弁護士増員と新法曹養成の「副作用」という視点

     「食えるか食えないか」というテーマは、ある意味、今回の司法「改革」が結果的に弁護士に突き付けることになったものです。そういうとらえ方をすると、弁護士の中にも、「いや、弁護士はこれまでだって、自営業者として生き残りの工夫をしてきたんだ」と強弁される方はいますし、当然、業界外の人間の中には、そういうとらえ方を許すところに、またぞろこれまでの弁護士の「不当に」恵まれた環境や、甘えの構造を批判的に被せる向きもあると思います。

     しかし、現実問題として、ここまで弁護士が、このテーマを「生存」がかかった共通の最大関心事のようにとらえたことは、少なくとも私の知る過去30年間ではなかったことですし、また、ここまでの事態を会内の「改革」推進派が想定していたとも思えません。

     「改革」の増員政策は、弁護士に競争を求めたことは事実ですし、この結果には、日弁連会長までが、年間3000人合格でも弁護士は大丈夫と太鼓判を押したことに象徴されるように、有償需要に対する甘い見通しがあったのは間違いありません。ただ、むしろそうしたことよりも、私たち社会にとっての根本的な問題は、「改革」の結果として、多くの弁護士の共通関心事が、このテーマになることの先に、本当に私たちにとって、かつてよりも良いことが待っているのかどうか、そこを期待できるのか、その一点にあります。

     弁護士に今、起こっていることは「改革」の「副作用」というとらえ方もできると思います。弁護士にとって、ここまで増員政策によって経済的に困窮し、前記テーマが突き付けられことになるのは、会内推進派にとっては予想外の「副作用」ということになりそうです。一方、業界外の推進派にとっては、これこそが競争による淘汰の過程であり、弁護士の意識変革であり、その先にサービスの良質化や低額化まで期待できる、私たちにとっての利になる「効果」の方が上回るはずの「副作用」ということになります(「『食えるか食えないか』というテーマの前提」)。

     しかし、私たちは本当にこの「副作用」の現実を知っているのでしょうか。この「副作用」の最も私たちに深刻な影響をもたらすものは、実は、今、弁護士の中に起こりつつある「公益性」からの撤退ともいえる、意識変化ではないか、と思えます(「弁護士の採算性と公益性をめぐる無理と矛盾」「弁護士二分化が意味する『改革』の現実」「弁護士の『公益性』をめぐる評価とスタンス」)。有り体に言えば、「生存」をかけて、これまで以上に採算性を追求せざるを得ない弁護士たちは、これまでのように「公益性」というテーマにコミットできない。と同時に、それと引き換えて上回るような「効果」が、現状で期待できているわけでもない。

     何度も書いているように、「効果」がないのであれば、少なくとも私たち社会にとって、「食えるか食えないか」のテーマを弁護士に突き付ける意味はありません。弁護士が経済的に恵まれていようが、他業種より安定していようがそれは結構。「改革」の「効果」は社会に回って来ないまま、本来ならば「公益的」な活動に関心をよせ、経済的な一定の安定でそうしたテーマにコミットできた弁護士をこの国から減らし、それこそ「一サービス業」として採算性を最大関心事にする弁護士が増やしただけに終わる。つまりは、結果的に「副作用」だけが私たちに回って来ることにならないのか――そのことが、本来、今、私たちの関心事でなければならない、と思えるのです。

     そして、むしろこの結果からは、これから弁護士という存在について、採算性というテーマで、割りきらなければならない、意識を変えなければならないのは、むしろ利用者の方という結論にもなってしまうことを私たちは知らなければならないのです。

     9月2日、京都弁護士会主催で行われた「司法修習生に対する経済的支援を考える」シンポジウムに、基調講演者として呼ばれ、「改革」路線のなかで「司法修習の意義」や経済的支援という意味での要であった給費制が、結果としてどのように扱われたのかなどについて、短い時間でしたがお話ししてまいりました。そのなかでの一つのポイントは、修習にしても給費制にしても、この「改革」流れのなかでは、その「公益」的意味が、結果的に後方に押しやられたという現実でした。

     「給費制」廃止論議は、修習を言ってみれば一般の職業訓練と同一視し、民間事業者である弁護士の養成が自弁でなく、国費が投入される不当性、不公平感が強調され、結局、論点は経済的に可能かどうかの問題に傾き、廃止が決してしまったといえます。

