「予備試験」が明らかにするもの

     11月5日に法務省が発表した今年の予備試験合格者は394人。受験者も2年連続1万人を超え、ますます予備試験が、かつての旧司法試験の様相を呈し始めている観があります。もちろん、予備試験はあくまで司法試験を受けるための試験ですが、新制度になっても旧制度同様の「狭き門」にチャレンジする形に、志望者は「価値」を見出している。いってみれば、これが新「プロセス」に対して下された利用者たちの「審判」といってもいいものです。

     一方で、今回の結果を報じた6日付けの朝日新聞朝刊の記事は、相変わらずこの「審判」の不当性を刷り込もうとしています。「例外的な位置付けの試験」が「抜け道」になっている。政府方針でも制度創設の趣旨と現在の利用状況の乖離が問題視されている。法科大学院からも制限・廃止論が出ている――。

     法科大学院本道主義にとって、この予備試験の現状が、大変、都合が悪いものであることは、さんざんこうした論調に触れ、さすがに理解されている方も多いと思います。前記朝日の報道は、一応、「抜け道」を使った側の言い分として、上位校以外安心して勉強できない(合格できない)、学費の負担、就職に有利、時間と費用の節約などの事情を彼らに語らせています。しかし、これらは法科大学院本道主義からすれば、合格は本人の努力と司法試験の問題、就職は弁護士界の問題、学費については建て前の支援策(もっとも経済的負担という理由は、予備試験の本来の趣旨に合致しているともいえますが)、あとは「心得違い」というべき「心の貧困」に転嫁できる話にされてもおかしくありません(「予備試験『抜け道』論者の心底」)。

      しかし、私たち社会にとって、本来、最もはっきりさせなければならないことはほかにあるといわなければなりません。それは、端的に言って、「予備試験」が利用され、そこを経由した法曹が増え続けることが法科大学院制度にとって都合が悪くても、果たして社会にとって、それほど都合が悪いことなのかという一点です。

     この「抜け道」の利用に、その後の法曹としての適格性に影響するような明らかなマイナスを社会が認められないのならば、逆に言えば、その点で法科大学院制度が強制までさせたプロセスとして、社会に違いを示せないのであるならば、私たちはいつまでこの「抜け道」批判に付き合う必要があるのでしょうか。「抜け道」は文字通り、本道主義の「抜け道」ではあっても、社会が憂うべき「法曹への抜け道」といえるのかという話です。

     何度も書いていることですが、法科大学院があくまでその点で理想の法曹教育を目指し、「価値」を示すというのであれば、それはそれでいいと思います。ただ、それは強制ではなく、まず時間をかけてでも「価値」を示すことで選択される道を選ぶ。つまりは、きっちり「審判」を仰ぐべきということです。費用や時間をかけてでも、やはりこの「プロセス」を経た法曹でなければ、という「価値」を志望者と社会に示せないのであれば、そもそもこの制度の強制は無理だと思います。

     今年6月に出された政府の法曹養成制度改革推進会議の「法曹養成制度改革の更なる推進について」の中でも、予備試験に関連して、当然のこどく「法科大学院教育を経ていないことによる弊害が生じるおそれ」という表現が使われていました。しかし、それこそ本道主義からは当たり前でも、具体的にどういう実証性が伴った話なのかは皆目分かりません。私たちは、具体的にどういう恐れに直面しているというのでしょうか(「『前提』を疑わない『前提』」)。

     本道主義自らがハードルを上げる以上、それこそ「予備試験」組法曹の輩出は、社会にとって望ましくない、「弊害」を生む法曹の輩出を意味するということでなければなりません。そうでなければ、旧制度を「一発試験」「受験技術偏重」と批判したことも同様に、実は社会にとってよりも、本道主義を作り上げるための批判、そのために都合が悪かったのではないかということまでを疑いたくなります。旧制度輩出の法曹をおしなべて「欠陥品」などとは思っていない社会からすれば、本当に新「プロセス」が旧制度輩出法曹を上回る人材を輩出できるのかという点は、本来問うて当然のことのはずです。

