3・11臨時総会からみた「改革」と日弁連

     法曹人口と法曹養成に関する決議をめぐり、5時間以上にわたる3月11日の日弁連臨時総会の議論を報道席から聞いて、率直に感じたのは、いくら議論しても、今の日弁連という組織には、本当の意味でこの議論を決着させることはできない、ということでした。もちろん、結果は執行部案賛成10379票、反対2948票、総会招集請求者案賛成2872票、反対9694票で、前者を可決し後者を否決、その他動議が通った執行部案の修正案(第3案)が否決、動議が成立しなかった修正案(第4案)が議事に諮られずに終わった、ということをもってして、これが日弁連の「決着」という人もいるとは思います。

     ただ、あえていえば、それはこの臨時総会を閉幕するための「決着」ではあっても、それが、今、日弁連とその構成員である全弁護士が抱えている問題の「決着」につながると考える人が、この会場にどれほどいるのだろうか、と思ってしまったのです。決定的に分かれている会員間の現状認識。これらを包摂してどこかに落とし所を探るような議論はもちろんない。というよりも、日弁連も弁護士も、はやそれを可能にするような状況にはない、ということが、この臨総ではっきりしてしまったように思えたのです。

     司法試験年間合格者を直ちに1500人、可及的速やかに1000人以下にすること、予備試験の制限への反対表明と給費制復活をうたうよう求めた招集請求者案。これに対し早期に1500人とすること、法科大学院改革への期待感と予備試験の本来の趣旨論をにじませ、「給付型の経済支援」といいなから、「給費制復活」とはいない執行部案。界外の目線からすれば、いかにも微妙な違いの争いと受けとめられそうであり、マスコミの反応を含め、現実にそう受けとめられている向きもあるようですが、実際はそうではない。粛々と可決なり、否決なりすればいい、招集請求者案に乗じて、なぜ、執行部がこれを繰り出してきたのか、それをみれば、この違いにこそ、当然ながら日弁連執行部の本音があります。

     これらの点に対する、日弁連執行部側の説明は、表向きこれまでもこの「改革」路線のうえで繰り出されてきたような「情勢論」といっていいものにとれました。つまりは、取りあえず1500人実現をうたうこと、失敗した「給費制復活」を掲げないことの方が得策であり、法曹養成の中核たる法科大学院制度が維持されている以上、その「改革」に期待し、予備試験の在り方を考えることは、妥当なのだ、と。「推進会議の決定」ということが、執行部側説明者の口から度々出され、これまでの「改革」論議での「司法審」あるいは「司法審最終意見書」の引用同様、見方によっては弁護士らしからぬ、まるで権威に忠誠を誓うことを「現実論」とするような姿勢をみることにもなりました。

     しかし、こうした「情勢論」「現実論」が説得力を持たない、少なくともこの「改革」当初の議論と決定的に違うといわなければいけないのは、要は「改革」が既に結論を出してしまっている、というところにあるといえます。招集請求者案の基本的な前提は、この増員政策が根本的に改められなければ、志望者回復は望めないという現状認識にあります。弁護士の数が過剰な状況に対して、需要が生まれず、既に3000人合格の旗は降ろされても、新法曹養成制度の経済的負担のなかでは、弁護士という仕事を志す動機そのものが失われつつある現実。この政策が続く限り、どこに改善の糸口が見つけられるのか、という問題意識です。

     取りあえず1500人の先、更なる減員を含めて、その後、どうするのかについての追求に、あくまで今は答えない、その時に検証するということも、志望者敬遠を加速することはあっても回復にはつながらないとしかとれない予備試験制限の可能性を残すことも、現状に強い危機感を持っている前記招集請求者側の認識からすれば、およそ「現実論」「情勢論」としての説得力を持つことはハナからあり得ません。

     さらに、重要なのは、そのしわ寄せという点にあります。招集請求者側の一人は質疑のなかで、「過剰な弁護士は法の支配に反することをやる。罪のない人に鉄砲を撃つ」と言いました。食うや食わずに陥った弁護士が、食うために「相手」を作る。これまで書いてきたように、事件を創出してでも生き残りにかけるという、現実です。こうした現状の懸念を前にすれば、執行部が繰り出す「現実論」や「情勢論」には、「市民のため」と銘打って旗を振ったはずの、彼らの「改革」路線の、優先順位を問い質したくなるものをはらんでいます。

     1500人という数の意味に対して、「納得のいく説明がない。法科大学院制度死守に必要な数字ではないか」「法科大学院のための法曹養成か、法曹養成のための法科大学院か」という声が、会場から出ました。1500人から先を語らない執行部の姿勢には、誰のための「現実論」かを疑わせるものがあったといわなければなりません。

     ただ、その一方で、経済的な問題に言及している招集請求者側の姿勢に対して、まさに「食えない論」を自己保身論として批判する意見や、「改革」が弁護士の質を劣化させているとすることに反発する意見が、執行部案や、同案をさらに推進会議決定に沿わせるべきとする第3案の支持者から聞かれました。若手の法科大学院出身者からは、自らの成功体験をもとにした制度擁護論も出ました。