     修習生への経済的な支援について、6月にまとめられた「法曹養成制度改革の更なる推進について」では、法務省は、最高裁判所等との連携・協力の下で、司法修習の実態、司法修習終了後相当期間を経た法曹の収入等の経済状況、司法制度全体に対する合理的な財政負担の在り方等を踏まえ、司法修習生に対する経済的支援の在り方を検討するもの、としています。貸与制下の修習生の実態に即して支援を考えるということ自体は間違っていないというとらえ方もできそうですが、実は「給費制」廃止論議が、法科大学院本道主義のうえに、一面的になってしまった「やれるかやれないか」というとらえ方からは出ていない印象を持ちます。

     「改革」の副作用として、「公益性」に冷ややかに弁護士の意識傾向があるなかで、「給費制」を通過していない弁護士の比率が増えてくる。「副作用」はさらに強まることにならないでしょうか。前記シンポの参加者のなかにも、新人弁護士の意識のなかの「公益性」について、有償無償需要の区別なく、その職業観のなかで担保されているとみるような、ある種の楽観論も聞かれました。しかし、これまでの環境で育った弁護士と、最初から競争にさらされ、「生存」をかけて経済的に割り切ることが当たり前のような環境に放り込まれた新人弁護士の意識を、こと「公益」ということに対する職業観の根底で同一視するのは、およそ無理があるように感じました。

     「貸与制」の継続ということでいえば、経済的支援の根本的発想が「やれるかやれないか」にあるということは、「改革」がその後の弁護士が「食える」という前提に立つ限り、この制度は続き、副作用にも目が向けられることはありません。逆に言えば、まだまだ需要があり、弁護士は増えたとしても大丈夫なはず、そのメリットは必ず社会に回って来るという前提に立つ「改革」推進論や、それに拠る大マスコミが「給費制」復活に冷ややかなのは、当然ということにもなります。

     結局は、「食えるか食えない」を突き付けられている弁護士の現状からは、経済的な安定を期待する優秀な人材も、「公益性」を弁護士の仕事に見て志す人材も、ともにこの世界から遠ざかっているという、これまたは私たち利用者にとって少しも有り難くない副作用が生まれつつあります。

     いくら「食えるか食えないか」が弁護士にとっては切実な問題であろうとも、また、貸与制下の修習生の経済的な現実が「やれるかやれないか」という視点でとらえられることに一定の意味があろうとも、その先の副作用がフェアにとらえられ、伝えられなければ、この「改革」の本当の評価には延々とたどりつけないように思えます。


    あなたは憲法学者らが「違憲」とした安保関連法案に対する政府の対応をどう考えますか。また、どのような扱いをすべきだと思いますか。ご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「ニュースご意見板」http://shihouwatch.com/archives/6707

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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    No title

    合格者増やせといっている学者どもは、自分たちの責任と財産で、合格者を一生面倒みてやってください。

    No title

    アメリカではすでにアルゴリズムで最高裁判決を予測するというソフトが開発されています。予測的中率約70%。各裁判官の判断まで予測できるそうです。

    日本の要件事実論は更にカチッとしているし、裁判官のクリエイティブさは期待薄なので、アルゴリズムに適しているかもしれません。

    http://gigazine.net/news/20140801-supreme-court-decision-algorithm/

    No title

    法科大学院卒レベルにできる単純な仕事であれば、今すぐにでもアルゴリズムで置き換えることができる。ミスもないし、体調不良も欠席もないし、甘えたことも言わないし、導入時のコストを覚悟すればよく維持管理コストは低い。

    刑事裁判官の仕事もアルゴリズムで処理できる。民事裁判の要件事実論などは、典型的なアルゴリズム。ちなみに行政書士や司法書士がきれいさっぱり不要になることは、言うまでもない。

    社会一般で「人間」の仕事はパソコンに置き換わりつつある。一般事務職の求人倍率が0.2倍などというのはその典型で、今後は法律分野も例外ではない。

    No title

    自由競争万歳!!
    で進めた司法制度改革なんだから、
    受験生は支援してほしかったら、
    企業や事務所に対して
    支援してもらえるだけのメリットを示せば?