     以前、ある会合で会った日本に来ている外国の研究者から、法科大学院をめぐるわが国での議論について、「予備試験という制度が結論を出してくれるのだから、それでいいのではないか」と言われた話を書きました(「法科大学院への『評価』としての予備試験結果」)。その時は、この言葉に彼の眼に見えた、志望者に選択されないことで運命が決定付けられていく法科大学院制度の未来を読みとりました。しかし、今にしてみれば、予備試験組法曹がどんどん輩出されていくなかで、そこでも「価値」、違いを示し切れない本道主義の運命を、そこに読みとるべきだったようにも思えてくるのです。
     

    弁護士、司法書士からみた、法テラスの現状の問題点について、ご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/6046

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    テーマ : 資格試験
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    No title

    法科大学院に、魅力無し。

    あるとしたら

    そもそも、受験資格特権以外には、法科大学院自体になんの魅力もない。
    これは、推進者や賛同者達自身が認めてることですわ。

    だからこそ、
    ・末期旧試の合格者枠を、「50人」にまで減員させる
    ・予備試験合格枠を不当に制限する
    ・不当に制限された予備試験合格枠を、さらに制限しろと主張する
    などという卑劣な手段にすがらない限り、人集めができませんと。

    そして、唯一の魅力であった受験資格特権すら、
    ロー通過者限定大増員からくる弁護士の経済的凋落により、その価値を暴落させてしまったと。

    一部のローに、なにか魅力があるとすれば、
    新旧問わず司法試験に合格することなど不可能だったレベルの人でも、
    試験委員のおじいちゃんを接待してあげれば、問題どころか模範解答まで教えてもらえる、てなことか。

    No title

    >>すでに高額の学費が法科大学院の魅力を失わせていることは明白であり
    >3行目でこんな発言が出てくるくらい、世間に知れ渡ってる認識なの?
    >学費さえ安ければ魅力的なんで入学殺到するってことでいいの?
    世間に知れ渡っていなくても、
    法科大学院への進学を考えている人は、
    高額の学費が必要なことをすぐ知ることになる。
    高額の学費が必要になることを知らないまま
    法科大学院に進学する人なんていないと思うが。

    法科大学院の魅力を失わせているのは学費だけではない。

    ・高い学費
    ・司法試験合格にとって有用でない授業
    ・司法試験に受かっても就職難
    ・弁護士になっても大した収入を期待できない
    ・そのわりに長時間労働
    ・ストレスフルな業務
    一般人にとって、
    むしろ法科大学院の魅力ってなんだろう???

    No title

    >すでに高額の学費が法科大学院の魅力を失わせていることは明白であり
    3行目でこんな発言が出てくるくらい、世間に知れ渡ってる認識なの?
    学費さえ安ければ魅力的なんで入学殺到するってことでいいの?

    No title

    >経験を積んだ人事ほど
    >今その人が何をできるかを判断するために
    >経歴を見ますよ
    これまでの話の流れからして、
    新人弁護士の就職について話していたと思うんだが、
    上のは弁護士業界の実情を知らずに言ってる意見だろうね。

    そもそも、
    経験を積んだ人事がいる法律事務所がどれほどあるだろうね?
    そういう事務所に就職する弁護士がどれだけいるだろうね?

    今の新人弁護士の経歴なんて、ほとんど、
    高校、大学、法科大学院(または予備試験)ぐらいだろうけど、
    同じ学歴でも実務における能力は雲泥の差が出たりする。
    そんなこと、経験を積んだ人事じゃなくても
    ちょっと考えれば分かることだと思うけどね。

    参入規制と二世需要も数年先まで

    今の新人は、二世を除き、経験を積むチャンスすらほとんどありません。

    法科大学院の高額な学費を敢えて払うのは、今の60代以降の弁護士がその跡継ぎにしたい子息のために、というケースです。すでに高額の学費が法科大学院の魅力を失わせていることは明白であり、自由競争を阻む参入規制であり、既得権益を保護する方向に働いています。

    また、法科大学院の授業は、司法試験はおろか、実務には役立ちません。受験予備校で基礎力をつけ、就職してOJTで実力をつける、これは諸外国のロースクールを見ても同様の状況です。「そうではない」というのは、実務を知らない人間のたわごとです。

    OJTの機会、すなわち就職でも、縁故のある二世が優遇されます。つまり、よしんば二世以外が司法試験に合格したとしても、その後「履歴書の左側」に何かを書くことができる経験を積めるのは、ほぼ二世に限られます。クライアントサイドで強い縁故を持つ人間(売り上げが期待できるタイプ)もかつてはいましたが、今やこのような賢いリッチマンタイプは、わざわざ法科大学院に行ってお金と時間を費やすという無駄なことはしません。