     しかし、「食えない論」「劣化論」の評価は、それこそ招集請求者側のいう脅威や危機感、さらにはその影響に対する優先順位をどこまで共有できるかにかかっています。法科大学院の評価にしても、ある会員からは「法科大学院にいけない人はここで発言できない。行けずに諦めた人たちの声を私たちが汲まなければならない」という意見も出されました。「生存バイアス」ととれるものに対する感性もまた、「改革」に対する弁護士のスタンスを大きく分けているようにも感じました。

     結局、今回の議案の可否決をもってしても、「改革」と弁護士・会が抱えている現実が変わるわけでも、将来を見通せるようになるわけでもありません。状況は変わらないことが選択された、といってもいいと思います。総会後、ある会員は私に「もはや日弁連分裂としか書きようがないでしょ」と言ってきました。そこに「改革」の本当の狙いがあったのだ、ということを、今回の臨総を踏まえて改めて指摘する声も聞かれます。

     日弁連会員は約3万7千人ですから、三分の二の会員は、この選択を暗黙で受け入れたか、受け入れたとされてもいい、という立場をとったということになります。日弁連のこれまでの意思決定の現実からすれば、サイレントマジョリティの存在自体は何も変わったわけではありませんが、その意味は果たして同じなのかどうか。先般も書いたような日弁連会長選の投票率の低下(「日弁連会長選挙結果から見える現実」)をみても、この中に状況を変えられない日弁連と「改革」への深い失望と諦めを、どのくらい読みとるべきなのか、そのことを改めて考えてしまいます。
     

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    がルパンはいいぞ

    >私も修習生時代,横浜弁護士会が会名を変更するかどうかで揉めていましたけど,あのときの議論もわけの分からないものでした。

    んでもってこの会名変更の顛末がこれ
    http://shihouwatch.com/archives/6761

    >今回は、休日をにらんで、ぎりぎりの絶妙な線で議案が提出された。その後、即座に、支部の会員から委任状の依頼が来たところをみると、すべてあらかじめ綿密な計算の下で、組織的に準備されていたことは明らかだろう。

    やっぱり議論で何か決めるのは苦手なのかもしれませんねえ。しかし文科省/法務省相手に「滑り込み議案提出作戦です!」とか「委任状争奪作戦です!」なんてのは効果ないでしょう……。

    >今となっては,わざわざ一生懸命勉強してこのように愚かな連中の一員となってしまったわが身の不徳を恥じるほかありません

    いや、黒猫先生は最初からロースクール派じゃないし執行部関係者でもないんだから恥じなくてもいいでしょう。
    (黒猫先生の表現方法は別として)恥じるべきはこういう事態を引き起こしている連中でしょうに。

    No title

    弁護士っていうのは,議論好きで経済音痴っていう救いのない連中が多いですから,議論すればするほど意見はまとまらなくなるんですよ。私も修習生時代,横浜弁護士会が会名を変更するかどうかで揉めていましたけど,あのときの議論もわけの分からないものでした。
    どうやっても会内議論がまとまらない以上,執行部としては権力に逆らったらその時点で日弁連が潰されるので,対立する文科省(1500人から出来れば増員)と法務省(質が落ちれば1500人以下への減員も辞さない)のどちらにも顔向けできるような決議を挙げるのが最善と考えたのでしょう。
    もはや「増員派」「減員派」と一括りにすることもできないほど議論が四分五裂した挙句,風見鶏のような現執行部の姿勢を容認する決議案が結局のところ多数の支持を得,座して法曹界の沈没を待つような方向性が決まったのです。
    今となっては,わざわざ一生懸命勉強してこのように愚かな連中の一員となってしまったわが身の不徳を恥じるほかありません。

    No title

    北海道の2人のI先生(執行部案賛成、招集者案賛成)、第三案立案者のF先生、大阪のS先生(両案否決)のブログ更新が出そろって……

    それぞれの案の支持者によって、見える世界が全く(ともいえないけれども)違うのだと考えさせられた。
    ツイッターグループも入れるとかなりカオスになる。
    執行部に期待/諦め/法科大学院(そのものなのかそれとも質云々のバイアスがかかるかどうかは別)肯定/否定/経済的に余裕のある/なし/旧司法試験/新司法試験
    ……問題の所在は本当にどこにあるのだろう。

    No title

    >執行部が具体的方策を速やかに打ち出すとともに速やかに実行しなければならない。

    会長声明出した!国会のえらいひととお話ししたよ!具体的な活動は弁政連にお願いした!(今週のかいちょうより)
    ……という逃げ方はないだろうな……?

