保釈支援の現実と懸念

     今、保釈金を用意できない人が受ける支援事業としては、大きく二つの選択肢があります。日本保釈支援協会(以下、支援協会)が2004年から実施し、既に定着している立て替え金事業と、2013年から全国弁護士協同組合連合会(全弁協)が開始した保釈保証書発行事業です。もっとも、全弁協の同事業開始をにらんで、前記支援協会も立て替え金事業と並行して、希望ユーザーのための保証書事業という選択肢を作りましたので、厳密には前記3種類の方法が、主に弁護士などを通じ、当事者の家族らに提示されているようです。

     実はあまり知られていないことですが、この後発の全弁協の保釈保証書事業に対しては、支援協会と同協会のブレーンとなってきた弁護士らには、二つの意味で大きな懸念がありました。一つは、同事業によって、仮に保証書による保釈運用が定着・拡大した場合の、これまで実績を積み上げてきた立て替え事業に対する影響という民間事業者としての懸念。そして、もう一つはアメリカでの保釈保証書運用にみられるような、保釈という制度そのものを徐々に変質させてしまうことへの懸念でした。全弁協事業が、これまで数パーセントにすぎなかった紙での保釈運用を拡大・定着化させるのか、そして、その場合、どういう影響があるのかについて、予想が立てにくいということが、根本に存在していたのです。

     アメリカの実態とは、保証書で保釈手続を行い、保険会社に担保させた場合に生じる、被告人の逃亡・罪証隠滅等の抑止力低下をにらみ、裁判所が抑止のため、保釈金を釣り上げている現実です。保釈制度を利用してビジネスを展開する保釈業者の増加による過当競争もあって、現実的に必要な保釈金額よりはるかに高い保釈金が決定される傾向になっているというのです(「保釈保証書に冷やかな米国司法の現実」)。

     支援協会は2012年に、保釈保証会社による保証書による運用が行われてきたアメリカで、保釈制度改革よって、逆に保証書提出という制度を積極的に採用して「いない」マサチューセッツ州の州都ボストンにあるボストン地方裁判所へ派遣調査を実施、その結果レポートを公表しています(「保証書がもたらす保釈の末路」)。それによると、マサチューセッツ州最高裁判所は、2001年に出した保釈許可決定のなかで、「裁判所は被告人に対して、現金納付の場合と保証書を使う場合について保釈金額を二重に定めることができ、現金納付の場合の金額は保証書を利用する場合の保証料の最高額に等しい金額とすることができる」と判示。これは、マサチューセッツ州の裁判所の多くで、保釈保証書によって10%の現金による保証金が指定されてきたことを踏まえ、結論として、保釈保証書については現金納付の場合の10倍の金額を指定して同等とする、ものです。もはや、抑止力低下への脅威から、司法が露骨に保釈保証書による運用を潰す決定を出す事態に陥っているアメリカの現実です。

     仮に日本での保釈保証書の運用が定着化した場合、このアメリカの状況の轍を踏むことにはならないのか、ということが、保釈支援のパイオニアとして取り組んできた協会と支援弁護士たちの懸念でした。そこまでの懸念がある一方で、内部の議論を経て、結果的に支援協会も保証書への対応に踏み出した背景には、前記したようなユーザー側に選択肢を設け、協会としても直接その反応を把握するともに、司法側がどう反応するかをにらむ意味もあったといいます。

     全弁協の保釈保証書事業の現実については、2013年7月1日の運用開始以降今年2016年1月22日までに釧路と旭川を除く、全国48の地域の弁護士会で運用を開始し、これまでの申込総数2104件、うち保証書発行件数1211件、過去1年の実績でみる限り、月平均発行件数は46件で、この1年間は大きな変動がみられないことが取材で分かっています。ただ、情報発表は限られており、弁護士会内でも、詳しい運用実態は極限られた関係者しか知らないというのが現実のようです。

     運用開始後、公式にこの実態が伝えられたものとしては、日弁連機関誌「自由と正義」の2014年4月に掲載された担当弁護士による開始6ヵ月の実績をもとにした現状報告(「保釈保証書発行事業の現状」)と、「全弁協創立30周年記念誌」(全弁協ニュースNo.9)に掲載されている、関係者らによる事業1周年に当たる同年7月に行われた座談会の内容が明らかになっています。そのなかで、既にこの段階で2件の没取案件(同年7月末までの発行総数421件)が発生していることや、検察側に保証書の抑止力を問題視する見方もあり、それを理由として準抗告に及ぶケースかあったことも触れられており、そうした状況に対応して求償の徹底化や事案の集積による抑止力アピールが課題、という話が出ています。そこで触れられている発行数年間500件、月間40~50件の目標には、現段階で既に手が届いているということもいえます。

     一方、支援協会の立て替え事業の取扱件数は年間約4000件で、前記全弁協の保証書事業開始以降も、それほど大きな変化はなく推移している現状にあります。全弁協に呼応してスタートした保証書の発行件数も、件数こそ年間約20件と全弁協に及ばないものの、全国的な展開を行っています。ただ、同協会によれば、東京地裁のみが前科もなく、しっかりとした身元引受人がおり、 証拠隠滅や逃亡の恐れもなく比較的軽微とされる事件にもかかわらず、なぜか全弁協の保証書しか受け付けられていないのが実情で、その点は首をかしげざるを得ないとのことでした。

     支援協会としては、あくまで健全な保釈制度運用を前提とした利用者の利便性は、全弁協事業をにらんで事業者としての競争原理を意識した対応をする考えですが、一方で保証書の運用については、前記したような問題について現状をにらみながら対応する考えだとしています。

     しかし一方で、弁護士会内一般会員の、この制度に対する注目度は必ずしも高くありません。情報が出て来ない、ということもあり、関心は遠ざかっているという見方や、既存の支援協会の立て替え金事業の運用で足りるという声もあります。また、主に弁護士を保証人とする保証書を用いての保釈が、損害保険会社が保証する保証書事業によって事実上形骸化し、没取事由が生じた際の保証の履行は損害保険で填補されるスキームが被告人や委託者の保釈に対しての在り方・意識の低下にもつながり保釈金の没取や再犯が多発することにもなりかねないなど、依然不安視する声も聞かれました。

     この事業については、推進者側から当初、「人質司法の打破」ということが、その目的としてしきりといわれてきました。このワードは刑事司法改革の必要性を認識している弁護士界内の人間たちには、非常に浸透力のある言葉ですが、いうまでもなく、その挑戦はあくまで利用者の現実的な救済ということが基本であり、そのためのいくつかの選択肢や手法を阻害し合わない方法で進められることはもちろん、アメリカにみられるような、保釈制度の運用そのものの後退を招くことがあっていいはずはありません。その意味でも、彼らの保釈支援活動から弁護士たちの目が遠ざかることそのものにも、注意を払う必要がありそうです。


    全弁協の保釈保証書発行事業について利用した感想、ご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/5882

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    テーマ : 刑事司法
    ジャンル : 政治・経済





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    No title

    う~む。若手の意識、日弁連会長選挙……と制度改革の話で次は?とおもったら保釈に行っちゃったか。
    どうせ刑事事件なら、こっちの話と業務広告規程に関して語っていただきたかったが(弁護士以外からどう見えるかといった切り口で)
    http://blogos.com/article/158634/
    ちなみに自分もてっきり弁護人は×××の人かと思ってたけど……。

    No title

    こんなこともあるかもしれないよ、と言った程度のメモ書きです。

    (保釈制度の利用を広めたい、裁判官と検察官の事情)
    裁判官から、
    「これなら有罪にできますよ」
    と内諾を得ている証拠を、検察官は、あらかじめ弁護人・被告人に同意させておく(職業裁判官に予断の危険はないという、刑事裁判官のうぬぼれがベース。)
    →保釈
    →有罪

    (同じく、弁護士の事情)
    保釈金
    →実務上は、実質的に弁護士報酬の担保となっている場合も多い。この場合、経済的な満足感が得られる。
    →あえて弁護士費用の担保にできない制度を利用する場合は、「俺ってなんて正義の見方なんだ」という自己満足感が得られる。世間には理解されない。そもそも刑事弁護は世間に理解されない。

    (同じく、被告人の事情)
    外に出たくてしょうがない。ここまではいい(たぶん)。
    問題は、保釈が出たら勝ち、と勘違いしていること。
    しかし、無罪は逆にほとんどありえない。
    また、保釈と執行猶予には因果関係がない。

    (業者)
    儲けられてうれしい。

    (組合)
    遊休資産が運用できてうれしい。

    (日弁連的な事情)
    アメリカのデッドコピーができて嬉しい。

    what's the catch?
    逃亡リスク。

    このブログ、面白すぎて時間を費消してしまうので、仕事・勉強の差し支えになります!
    当面アクセスしないようにしようと思います(・_・;)

    No title

    勝手にやってりゃいいんじゃないですかね。
    まあ、これで保釈金を人質に弁護士費用をぼったくろうとしている一部の事務所が痛い目に遭うなら、もろ手を揚げて制度に賛成しますけどね。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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