    要するに、法科大学院は既得権益保護のための参入規制のために、大変良く機能しています。明らかに、自由競争とは真逆の存在です。二世が占領する業界が、いかにクライアントサイドではなく、業界サイドのものになるのかも、自明です。どうも、自由競争の意味を、法科大学院関係者は誤解なさっていらっしゃるのではないでしょうか。自由競争=規制強化、くらいの勘違いが見受けられます。

    ただし、現在の法科大学院入学者層である二世需要も、数年先まででしょう。

    20代~40代の弁護士は、確実に、自分の子供を法科大学院に入れようなどというばかげたことは、考えません。

    No title

    経験を積んだ人事ほど
    今その人が何をできるかを判断するために
    経歴を見ますよ

    元弁護士で後に合衆国大統領となったリンカーンも
    男は40超えたら自分の顔に責任を持て
    などといってます

    嘘はダメダメ

    2015-11-13(10:40)  投稿者の

    >試験に受かりさえすればってのを否定するのが司法改革だったのであり

    これは、明らかな誤りです。
    司法改革の根拠・目的に、そのような事が掲げられた事実は、存在しません。
    「需要の増大」 なら掲げられましたが。

    注意すべきは、司法改革のデタラメっぷりを認めたがらない一部の方々から、
    あたかも、「弁護士の経済的淘汰」こそが、司法改革の目的であるかのように、デマが流されることがあります。

    あまり詳しくない方は、騙されないよう注意して下さい。


    なお、司法改革の柱といえるロー強制制度をマンセーすることは、競争を完全否定することです。
    なぜなら、「自由競争にまかせては誰にも選択されないロースクールという官製ハコモノを、非ロー卒枠への徹底した人数制限と、ローへの莫大な血税贈与により、ハコモノとその周辺利権を保護する政策」 を、翼賛しているのですから。

    しかし、ローマンセーの方々は、「弁護士の競争」などとのたまい、あたかも自分たちが競争推進派であるかのような、真逆なポーズをとり続けています。

    あまり詳しくない方は、このような卑劣なローマンセー派に騙されないよう、注意して下さい。

    No title

    >予備だろうが本試験だろうがそれだけで無双できるような時代でもないし
    >そうあるべきでも無い。
    別に昔も、司法試験受かっただけで無双できたわけじゃない。
    外の人には、隣の芝は青く見えていたのかもしれませんが。

    >立派な経歴を履歴書の左にかけるかが重要。
    へ?今どれだけの仕事ができるかが重要だと思うけど(笑)
    経歴は立派でも大した仕事ができない弁護士はけっこういる。

    >他の業界では当たり前のことが法曹界にも起きているだけ。
    >試験に受かりさえすればってのを否定するのが司法改革だったのであり、
    >当然の結果。
    司法改革の主目的ってそれでしたっけ?

    No title

    >E・S・ガートナーという有名な弁護士兼推理小説家は、ロースクールに通わず、独学で司法試験に合格して弁護士になったんだよね。

    そのエピソードは知らんかったが、彼の作品のペリーメイスンはちゃんと客に
    私の費用は高いですよ」って言ってるよね(そりゃお抱えの私立探偵とかいろいろいるんで経費がかかるのは分かるが)。客もそれで納得してる。
    ただしどの作品か忘れた(多すぎる)が、国選事件が回ってきた時には、「金額の多寡で手を抜くわけじゃない」ってちゃんとやってる。

    昔はアメリカでもロースクールではない司法試験受験ルートが十分にあった

    E・S・ガートナーという有名な弁護士兼推理小説家は、ロースクールに通わず、独学で司法試験に合格して弁護士になったんだよね。

    同時代の弁護士(兼実業家)に、ジョージ・ハンフリーもいるが、彼は金持ちの師弟だったのでロースクールを卒業している。

    予備試験が裏ルートみたいに言うのは、間違っている。アメリカにはアメリカの事情があって今の状態になっているけれど、最初から不動の制度としてロースクール卒業が司法試験受験資格とされていたわけじゃない(しかも、州ごとに違うが今でも例外はある)。

    No title

    予備だろうが本試験だろうがそれだけで無双できるような時代でもないし
    そうあるべきでも無い。
    立派な経歴を履歴書の左にかけるかが重要。
    他の業界では当たり前のことが法曹界にも起きているだけ。
    試験に受かりさえすればってのを否定するのが司法改革だったのであり、
    当然の結果。

    No title

    >そもそも30過ぎてから合格した奴にマトモなのいるのか?