    示せないから支援してもらえない。
    自由競争なんだから
    メリットが無ければ支援してもらえなくても仕方無い。

    No title

    今回の不正も「やっぱりな」というのが大方の56期以前の弁護士の見解。だいたい、不動産の善意取得を本気で論じるとか、否認事件で情状弁護を大展開するとか、あり得ないレベルの修習生が大量に実務家になっている。これ以上法科大学院を継続させたら、裁判所に行くよりも交渉と私刑の方がまし、という、後進国レベルの社会状況に落ちてしまう。

    卒業生のことは、できもしない大風呂敷を広げ、高い学費と国費をかき集めて浪費した張本人である法科大学院関係者たちが、責任をもって後始末をつけるしかない。

    やくざやフロント企業なら、金を出して受験生を支援する需要はあるでしょうね。
    やくざに限らず、弁護士を金で買って職印だけ使いたいというようなお仕事はいくらでもありますよ。

    そういう人たちからすると、司法改革さまさまですよね!!

    学者にはそういう世間のことはわかるまい

    No title

    「支援してくれればいいんじゃないだろうか」

    お前がやれ。

    No title

    沖縄銀行が司法試験受験生を支援するのは,法務の需要があるからです。
    しかし,全国でみれば法曹有資格者など有り余っており,質にこだわらなければいくらでも募集で人が集まるので,わざわざお金を出して受験生を支援する必要などないのです。
    法律事務所の弁護士はもっと需要が無く,新人を採用する事務所も少なくなっているので,修習生さえなかなか就職できません。そのような法律事務所が,司法試験合格以前の受験生を支援する経済的合理性はありません。
    なぜ沖縄銀行だけ,全国的に珍しい支援制度を設けなければならないほど法務の人材が不足しているのか。それは僻地である沖縄特有の事情があるのかも知れませんが,他の企業や弁護士会に沖縄銀行と同様の取り組みが広まる可能性はほぼゼロだと思います。

    No title

    法テラスというのはいままで米を買えなかった層にも
    安く屑米を売る制度でしょ?

    No title

    私企業が支援するのは勝手にすればよいこと
    ローマンセーの事務所が放火大学院生を支援するのは当たり前だが、弁護士会にそんなものを押し付けるのは間違っている。
    ローマンセーの会費だけで成り立っているのではない。
    放火大学院生はマンセーだけに支援の義務がある。

    No title

    沖縄銀行の取組
    http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=132241

    こういうふうに、法科大学院生を企業で支援してくれればいいんじゃないだろうか。
    なぜ弁護士会や大手事務所がこのような支援を率先して行わないのか。
    この取組が様々な企業に広がってくれることを切に願う。

    No title

    そもそもロー自体が自由競争していない。
    自由競争がそんなにすばらしいなら、
    受験でロー卒か否かを不問にし、
    ローへの補助金もゼロにして、
    ローは予備校と自由競争したらいい。
    そうしたら自由競争の結果、
    すばらしいローが出現するのでしょう。

    ロー関係者って、自由競争だのというけれど、だったら司法試験自体やめちゃったらどうなんだい?
    その代わり、ローも要らなくなるけどなw

    金にもならないのにドキュンな奴らの事件をやらされるとか、精神的に持たんよ。
    依頼者もダメなら依頼内容自体もまともじゃないうえ、証拠もない。
    10万くらいの金で何ヶ月も客ヅラされるのってウザいとしか言いようがない。
    10万ってのは弁護士の日当だよ。1日の仕事でそれくらいなら我慢するが。
    そういうやつらに必要なのは、事件解決じゃなくガス抜き。
    そんな仕事は、法テラスか行政書士に頼んでよ。めんどくさいんで。

    需要がないのに弁護士増やせってやつは何を狙ってるの?
    弁護士を言いなりにしようってこと?
    DQNの言いなりの弁護士とかイヤすぎね?
    DQN「隣のやつがうるさくってさあ、内容証明ガンガン送ってよ」
    今までの弁護士「そんなもん費用割れだ。寝てる方がマシ。やらん帰れ」
    これからの言いなりの弁護士「1万円で送りますよ!100回まで同じ値段です!!」

    大体、弁護士は高いとか言ってるやつらは、費用割れということを頭に置いてないんだよね。だったら自分でやれよというだけのことなんだけど、それを横着してやらずに弁護士にやらそうとしているだけのこと。