    物事には順番がある

    子適衛、冉有僕、子曰、庶矣哉、冉有曰、既庶矣、叉何加焉、曰富之、曰既富矣、叉何加焉、曰教之。


    孔子が衛の国を訪れたとき、冉有(ぜんゆう)が御者を務めていた。孔子が、
    「人口が多いな。」
    とおっしゃると、冉有が、
    「人口が既に多い国では、先生は何をなさいますか?」
    と尋ね、孔子は、
    「人々を豊かにするだろう。」
    と答えられました。冉有が次に、
    「人々が豊かになったら、次は何をなさいますか?」
    と尋ねると、孔子は、
    「彼らを教育するだろう。」
    と答えられました。

    人口が多くなった場合、民の豊かさがリンクしなければ、国が持たない。順序として、豊かさが先、教育はその後。牧民「管子」と優先順位の付け方は同じ。ただし、古代アジアに限らず現代社会の常識問題でもある。現在、中東や中南米で貧民の暴動が収まらない。まさに孔子が予言した最悪のパターン。第三案は、孔子にも牧民にも学んでおらず、何が休日に論語か、底が浅い、と思った。

    執行部の提案したとおり、臨時総会では、現在1800人あまりの合格者を速やかに1500人にすると決議したのだから、執行部が具体的方策を速やかに打ち出すとともに速やかに実行しなければならない。皆で執行部の実行力を、しっかり監視しよう。

    No title

    >執行部の連中は、大都会の連中はもちろん、田舎の幹部も今のところそこそこ食えている

    今回の調査、期が特定されている(いわゆる「若手」と言ったところ?)会員だけだけれども、執行部の所属事務所の収入状況についての調査もあってしかるべき(議員みたいに)?
    ま、今は(某総理の台詞じゃないけれども)執行部をやればだいたい「叙勲」がくっついてくるけれど、果たして今後「叙勲」にどれだけの意味がつくのか、あるいは「叙勲」の条件がなかったらどうなるのか興味深いものがあるな。
    執行部そのものの報酬は大したことない(仕事の割には低い)筈だし。

    世の中のお役に立てれば(略)

    No title

    日弁連に主体性がないんだよ。市民の司法を標榜し、世間と権力におもねる体質が習い性になったので、今更、「世間がなんと言おうと、ワシらの業界をどううするのか」という方針も、意地も見識も矜恃も誇りもなくなったと言うこと。
    特に執行部の連中は、大都会の連中はもちろん、田舎の幹部も今のところそこそこ食えているので、危機感もなければ死にものぐるいで業界を守ろうという意気もないわけ。食えない奴は負け犬として去ればよろしい、淘汰されれば結構、という発想だから、ハナから問題にならない。もとより権力に刃向かおうなどという気はさらさらない。今の体制のもとで、おいしい仕事にありつければ万々歳な訳。
     しかし、問題は、層としての、全体としての弁護士というものの底上げ。一定の見識と良識、誇りと生き甲斐をもてる弁護士稼業を今後も維持してゆけるかどうかが問われている。

    No title

    第三案グループ憎しの気持ちもわからんでもないが
    さすがにこじつけすぎ。

    寧ろ第三案が出たことでよかった面はたくさんあったはずだ。
    それとも2つの案のまま硬直・臨時総会自体無視という流れのほうがよかったのか?今回の臨時総会は第三案が出たことで興味を持った会員も多かった筈だ。
    それぞれが主張したいことがなぜか極端すぎて食える/食えない/僻み/自慢ばかりになったこと自体を反省すべきだ。

    もう少し時間的な余裕があれば、そもそも臨時総会をしない案、そんなこといいから仲良くしようぜ案なんかも出たかもしれない。

    No title

    もしかして
    >衣食が足りないから礼節を知らない
    それは「論語」ではなく「管子」って突っ込みはもうさんざんその時出てたから……ね

    No title

    流石にそれはこじつけすぎるような・・・
    でもまあ法科大学院出身、弁護士バッジ装着というクソみたいなプライドが傲慢さに繋がってる面はあるよね。特に底辺クズほど、他に誇れるものがないから拘ってる。

    No title

    第三案のグループに、
    「休みの日に子供と論語を読んでいる」
    という、提案内容その他とは何の関係もないスピーチをして、発言者一人分の時間を費消した人がいた。
    そのグループの一人が、終幕直前に、
    「ひまなじいさん達とは違うんだ、俺たちはこれから仕事があるんだ」
    と、やじっていた。

    なるほど、法科大学院推進論者の若者達は、衣食が足りないから礼節を知らないんだな、と思った。

    No title

    >これらを包摂してどこかに落とし所を探るような議論はもちろんない。というよりも、日弁連も弁護士も、はやそれを可能にするような状況にはない、ということが、この臨総ではっきりしてしまったように思えたのです。

    これは違う。そもそもこの臨時総会は「執行部案を可決する」ための舞台でしかないことが全員わかっていたから議論どころか
    「食えない弁護士はいない」
    「イノシシ狩りで糊口をしのぐ若手(なおこのイノシシ狩り発言者狩りが行われている模様。それこそ一文の得にもならないからやめたほうがいい)」
    「黙れ小童」
    「老○の○○」
    「若手の質の低下」
    「んだと更新制で後悔するのはどっちだ」
    といった空中分解にもならない不満(なおかなり端折っている)しか出てこなかった。
    もし本気でこの臨時総会が会員の声を拾うつもりだったなら、議論は360…いや180度変わっていた筈だ。

    それでも、定期総会に期待する。今行われている経済状況調査も有効に活用されるだろう(多分)。
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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