給費制と法科大学院をめぐるアンフェア

     司法修習生に対する「給費制」の廃止は、とても一面的な論議で決してしまったといえます。その根底は、修習をいわば一般の職業訓練と同一視し、民間事業者である弁護士の養成が自弁でなく、国費が投入されることへの不当性、不公平感が強調されるものでした。そのうえで、結局、論点は彼らが経済的に可能かどうかに傾き、廃止が決してしまった感があります。弁護士は国家事務を行うものとして必ず統一的な司法修習を、他の法曹二者とともに受け、対等に国家に養成されるというそもそもの意味や、そのことが弁護士の意識を公益につなぎとめてきたという面は、ずっと後方に押しやられた格好になりました(「弁護士の『公益性』をめぐる評価とスタンス」)。

     しかし、そうした「給費制」固有の本来的な意義につながる点もさることながら、それを脇に置いても、国費投入の妥当性めぐり、「給費制」はこと法科大学院制度との比較において、今に至るまでフェアに扱われていない、伝えられていないようにも思えてなりません。また、そこはあくまで法科大学院本道主義の都合と言いたくなるような、「改革」路線の新旧制度に対する扱い方につながっているようにみえます。

     国費投入ということに関連して、新旧制度について、坂野真一弁護士が自身のブログで、次のようなたとえ話をしています。

     「旧司法試験は例えてみれば、田んぼ一面にまかれた籾の中から自力で成長する可能性を見せた苗を(司法試験で)ピックアップして、(合格者に対して)大切に税金をかけて一人前に育てる方式」
     「法科大学院制度は、田んぼ一面にまかれた、芽が出るかどうかも分からない籾の全てに、税金をかけてプロセスによる教育とやらを施して育てようとする方式。そして、プロセスによる教育とやらを施す農家(法科大学院)には、税金が投入され、その結果、お金をかけた籾のうち20%位しかものにならない(司法試験に合格しない)」
     「きつい言い方で極論すれば農家(法科大学院)にかけた税金のうち20%以外は無駄なお金と言えなくもない」

     これは、ある意味、非常に分かりやすく、的確なたとえといえます。つまりは、国費投入ということでいえば、そもそも法曹になれるかどうかも分からない、試験に合格できるかも分からない者にそれが投入され、現に合格できていないものが多数存在しているという法科大学院の現実のことです。そして、このことは、税金の使い道ということで考えれば、旧制度のように、合格者を対象に、修習と「給費制」におカネが使われることとの「価値」の比較で、十分に旧制度に分がある話ではないか、ということになります。

     実はこの点に関しては、つとに法曹関係者のなかで、妥当性という観点からいわれていることでありながら、なぜか「給費制」存続をめぐっても、強くアピールされていない、アピール不足といえる現実があります。それがなぜかといえば、それは法科大学院本道主義ありき、ということになるだろうし、こと法科大学院に関しては、根強い擁護論が弁護士会主導層の中に存在しているから、という説明になってしまうように思います。

     さらに、国費投入という視点だけでなく、そもそも点からプロセスといわれながら、実は旧プロセス(司法試験、司法修習)の点の選抜の前に、一プロセスを導入したというのが正しい新法曹養成にあって(「法曹養成『プロセス』論が問い直すべきもの」)、根本的なこの制度のあり方の妥当性を疑問視する見方も根強くあります。

     司法試験合格率が現実的に評価対象になりながらも、受験対策を禁じている新プロセス。その矛盾を抱え、その合格という現実的な達成目的を背負わされているプロセスが、果たして法曹にとっての実務教育の一部を担うとともに、幅広い教養や人間性の涵養に必要な教育を施すのに果たして適しているのか。その一方で、志望者にとっても、合格という絶対的な達成目標が眼前にあるなかで、現実問題としてこの新プロセスでそれを学ぶことに本当に身がはいるのか――。

     その意味では、前記国費投入の「価値」としての妥当性同様、「芽が出るかどうかも分からない」あるいは志望者に「まずは芽を出すこと」が課せられている段階よりも、それが確実な段階に、確実な人材に大切に育てるのとどちらが妥当なのかという問題の立て方も当然考えられるのです。

     実はこれも、前記の国費投入同様、法曹関係者のなかでささやかれながら、共通の事情によって、表だって議論の対象になっていないという印象を持つものです。

     「限られた財源で優秀な法律家を育てようとするならどちらが効率的かは一目瞭然だ。しかも今回は、その農家が自分の苗を優秀に見せようとして、2度目のひどいズルをしたのだから、国民の皆様は、ただでさえ税金食いの当該農家(法科大学院)との契約は、もう打ち切るべきなんじゃないか」

     坂野弁護士は、ブログのなかで今回の司法試験問題漏洩事件(「司法試験問題漏洩事件が浮かび上がらせた現実」)と絡めて、こう書いています。今回の事件は、まさにこの新プロセスが、それを支える人間の意識あるいは資質においても、法曹を育てる上で適切さを保っているのかという疑いを社会に抱かせるものになったといえます。