    遭遇率レアだと思うが、
    元専門職
    の奴らは数名知っている。その専門の度合いによるが引っ張りだこではあった(人脈もあるのだとは思うが)
    ……マトモかどうかは別だが、少なくとも俺が見たのはマトモだから引っ張りだこだったのだろう。
    30過ぎてから……とはいえ、33辺りならまだ何とかなりそうな気もするが。35過ぎるとキビシイ。ただどこかの事務所で大々的に「これまでの人生経験を活かして欲しい」的に採用していた記憶がある。

    No title

    そもそも30過ぎてから合格した奴にマトモなのいるのか?
    俺が遭遇した限り100%の確率でゴミしかいないんだが。

    No title

    弁護士は公益活動をしなければならない、などとこの期に及んで言う人間がいまだに散見されるけど、
    弁護士の公益活動というのは、顧客の信頼に応えることを言うのであって、それ以上の意味はない。
    もちろん顧客というのはサービスの対価を払ってくれる人をいう。

    No title

    勘違いしている人が多いけど、予備試験合格だけで就活無双出来るわけじゃないよ。大きな事務所になればなるほど、年齢と学歴でスクリーニングをかけるから、「一発逆転」を狙うような層はここで弾かれる(冬の説明会に参加すら出来ない!)。そういう人たちは、小規模事務所、個人事務所にあたることになる。
    大きいところ以外は司法試験の合格発表後に募集をかけるけど、そういう事務所については、いくら予備試験合格者であっても、司法試験の順位が悪ければ当然大幅マイナス。これは初年度から変わらない。予備1期生の司法試験合格体験記を読むと、ここで引っ掛かって就活で苦戦している人が…

    つまるところ、無名ロー卒や、有名ローでもGPAも司法試験のスコアも悪い人なんかよりはずっと就活でラク出来る可能性が高いというだけ。そもそも、30代以降の予備試験合格者の司法試験合格率は驚くほど悪いし、結局、予備試験の効用を享受できるのは、ほぼ若手学歴エリートだけってこと。

    No title

    ドイツの弁護士を取り巻く状況は、韓国よりもひどい。ドイツでは、既に10年以上前に、今の日本の問題が現実化し、現在はより深化している。

    アメリカの弁護士の飽和状態と経済的窮状が、グローバル経済の流れで全世界に輸出され、世界的に弁護士を取り巻く環境は悪化し、もはや莫大な広告費を使ったマーケティングでも隠し切れないほどに質の低下が取りざたされている。グローバル企業にとっては、市民側につく優秀な弁護士がほぼ淘汰されたのだから、非常に都合がいい。尤も共産主義国家であればより酷く、人権派弁護士は逮捕され何故か身柄拘束中に死亡し、家族は軟禁状態に置かれ出国もできない。

    若者に注意してもらいたいのは、法科大学院は論外だが、予備試験ルートでも弁護士を取り巻く環境は厳しい、ということ。

    No title

    韓国の法曹事情
    朝鮮日報より。
    http://japanese.joins.com/article/594/206594.html?servcode=400§code=400

    <危機の韓国ローファーム>(2)社内弁護士3千人時代…休業率が過去最高
    2015年10月06日13時53分

    今月、韓国国内の登録弁護士が2万人を超える。先月まで1万9900人だったが、第4回弁護士試験合格者1565人のうち300-400人が6カ月間の義務研修を終え、法律市場に新しく参入するからだ。

    「弁護士2万人時代」は国内のローファームと弁護士業界に「受任戦争」を呼び起こした。中央日報が10大ローファームの代表を対象にアンケート調査をした結果、10人のうち9人が弁護士の急増によるダンピング受任など市場環境の悪化を最も大きな困難に選んだ。実際、弁護士1人あたりの月平均事件受任件数は2011年の2.8件から昨年末は1.9件に減った。

    特に大韓弁護士協会によると、8月末現在、休業届を出した弁護士は3404人にのぼる。昨年末(2754人)から8カ月間で650人も増えた。これを受け、休業率は17.1%と、過去最高となった。弁護士協会の関係者は「個人弁護士の場合、1件あたりの受任料が500万ウォンから100万-200万ウォン台に落ち、事務室の賃貸料も支払えず廃業する弁護士が相次いでいる」と述べた。

