裁判員法改正と大新聞の論調からみえる矛盾と無理

     審理が長期間になる裁判を裁判員制度の対象から外すことを盛り込んだ改正裁判員法の成立を、朝日新聞が6月7日付け社説で嘆いています。

      「導入7年目で施された初の制度見直しが、対象を狭める方向になったのは残念である。司法に国民の意識を反映させるという理念をふまえれば、今後は制度をもっと生かすための見直しをめざすべきだ」
      「どのくらいからが長期裁判なのか、改正法は具体的に示しておらず、裁判所の運用によっては、市民を裁判から遠ざけることになりかねない」
      「裁判官だけの裁判に戻すことには、裁判所も市民もきわめて慎重であってほしい」

     この改正の目的は、あくまで裁判員の「負担軽減」であり、その背景にあるのは、この負担によって裁判員を確保できなくなる事態への懸念です。「朝日」は開廷不能状態に備えた「念のため手当ては必要」との一定の理解を示しながら、それを優先させた改正に前記のような忠告と懸念を表明したわけです。

     しかし、この「改正」に対しても、また「朝日」のこだわりに対しても、やはりこの制度の推進に当たり、はじめから不透明なままの根本的な疑問点をぶつけざるを得ません。つまり、裁判とは一体、何のための、誰のためのものなのか、ということです。

     彼らが今回の「改正」の、ある種の矛盾に気が付いていないわけがありません。裁判員制度が軽微な事件からではなく、いきなり重大事件から参加を強制させる形をとった、その理由とされたのは、それらの事案の社会的影響の大きさでした。すべての刑事事件を対象にしたり、分かりにくい民事事件に参加させる「負担」も挙げられていましたが、要は死刑対象事件を含む重大事件関与への精神的負担を市民に課してでも、そここそが市民参加の意義と成果を最も社会に示せるところというとらえ方を、この制度はとったはずでした。

     それを重大な事案でこそ、起こり得る長期化の前に、「例外」を作るというのが、今回の「改正」であり、同時に「朝日」の前記懸念につながっているところです。見方を変えれば、重大事件こそ市民参加という意義も、市民の都合次第。そちらを優先させることで、「例外」が生まれ、前記制度の趣旨が歪もうとも、対応にバラツキが生まれようとも、制度維持のためなら「いいじゃないのか」という話になります。

     しかし、一方で、「朝日」のこだわりも、市民参加の大義の後退、一辺倒です。そもそも法廷に出される例の刺激的な証拠の扱いにしても、今回の長期化の問題にしても、適正な手続きを優先させるのであれば、「負担軽減」のためにそれらを改めるという発想自体が本末転倒であり、矛盾です。言い方を変えれば、もし、「負担軽減」を優先させるのならば、何を犠牲にするのかは明らかであり、それが制度維持のためであるというならば、それは制度自体の根本的な無理とみるべき問題のはずです。

      「朝日」は全部分かっている、ととれます。選任手続きへ出頭率が初年度の40%から昨年26%、辞退率は53%から64%になり、多様な人材参加に「壁」があるとし、さらに最高裁の世論調査で参加に消極的な見解が87%に及んでいることにも触れ、負担、責任からの敬遠にも「自然な感情」と理解を示しています。

     しかし、その一方で、経験者の「いい経験だった」発言に注目し、お決まりの守秘義務の弊害を指摘。「負担はあっても、その経験は個人と社会に意義深い」という裁判員経験者ネットワーク世話人のコメントや、これまた定番の司法制度改革が目指した「『お上』任せでない、自律的な市民像」を登場させています。

     要は、「負担」の意義に対する理解を共有できればなんとかなるはず、という描き方であり、初めから制度そのものが抱えていた矛盾や無理が明らかになってきた、という視点はどこにもありません。

     つまり、「負担」に配慮して矛盾を露呈させている「改正」にしても、大義からの後退を嘆き、大義と負担への理解を訴える「朝日」にしても、「裁く側」を向いた話ばかりであり、この制度推進側がいかに「裁かれる側」の視点を欠いているか、別の言い方をすると、いかにあるべき刑事裁判から逆算した発想で制度を見ていないのかをうかがわせるのです(「『負担軽減』という課題に隠された裁判員制度の課題」)。

     あるべき市民参加、あるべき裁判員制度を語る一方であるべき裁判からは本末転倒ともいえる、「裁く側」の「負担軽減」を打ち出さざる負えない制度の無理と矛盾には、社会の目を向けさせない。その制度が、裁判への常識の反映とともに司法に対する国民の理解増進を掲げているおかしさです。

     先ごろ弁護士らによって出版された「マスコミが伝えない裁判員制度の真相」(猪野亨、立松彰、新穂正俊著、「ASKの会」監修、花伝社刊)は、まさに裁判員制度推進派の大マスコミが、文字通り、何を伝えていないのか、いわばその「不都合な真実」をえぐり出していますので是非、お読み頂ければと思います。

     裁判員制度の現実と本質に、私たちが目を向けようとする時に、そこに立ちはだかっているのが、推進派大マスコミの論調であり、姿勢である現実を、私たちは十分認識しておかなくてはなりません。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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