「責任」と「人権」の感覚

     ご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、「朝日新聞」4月11日の「声」欄に興味深い投稿記事が出ていました。福島原発のニュースに対して、投稿者の、ドイツ人の友人が、東電社員が現場に残り、作業を続けていることに「心を打たれた」と評したうえで、こう語ったというのです。

     「危険な場所で人々が責務を遂行している。民主主義の先進国でこれが可能なんて信じられない。ドイツ人ならみんな、残って作業するのを断るだろう」

     この彼は、国際弁護士でした。それだけに、投稿者も「人権に特に敏感なのかと思った」との感想を漏らしています。しかし、この件について意見を聞いた、一般企業に勤めるオーストリア人の知人もこう即答したと言っています。

     「欧州なら軍隊は出動するかもしれないけど、企業の社員が命をかけて残るなんてありえない。まず、社員が拒否するだろうし、それを命じる会社は反人道的とみなされる。大惨事になる危険があっても、少人数を犠牲にしていいわけがない」

     これを読まれた方の何人かは、某首相の姿を思い出され、あるいは「欧州じゃなくてよかったね」と思われたのではないでしょうか。東電の「社員を撤退させたい」との意向に、「電力会社の役割を投げ出すつもりか、社長を呼べ」と言い、幹部を前に「撤退などあり得ない」と大声を上げたとされる某首相が、今頃、今の日本ではあまり聞こえてこない種類の批判の集中砲火を浴びていただろうことが想像できてしまうからです。

     ここに登場する欧州人の感覚ですべてを語れるのかは、もちろん分かりませんが、ここで示されていることを前提とすれば、やはり、現在の日本人の感性との違いを示すエピソードに読めます。投稿者は「日本的な責任感」を示すものとし、それが欧州で驚きをもって受け止められている事実に注目しています。

     と同時に、このエピソードは、その裏返しにもう一つのことを物語っています。それは、大衆の「人権」に対する目線です。もちろん、このことは日本人が東電社員の人権を軽視していることを意味しているわけでは決してありません。東電社員やその家族の苦しみを理解し、また彼らを思う日本人は沢山います。

     ただ、日本の大衆が個人の「人権」と「責任」がぶつかるような局面で、個人が「人権」を優先させることを果たして当然と受け止めるか、優先させるという決断のもとに会社の命令を受け入れた場合でも、会社が「反人道的」として世論の攻撃対象になるのか、といえば、それは必ずしもそうなるとはいえません。

     さらに、国際弁護士の言で注目できるのは、「民主主義」を持ち出しているということです。つまり、彼の認識からすれば、「民主主義の先進国」ならば、こうした「人権」と「責任」が対立する局面で、個人が「人権」を主張することは当然であり、また社会もそれを当然と受け止める、ということのようにとれます。

     さて、このことを日本の弁護士の仕事に引きつけて考えれば、ひとつの現実を浮かび上がらせます。それは、形は違っても、いろいろな紛争の場面に登場する「人権」と「責任」の対立する局面で、純粋に、あるいは「民主主義」的に主張される人権優先の主張に、日本においては世論が必ずしも加担しない状況が起こり得ること、少なくともその価値の比較考量において、「責任」に重きを置いた判断が働く可能性があることを意味するということです。

     それが、また弁護士の仕事や役割に対する評価につながることも考えられます。この投稿者が最初に考えたように、この国際弁護士のいうようなレベルのとらえ方は、「人権に特に敏感な」弁護士という仕事がゆえ、という見方が、投稿者の特別の感覚とは、とても思えません。

     投稿者も指摘するように、こうした日本人の責任感や精神は尊く、そこに驚嘆をもって受け止める外国人が、あるいは尊敬すべき姿としてとらえていることの意味もあるとは思います。とらえ方によっては、個人を犠牲にする精神は、個人の「人権」を差し出して、多くの人の「人権」を救う姿ともとれます。

     日本人の場合に、この個人の意思を尊重することが、この美徳としての犠牲的精神を尊重することととらえられている面を否定はできず、評価の仕方は単純なものにはなりません。

     ただ、犠牲はいかなるものからも、どんな形であっても、強制されるべきではなく、また、人権はあるいは世論からも守られなければならないことを考えれば、日本で徹底的に「人権」の立場に立とうとする弁護士たちの厳しい位置取りもまた、このエピソードから見えてくるような気がします。

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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