    No title

    >習った通りにしか処理できない、真のバカを舐めちゃいけないよ。
    >ほんのすこし展開を変えるだけで、適切な行動が取れないド無能になる。
    >そのくせ司法試験を突破したプライドだけはあるから、非常に面倒くさい。
    司法試験は、多少は考える力が無ければ
    合格できないような試験だったと思いますが、
    最近は習ったとおりにしか処理できない程度でも合格できるまでに
    合格者の水準が下がっているのでしょうか?
    そうだとしたら法曹という職業の魅力を奪っていった結果は
    ひどいものですね。
    このままいくと、
    習ったとおりの処理さえできず、
    「思い付きで自分勝手に適当な処理をすること」を「考える力」だと
    誤解しているレベルで合格するまでに
    合格者の水準が下がるのでしょうね。

    No title

    韓国の司法制度改革も、弁護士2万人時代で、完全に飽和状態です。韓国で40歳以下の弁護士の平均年収は、日本円で約300万円程度(韓国弁護士白書)。これは、韓国の大卒初任給と比較して80%程度。

    「朝鮮日報」の日本語版で、今年の10月から、「危機の韓国ローファーム」という連載がなされています。昨年は国内ローファーム60か所廃業、など。ご一読ください。
    http://japanese.joins.com/article/528/206528.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|article|related

    日本が、この世にありもしない脳内理想郷を求め、失った物は、大きい。絶対に、これ以上は、同じ轍を踏むべきではありません。

    No title

    司法制度改革審議会(司法審)の最終報告書は、法科大学院を法曹養成の中核に据え、司法修習制度を縮小する方針を示しました。その問題に比べて予備試験問題は枝葉です。

    アメリカのロースクールも司法試験も弁護士の養成で済みます。なぜなら、長年弁護士として法廷経験を積んだ人が裁判官になるというシステムだからです(法曹一元)。

    韓国は、ロースクールによる法曹養成制度の採用と同時に法曹一元を採用したと聞いています。

    しかし、日本の支配層は、キャリア・システムに固執していますから、キャリア・システムの放棄を意味する法曹一元は、あくまでも拒否しています。

    そうすると、どうなるか。

    憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めています。司法権の独立、裁判官の独立条項です。個々の裁判官が司法権の独立を背負っているということです。

    しかし、この条文があれば、それだけで個々の裁判官は司法権の独立を背負えるでしょうか。

    たった1年間で裁判実務、検察実務、弁護士実務を駆け巡って、裁判官になりました。さあ、成り立ての裁判官が、知識も給与も対等ではない先輩の裁判官、部総括の裁判官(いわゆる「部長」ですが、裁判官には上下関係があってはならないので、下級裁判所事務処理規則4条は、「部に属する裁判官のうち一人は、部の事務を総括する。」と定めており、「部長」というのはおかしい。)と、職務において対等だという意識を持ち、行動できるでしょうか。

    憲法76条3項は、「すべて裁判官は」と定めているのです。判事補は裁判官ではないとは言えません。たった1年の実務修習でも、裁判官になった途端に、何十年も先輩の裁判官とも対等でなくてはならないのです。しかし、そんなことは無理に決まっています。条文は空文になります。その上、身分保障が空文になっているという問題もありますが。

    1946年(昭和21年)の新憲法草案を審議する7月5日の委員会において三浦寅之助代議士は、「裁判官は弁護士の相当経験を経た者から採用すると云うことが、弁護士会の印刷した物にも書いてあるのであります。私も従来からそういうことを考えて居る一人でありますが、実際に於いてそう云う裁判官の任用等に付てどう御考えになって居られるか伺いたいと思います。」と質問し、木村司法大臣は、「学校を出てまだ間もない人がこの複雑なる世間の問題となって居る事件を取扱うのはどうかと云う御尋ねであります。それは御尤もであります。只今私が就任して以来司法研修所と云う大きな組織体を作って居ります。これは今現に出来つつあります。そこで十分に学校を出て試験に通った人を養成して居ります。そう云う機関を通じて十分な教育をして行けば、相当立派な裁判官が出来るじゃないかと思って居ります。又弁護士から採用したらどうかと云うことでありますが、これは御尤もであります。私も弁護士からなったのであります。そこで総て判事は弁護士から採用したらどうかと云うことでありますが、これは大問題であろうと思います。そうしますと弁護士機構も相当考えなければなりませぬので、今の所これはどうしてやって行くかと云うことに付ては実は頭を悩まして居ります。研究問題として今部内で検討して居ります。憲法草案実施の暁に於きまして、この問題を解決したいと考えて居ります。」と答えました。

    この時、法曹一元に対抗するものとして政府が構想していた制度が,弁護士,検察官,裁判官の法曹三者を統一・公平・平等に養成する司法修習制度でした。この問答では、法曹一元とキャリア・システム(官僚裁判官制度)とが対立するものだという点が明確にされていません。しかし、キャリア・システムを前提とする法曹養成制度において、「相当立派な裁判官が出来る」ことが最重要の目的だということだけは十分認識されていました。もっとも、司法修習制度の当初の構想では、司法官試補の1年6ヶ月と弁護士試補の1年6ヶ月を合わせて3年の実務修習が考えられたと思われますが、最終的な条文では、「司法修習生は、少なくとも二年間修習をした後試験に合格したときは、司法修習生の修習を終える。」という文言になりました。

    しかし、1997年(平成9年)10月の臨時総会に、日弁連執行部は、最高裁と法務省の要求に従い、修習期間について1年6ヶ月への短縮を受け入れるとの議案を提出し、可決させました。日弁連執行部は、法曹三者協議路線で、政策的な綱引きに終始し、憲法論や原理原則論などは引っ込める方針を採ってきました。それは、現在に至るまで続いています。2002年(平成14年)12月の臨時総会には、日弁連執行部は、修習期間1年への短縮まで受け入れる議案を提出し、可決させました。

    司法審も、司法修習制度の憲法的意義を故意に無視しています。一人前の能力と独立に耐える覚悟を備えた裁判官を養成するには何が必要かという問題の設定は、アメリカのロースクールを手本にしては、出てきません。

    司法を経済活動のインフラと位置付け、グローバリゼーションの下における国家戦略の一環に組み込むためには、司法権の独立、裁判官の独立など無用だというのが、日本の支配層の考え方です。だから、法科大学院で何を身につけさせることができるのかという点の検討などは元から疎かにされてきました。「点」から「プロセス」へという禅問答で、分かったふりをして、法科大学院を作ったのですから、それがうまくいっているのか、そうでないのかも検証のしようがありません。法科大学院が学問の自由に抵触し、法学の自由な研究を阻害するものだという感想は持っています。

    No title

    >視野狭窄症の法学部の試験エリートばかりを供給する
    >それでも一般庶民のいざこざを解決する程度なら問題ない(たぶん)。

    習った通りにしか処理できない、真のバカを舐めちゃいけないよ。
    ほんのすこし展開を変えるだけで、適切な行動が取れないド無能になる。
    そのくせ司法試験を突破したプライドだけはあるから、非常に面倒くさい。

    No title

    >予備試験突破者がそれだけ社会に対し感謝の念を抱いているか?
    >社会に貢献しようと思っているか?を見てみると、
    >割とそうでもありません。逆にドライだと思います
    >(会務/公益活動もといボランティア参加について等)

    法科大学院できてから、新規登録者数はバカみたいに増えたのに、委員会に来る人は減りましたね。当然だろうと思いますが。

    No title

    自分のアメリカ留学経験から言って、本場のロースクールでも、学校教育では実務能力はつかない。3,4か月の予備校の詰め込み教育で連邦法と州法の基礎の基礎を頭に叩き込み、司法試験に合格したのち、就職し、OJTの中で法曹としての実力をつける。就職は学閥、司法試験の成績、おべんちゃら、そして何よりも縁故(クライアントを引っ張れる、という意味で)。

    また、各州州弁護士会の年会費は、日本の弁護士会会費の月額以下と安い。そこで、多くの司法試験合格者は、名刺の飾りとして弁護士登録をし、弁護士を名乗るが、弁護士としての仕事はない・・・というのが、リーマンショック前までのパターン。

    ところで、ロースクールの学費は日本同様に高く、得られるリターンは無残。もはやロースクール進学は、賢い投資とは言えない。また、社会的な貧富の格差拡大及び階層固定化の問題から、「自分だけは特別」という幻想を持たない現実的な若者が最近増えたこともあり、ロースクールの新入生は激減している。

