でいていただきたいのだが、そういうわけでもないらしい。

    ともあれ今回の件は、「弁護士は全力で依頼者を守るものだ(たとえそれが不適切であっても)」ということが大きく印象に残ったし、依頼者にとってはそうでなくてはならないと思う。
    これを刑事事件にもつなげていただきたい。

    No title

    弁護士は存在自体に価値がある?んなこたーない。

    「弁護士は依頼人を守るのが仕事、事件の真相なんてどうでもいい。そのためなら相手方をどんなに侮辱しようが許される。いざとなったら名誉毀損で訴えればいい」なんて勘違いしてる弁護士を見たことあるけど、弁護士バッジ自体に価値があるという思い込みから生まれてるんだろうね。
    こんな弁護士に「弁護士がいれば状況は正しい方向に進んでいく」って認識を持ってみろ。間違いなく状況は悪化する。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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