    でも、そういう費用に見合わない仕事なんて、誰も引き受けないんだよ。普通に考えて。
    人数を増やせば引き受けるという問題でもないはず。

    No title

    >自分達はもう弁護士だからいい、後は増えても困るっていうのはどうも。
    そんなことは言ってません。

    需要も無いのに、わざわざ難易度下げて、
    本来合格するべきでなかった人まで合格させて
    合格者を増やす正当な理由はどこにも無い。
    需要があるというのは嘘だったから、
    以前の難易度に戻すというだけのことです。

    No title

    >それでも困らないっていうのであれば、
    >それはそもそも弁護士に需要が無いってことだから、
    >弁護士を増やす必要も無い。

    自分達はもう弁護士だからいい、後は増えても困るっていうのはどうも。
    なら、普通にビジネス資格として取りたい人には取らせればと思う。

    No title

    >何様?「人生と青春を捨てて」きたんだから
    >自分達はエリートな生活ができるべきっていう
    >その態度の積み重ねが今に至るんだろ。
    ひがみによる悪意のこもった言い換え。
    費やすコストに見合ったリターンを希望するのは当然のこと。
    見合ったリターンが期待できないから弁護士志望者は激減。
    弁護士という職業の基盤が危うくなっている。
    それでも困らないっていうのであれば、
    それはそもそも弁護士に需要が無いってことだから、
    弁護士を増やす必要も無い。

    >有能な人材を全部弁護士にしたとして、それだけの需要はあるか?
    有能な人材を全部弁護士に、というのは極端な誇張。
    ただ、弁護士にたいした重要がないのは確かだから、
    弁護士大増員は不要かつ有害。
    需要がないのだから弁護士は減らすのが当然。

    No title

    >持たざるものは法テラスへ、それ以外は各自でご自由に、という意識に変えていくというのならわかるが。

    その法テラス案件を誰がやるのか?というのがまず問題。
    八百屋が,同じ野菜を貧乏人だからって安く売ったり,牛丼屋が貧乏人に安く牛丼を売ったり,タクシーが貧乏人にタクシー代を安くしたりしないでしょ?
    しかも,かなりの確率でDQNだから,下手に受けると厄介事とトラブルを抱えることになる。
    寝てた方がマシかと。

    No title

    >人生と青春を捨てて司法試験にトライし、弁護士になった後は
    >メンタル的にも非常にきつい上に生命身体へのリスクも高いし

    何様?「人生と青春を捨てて」きたんだから自分達はエリートな生活ができるべきっていうその態度の積み重ねが今に至るんだろ。

    それに、他士業も自分でもある程度の法律事務ができ、金融機関等でも法的サービスが充実している以上、今までみたいに「法律事務は全部弁護士でおなしゃす!」というわけにもいかない。有能な人材を全部弁護士にしたとして、それだけの需要はあるか?

    それより
    >むしろこの結果からは、これから弁護士という存在について、採算性というテーマで、割りきらなければならない、意識を変えなければならないのは、むしろ利用者

    昔から「採算があわない」で断られていた利用者はたくさんいた。今更「採算性というテーマで利用者は割り切らなければ、意識を変えなければ」というのは、ずれていないか?
    持たざるものは法テラスへ、それ以外は各自でご自由に、という意識に変えていくというのならわかるが。

    No title

    こういう愚痴を垂らしてるのは間違いなく甘えてるな。同情してほちいの?

    うん、ぼくちん同情してほちい。

    No title

    >人生と青春を捨てて司法試験にトライし、弁護士になった後は
    >メンタル的にも非常にきつい上に生命身体へのリスクも高いし

    こういう愚痴を垂らしてるのは間違いなく甘えてるな。同情してほちいの?

    No title

    ご正論です。

    我々も、働いて稼ぐしかないのです。人生と青春を捨てて司法試験にトライし、弁護士になった後はメンタル的にも非常にきつい上に生命身体へのリスクも高いし事務所経費もかかるし生活費もいる。これを甘えだ、と批判するならば、その人自身が弁護士として無償で延々と受任すればいい。「飯食わぬ女房」の昔話のとおり、現実にはコストがつきものであり、うまい話はないのです。

    きれいごとを言うやつは、自分だけはうまく逃げきっていますから、彼らの言うことを真に受けたら大変なことになります。現に、大変なことになっていますが、大手マスコミは報道しません。今の時代、本物のジャーナリズムは、ブログにあるようです。
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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