    さて、アメリカと異なり、日本には、予備試験がある。そのため、法学部に入学して法曹を目指す、という厚い層がある。彼らのおかげで、法学部への新入生数は微減にとどまる。しかし、予備試験を廃止すれば、この層が法曹をあきらめ、他学部に進学する。法科大学院がどうなるかは、説明の必要もない。

    No title

    >予備試験突破者がそれだけ社会に対し感謝の念を抱いているか?
    >社会に貢献しようと思っているか?を見てみると、
    >割とそうでもありません。逆にドライだと思います
    >(会務/公益活動もといボランティア参加について等)。
    社会が予備試験突破者を不心得者扱いして批判しているのだから、
    予備試験突破者が社会に対し感謝の念を抱かないのは当然。

    法科大学院ルートの人間が公益活動に対する意識が高いかというと
    そういうこともなさそうなので、
    法科大学院ルートの人間ではなく
    予備試験ルートの人間が増えることの不都合は無い。

    むしろ教育能力の低い法科大学院はもっと淘汰された方が
    税金の無駄遣いが減って社会にとって有益。

    No title

    予備試験経由の法曹が増えることの問題点はシンプル。法学部の試験エリートだらけなせいで硬直化し、一部の超出来る人を除けば最先端の現実の要求に応えきれなくなっている現法曹界に、今まで通り、視野狭窄症の法学部の試験エリートばかりを供給することになってしまう…ということ。司法改革で叫ばれていたことのような気もするけど。
    もちろん、それでも一般庶民のいざこざを解決する程度なら問題ない(たぶん)。けど、世界相手に勝負しようとする起業家や大企業の力には到底なり得ない。相手は非常にレベルの高い高等教育を受け、複数の専門分野を持ち、しかもいずれも高いレベルにある。法律+実務知識しか習得していない日本の法曹なんか(一部のすごく優秀な人を除き)相手にならない。

    とはいえ、これはローも同様だけど…
    結局、司法試験合格率という圧力に負けてしまい、公認の司法試験予備校みたいになってしまった。しかも、教育効果は予備校に負けているというおまけつき。理論と実務の架橋とはいうけど、結局は些細な実務知識を従来の教科書に盛り込む程度にとどまっているのもザラ。従来型法曹しか養成出来ない、情けないカリキュラムしか用意できない。それくらい、日本の法学教育は劣化してしまった(or元からダメなのがより明白になった)。
    ローがマトモな教育をするつもりがないなら、予備試験経由の法曹が増えても、特に害が拡大するようなことはない。もとからダメなところ、しかもローが全く克服出来ていないところ、を引きずるだけだから。費用もリスクも低いぶん、予備試験の方がいいかもね。

    No title

    プロセスが変わっても(要するに旧司法試験のやり方に戻したとしても)、貸与制をどげんかせんことには、法曹側に社会正義といったココロが育たないということでせう。

    金を……金をくれ………。

    No title

    法科大学院を廃止して予備試験に統一すれば問題解決ですね。

    予備試験は短答式、論文式、口述式なので、予備試験合格者に司法試験合格の資格を与えて、司法研修制度を充実すれば十分です。

    ・・・あれえ?いつか来た道のような。

    No title

    >「予備試験」が利用され、そこを経由した法曹が増え続けることが法科大学院制度にとって都合が悪くても、果たして社会にとって、それほど都合が悪いことなのかという一点です。

    ツイッターを巡回する限りでは、「都合が悪い」です。
    誤解なきよう申し上げますが、『法科大学院にとって都合が悪く社会にとって都合が良い』という価値観が既に間違っています。
    法科大学院出身者はともかく(十分不利益を受けているため)、予備試験突破者がそれだけ社会に対し感謝の念を抱いているか?社会に貢献しようと思っているか?を見てみると、割とそうでもありません。逆にドライだと思います(会務/公益活動もといボランティア参加について等)。寧ろかつての給費制の弁護士のほうがまだましといえましょう(口先だけでも)。

    時代は変わりました。法科大学院卒、予備試験経由にかかわらず、法曹の意識そのものがここ10年で変わらざるを得なかったのだと思います。逆に社会(一般国民)そのもののほうが追い付いていないのかもしれません。まだ「社会正義」だの「公益」だの信じているんですから。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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