     「教える側」にとっても、「教わる側」にとっても、この新プロセスは本当に妥当なのか、そして、私たちの税金の使い道は、本当にその正しい妥当性の判断のもとで選択されているのか。本当に社会がそこに向き合うために、まずは、新旧制度のアンフェアな扱いから改められるべきだと思います。


    あなたは憲法学者らが「違憲」とした安保関連法案に対する政府の対応をどう考えますか。また、どのような扱いをすべきだと思いますか。ご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「ニュースご意見板」http://shihouwatch.com/archives/6707

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 資格試験
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    No title

    過去の経緯を持ち出しつつ、大局からの制度論を延々と続けるのも結構ですが、
    大多数の関係者が最近の露骨な隠ぺい工作に目をつぶっている限り、何も変わらないでしょう。
    試験問題を漏えいした人物の所属先ロースクールは、むしろ学校のブランドにキズをつけられた被害者のはず。
    何故、イの一番に謝罪会見をさせられるのか、理解不能ですね。
    今回の事態を受けて公の場で国民に謝るべきは、一私立大学の関係者ではなくて、
    10年以上も同人物を考査委員に留めていた司法試験委員会、その委員長のはずでしょう。
    法務省も自分達の責任逃れのために、刑事告発したとしか思えませんなぁ。
    安保法制絡みでは威勢よく反対キャンペーンを張る方々が、こうした身内の権力者の欺瞞はスルーですか?
    これまでの司法試験委員会の姿勢を非難・糾弾するような声明等を日弁連レベルで決議するのは無理でしょうが、
    既に前例もある単位会レベルでの会長声明ぐらいだったら出せるんじゃないですか、「おかしいだろ、あの謝罪会見」とかね。

    No title

    日本の法科大学院は、アメリカのロースクールとは全く違う。デッドコピーでも劣化コピーでもない。法科大学院をロースクールと呼んではいけない。

    産学協同に欠けた新参大学院が、卒業生の就職先を確保できるはずもない。卒業時の就職先も確保できずに、新入生の確保ができるはずもない。2000年当時、当時までの法曹を罵倒し、新制度をあおるインタビューを多く提供した企業トップに、旧松下電器産業やオリックスなどがあるが、現場では当然ながら法科大学院卒業生全員は引き受けない。これは企業トップのええかっこしいや無責任さや豹変や先見の明のなさといったものではなく、日本企業統治の柔軟性の表れと考えるべきであり、彼らを恨んでも始まらない。個人的には、これらの企業の商品は買わない。ダイソンやビザのようなグローバル企業の商品は、さすがに世界を制覇するだけあって優れている、コストがかかっても良い商品を使いたい、というのが一消費者としての実感だからであり、別に他意はない。

    No title

    給費制の廃止は,そもそも国家財政が苦しい中,司法改革で法科大学院制度,裁判員制度,法テラスなど莫大なお金のかかるプロジェクトを次々にぶちあげたので,これに財務省が怒り「どうしてもそんな制度が必要なら法曹界も痛みを分かち合うべきだ」と言い出し,貸与制導入を受け入れなければ司法改革の予算自体認めてもらえそうにない雰囲気となってしまったので,渋々受け入れたというのが現実です。貸与制でやっていけるかどうかというのは建前上の議論に過ぎません。
    客観的に見て旧司法試験制度と今の制度のどちらが良かったかなど,既に答えは分かり切っています。問われるべきは,自らのメンツにこだわり誤った制度の維持にしがみつく政府と日弁連の姿勢に他なりません。

    No title

    日弁連が唱える給費制問題には理がありません。

    なぜなら、日弁連は「お金がない者が法曹になれない」というテーゼを掲げているものの、一方で、さらなる金喰い虫のロースクール制度は手放しで賞賛しているからです。

    日弁連が、上記テーゼをもって給費制問題を取り扱うのは筋違いというものでしょう。ならばロースクール制度も廃止するべく運動しなくては一貫しません。

    No title

    給費制でなくとも何とかなるという実績がある以上、それを再度給費制に戻すというのは考えにくい。
    戦争法案のように普通の国民がデモをしてくれるとも考えにくい。
    それにとりあえず下位の法科大学院が淘汰されてしまえば、税金の無駄もなくなるわけで(自主的に募集停止してくれるのが望ましいが)。国民の意識からすると「淘汰されれば無問題。放っておいても解決する」だろう。
    >「(中略)田んぼ一面にまかれた籾の中から自力で成長する可能性を見せた苗を(司法試験で)ピックアップして、(合格者に対して)大切に(略)~」
    これだって、一般人からすれば自力で成長する可能性が確実な苗だけを育てればいいんじゃないか(公務員だけ)ということになりかねない。下手なことを言えば「もう、検察官・裁判官と弁護士とで試験も修習も分けてもいいんじゃないか」になりかねん。

    No title

    給費制の問題と法科大学院は不可分の関係にあるのに、日弁連のコンセンサスが取れないと、集会などが出来ないからと問題を分けて、貧しい家庭に生まれると法曹になれないという活動をしていますが、結局そのために日弁連の内外において支持が得られないのではないでしょうか。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR