「大きな司法」論が切り捨てているもの

     日本の司法が利用されないのは、制度のせいである、という考え方があります。弁護士会を含めた「改革」推進派はもちろん、慎重派のなかにも一定の理解を示す人がいます。わが国で民事訴訟が回避されるのは、制度そのものが十分に機能していないことが原因であって、国民に敬遠されているというよりは、利用したくてもできないとする見方です(「機能不全説」)。

     制度が訴訟件数に少なからず影響すること自体を否定する人は、少ないと思います。かつて日本で多かった交通事故訴訟が、交通事故件数の減少によってではなく、損害賠償額の標準化や保険という制度的な対応によって、別の解決への道筋が確保され、減少したということを、その例として挙げる弁護士もいます。

     ただ、以前にも書きましたが、従来からこのテーマでは、司法が利用されない最も基本的な原因として、日本の国民性を挙げる見方もまた、根強くありました。日本人は、もともと法ではなく、当事者間の関係を重視し、それに基づいて事案を処理する傾向があるとするものです(「文化説」)。

     今回の「改革」では、大まかくにくれば、「文化説」の立場をできるだけ軽視して、後方においやって、「機能不全説」を前面に押し出すものになったといえます。この2説に加え、訴訟を起こしても結果が読めてしまうために、回避されるとする見方(「予測可能説」)もありましたが、要はこれらもすべて制度のせい、にするということです。3説を対立するものとみず、すべては司法の機能不全を国民が考慮に入れて、訴訟の費用対効果を予測して、訴訟回避を合理的行動として選択し、その結果として、日本人が「訴訟嫌い」に見える状況が生まれている、と――(「『改革』が目をそらした等身大の国民」)。

      膨大な機能不全を連想させた「二割司法」も、「大きな司法」論も、まさにこのとらえ方とつながっています。国民が本当は利用したくて利用できない司法は、この発想のもとに改められる、と。そして、この機能不全を生んでいる最も根幹の部分に位置付けられたのが、法曹の数。とりわけ、決定的に少ないとされた弁護士人口だったというべきです。

     逆に言うと、もともと日本人や日本社会に訴訟回避につながる体質があるという「文化説」は、これとは逆に「改革」にとってはある意味、都合の悪い、足を引っ張るもののような扱いになり、これは「『小さな司法』」論につながる危険思想」のごとき言われ方や、増員に反対したい側の言い分のような見方も推進派からは聞かれました。

     いまでこそ、弁護士だけを増やしても機能不全は解決しないとして、むしろ問題は機能不全への対策をそこに偏重させたのが問題であった、という声は、それこそ「改革」路線への立場を越えて聞かれます。ただ、多くの弁護士が「機能不全説」そのものには賛同の方向を示し、結果的にかなり無理筋であることを認識しながら、「なんとかなる」とばかり弁護士激増路線を受け入れていった背景には、「なんとかなる」と見た経済的な問題を含む「条件」の誤算(「『条件』という前提の欠落感」)につながる、ある事情を押さえておく必要があるように思います。

      「『大きな司法』は、弁護士の悲願や渇望をうまく突いた立論である」。武本夕香子弁護士は共著書「司法改革の失敗」の中で、こう喝破しています(「弁護士人口論の原理と法文化」)。弁護士は、司法予算が国家予算に占める割合で1%未満と低く、社会の「脇役」に追いやられていたことが不満だった。非営利の活動に身を削って、人権擁護活動に従事し、家族も犠牲にして手弁当で活動しても、マスコミがスポットを当てられることは少なく、弁護士・会の公益的活動に対する社会の認知度も評価も低かった。「そのため、弁護士が『大きな司法』『二割司法』というキャッチフレーズに強く反応するのは無理もなかったかもしれない」(前掲書)――。

     彼女がここで指摘しているのは、こうした方向を強く押す背景事情にある弁護士・会にあった大きな閉塞感です。同床異夢といわれる、この「改革」では、もちろん、その先に個人の業務にかかわる、もっと具体的な経済的な妙味を思い描いた方もいなかったとはいえませんが、むしろ前記した懸念があるなかでも、多くの弁護士がこの路線に傾斜した事情があった。そして、「法曹一元」も、弁護士会主導の法曹養成としての法科大学院制度も、「大きな司法」につながる彼らの悲願と渇望のなかにあったというべきです。

      しかし、ここにも大きな誤算がありました。武本弁護士は続けます。

      「『大きな司法』とは、まさに原理原則の問題である。すなわち、『大きな司法』論は、単に、司法予算の増額や事件数の増加を意味するのではなく、社会が求められる必要な限度の枠を超えて意図的に司法を大きくする原理ないし方向性を意味する」

     司法の物的・人的設備が大きければ大きいほどよいという発想のなかでは、当然国民は財政的負担を被らなければなりません。「小さい」ことが歓迎される権力機構の「改革」にあって、ここだけは拡大を訴える「大きな司法」論は、そもそもはっきりとした「例外」についての国民的なコンセンサスが必要なものでした。しかし、弁護士の数を増やしただけでは需要が拡大しなかった誤算のすえに、国民の多くが認識していない財政負担のなかでも、いまだ国民はそのメリットを実感できているわけではありません。

     国民の多くは、依然、司法のご厄介にも、弁護士のお世話にもならない形を求めていますし、その機会が増える社会も求めていません。必要な人に供給されていないという発想が正しくても、そこには大きな無償性の領域があります。仮にもし、そのための「大きな司法」の継続であり、それに当たる大量弁護士の必要性をいうのであるならば、本来それを支えるさらなる財政負担へのコンセンサスが求められる話でもあります。

     しかし、そういう方向の議論はほとんど耳にしません。聞こえてくるのは、「大きな司法」論に一緒に旗を振った、弁護士・会がその努力で「なんとかしろ」「なんとかできるはず」という方向の話ばかりです。その無理が、国民にとって、果たして有り難いことかも分からないという始末です。そして、弁護士増員政策が柱となってしまった「大きな司法」路線は、結局、その政策失敗がネックとなって、先がみえない状態です。

     いわゆる町弁といわれる弁護士が、今後、最も生存が危ぶまれる存在とされ始めています。彼らの先に、大きな有償の潜在需要が横たわっているという見通しは立たず、また、その一方で、無償性の高い需要にこたえる余裕など、彼らにはどんどんなくなっています。少なくとも彼らが向き合う庶民が、現状、この「改革」で「利用しやすい司法」を実感できるわけもなく、今後、将来実感できることにも楽観的な材料はほとんどありません。

     司法や弁護士に関わらない話し合いの解決を望む国民の体質を「あるべき」論と機能不全論をもって度外視し、個人としておカネを投入する用意がない国民と、経済的にもたない弁護士の現実も無視しながら、国民のよく認識していない財政負担のもとに続けられる路線――。「大きな司法」路線は、一体、誰のために始まり、そして、誰のために続けられようとしているのかをもう一度、考え直すべきです。


    あなたは少年事件被疑者の実名報道は許されるべきだとお考えですか。少年法に対するご意見とあわせてお聞かせ下さい。司法ウオッチ「ニュースご意見板」http://shihouwatch.com/archives/6558

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    No title

    「福祉施設に弁護士が直接問いかけ」
    http://mainichi.jp/select/news/20150521k0000e040227000c.html
    >より多くの弁護士が関わる態勢作りが模索されている。
    >弁護士は「現場に出て直接話すことで、弁護士の敷居が低くなり、福祉関係者がささいなことでも相談してくれるようになった」と話す。
    まだまだ需要はありますよ。法テラスと契約して頑張りましょう。法テラスさえ盤石であれば財源は大丈夫です。そろそろ(次の記事にあるように)弁護士の利益にならない活動ばかりの団体のあり方あるいはどちらに付くかを考える時期がきたのでは…???

    No title

    相続におけるprobationのようなぼったくり手続きがあったとしても、アメリカでは70年代ころから弁護士余りが揶揄されるようなジョークが流行っており、2008年のリーマンショックで完全にダメ押しとなりました。

    そもそも改革派の言う大きな司法など、この地球上に存在しない、幻想だったのです。

    http://lawlemmings.tumblr.com/post/80725964682/im-an-idiot-who-decided-to-go-to-law-school-in

    平易な英語であり読みやすいので、一読をお勧めします。そして、ここが核心です。日本の法科大学院も、ここだけは正確に本家からコピーしています。

    Law school is an extremely risky gamble and the wager is your life. It’s easy to and probable that you will lose.... The system is organized in such a manner that the house (law school) always wins. They are using students as a risk-less method to have government-backed money funneled into their bank accounts. There’s no risk to them, but there’s substantial risk for the student.

    ...I hope that you will spread the message about the dangers and risks associated with law school so that other young people do not make our mistakes.

    No title

    無償のサービスに時間やエネルギーを使わず、
    適正な報酬を支払ってくれる顧客へのサービスに
    時間もエネルギーも集中させる。
    そうしなければ、自由競争の結果、
    適正な報酬を支払ってくれる顧客は離れていき、
    やがて廃業ということになります。

    No title

    >大きな有償の潜在需要が横たわっているという見通しは立たず、また、その一方で、無償性の高い需要にこたえる余裕など、彼らにはどんどんなくなっています。

    そうだそうだ!
    自由競争だから淘汰されやがれと囃し立てておいて、他方で無償で仕事やれとか、増員推進者共はどれだけ○○なことを言っているのか自分の胸に手をあててよ~く考えてみやがれ!

    No title

    営業活動でお金をもらえるとか思うほうがおかしいのです

    これが良く分からないのですが、何を「営業活動」と呼んでいるのでしょうか?

    No title

    非弁の宣伝活動はよそでやってくださいね。
    儲かってる弁護士は儲かっていることを宣伝しないものですよ。
    営業活動でお金をもらえるとか思うほうがおかしいのです。

    No title

    いいじゃん、無料で相談したい人がいて、そういうひとを脅してだまして仕事に結びつけようとする弁護士が居て
    ウィンウィンの関係じゃん。

    No title

    まあ無料相談でもたまに次につながる事件を拾えることがありますからね。

    司法改革によって、相談を実施したときにその人のために有料・無料のサービスを提供した場合、次につながるかという視点で受任をするかどうかを決めるようになりました(無料相談は受任義務がない)。

    結局、弁護士の営業はその価値が分かる人にいかに良質のサービスを提供して名前を覚えてもらうかに尽きるのではないでしょうか。サービスの対価を理解しない人には、役所の無料相談では回答はしますが受任はしません。逆に、理解できる人の場合には適正価格で(それが無料で提供するのが適当な場合は無料で)提供します。名前を覚えてもらいたいし、信頼もされたいから。

    No title

    田舎の単位会で、離婚事件を必要的弁護事件に、などと主張するものもあるが、費用対効果から見て、ばかげている。

    日本の相続の検認手続きを、アメリカのprobation方式にすれば、相続税徴収が確実となり、生前贈与も促進され、日本にとってよいことが増える。弁護士も、受任事件、特に高額報酬の事件が増える。

    アメリカ永住権を持つ日本人が、アメリカの証券会社でアメリカ株式を取得し、アメリカで死亡し、相続人は日本在住の日本人のみというケースで、株式はせいぜい日本円で1000万円程度だったのに、probationのために、足掛け2年あまり、経費として800万円ばかりかかった、という話を聞いたことがある。

    もちろん、半端に財産のある中流階級は、よほど生前にしっかり準備しておかないと、いやおうなくつぶされるので、国全体としては二極化が促進される(ほとんどが貧困層に落ちる)。

    これこそが司法制度改革を含むグローバル化の中での日本の未来像の一つだ、ということは知っておく必要がある。

    No title

    マネジメントの観点からは、日本の法律事務所で無料法律相談が可能なのは、二分野だけ。

    1 高額賠償(高額の成功報酬)が安定的に期待できる分野

    2 私選刑事弁護

    アメリカでは電車でもバスでもテレビでも電話帳でも、99%の公告は、1の損害賠償分野の弁護士によるもの。ただし、日本では賠償額が低い。交通事故損害賠償請求事件のうちでも、後遺障害等級2級以上または死亡事故が、ペイする分野。

    私選刑事弁護は、無駄な再相談が少ないので、ロスが小さい。ただし、犯罪者のほとんどは貧困者であり、また犯罪者の弁護を本気でするなんてと裁判所・検察官・マスコミ・世間に責められることによる精神的・社会的損失はあまりにも大きく、自分と家族と事務員の名誉と精神衛生を保つ上で、受任件数を絞り込む必要がある。しかし、アメリカの私選刑事弁護専門弁護士のように着手金で億単位などとすれば日本ではフルボッコなので、これもビジネス展開の可能性は非常に小さい。

    一応これらは無料法律相談の許容範囲。

    これ以外で無料相談に応じないのは、マネジメントの観点からは、当然。

    相談する側も、ただより高いものはない、という、当たり前のことに思いをいたすべし。

    無料相談という営業コストは、弁護士報酬への転嫁が予定されている。うちは基本的に広告をとらないので思いきった記事が掲載できます、という某S誌が、書店でバラ売りせず年間購読全額前払いで途中解約無し、という結構な負担を読者に転嫁していたり、皆様のNHK が受信料で地味な番組と職員の高給を両立しているのと同じようなものです。

    No title

    某ブログに、次のようなものが掲載されていました。

     無料の客にも親切にしてます。
     すると、その客が、また、やってくる。

     一度目は親切、
     二度目も親切、
     三度目も親切、
     四度目は面倒。
     五度目はいい加減にして欲しい。

     ところが、六度目も、七度目もある。

     どのように出入りを遠ざけるか。
     無料の客は、100年付き合っても無料の客です。

    貧乏人の性質及び彼らとの付き合い方を示唆するものとして、秀逸です。
    特に、ローを出て即独し仕事がない弁護士が安易に陥りがちな失敗を
    あらかじめ先回りして防いでくれる貴重な教訓です。

    無料だから来る奴は、弁護士の仕事を、100均の品物以下としか評価してないやつ。
    そんなのと付き合っても、悪い意味で利用されるだけ。
    そうでもしないと仕事がないのだとしたらお気の毒。

    まあ無料相談が好きならどんどんやってよ。お隣さんから聞いて来てと言われたから聞いたとか、二言目にはお金ないんです〜って奴ばかり。そんなんで飯食いに行ったら飯屋からつまみだされるよ。
    そんなどーにもならんのばっかでいいなら、どんどん引き受けてよ。
    司法改革やってる偉い先生たちがさ。

    無料相談なんて、カスしか来ないよ。
    隣人間紛争、酒場での喧嘩、友達のトラブル。金はないけどなんとかしろ、ってもんで、次に繋がんないわな。
    相談料なんて、表向きは設定してるが、
    実際には取らない。 相談料は、こういうくだらない奴らに時間を取られないための自己防衛。
    株主総会の監修とか、株式買取請求とか、そういうのは無料どころか金をとらないと不安とまで言われる。金のあるやつはそういうもんだ。

    弁護士業がうまく行く秘訣は、いいお客様に巡り会えること。無料相談じゃなきゃ誘引できないような客は弁護士の価値をその程度にしか考えておらず、そういう奴らはビジネス界には入って来れないタイプのいわゆるDQN。弁護士業をうまくいかせるいいお客様とは到底言い難い。

    No title

    無償サービスやっても、喜ぶのはタダで弁護士使いたい人だけ。

    有償の需要にはつながらない。

    合理的に考えるなら、
    依頼者の立場なら、お金支払って依頼するときは、
    無償サービスなんてやってない弁護士に依頼する。
    無償サービスをやることで弁護士がそれに時間とられて、
    お金支払ってる依頼者への対応が遅くなるとか、
    お金を支払ってる依頼者にとっては単にデメリット。
    弁護士は無限に時間があるわけじゃないし、
    弁護士の仕事は1つ1つオーダーメイドだから、
    無償のサービスをやれば、
    有償のサービスの質が低下する。

    無償サービスやると、
    そうまでしないと依頼をとれない弁護士なんだ、
    と見る人も多い。

    無償サービスなんてやっても、
    喜ぶのは弁護士をタダで使いたい人だけ。
    弁護士をタダで使いたいだけの人を喜ばせたいなら、
    それでいいかもね。

    No title

    無償の需要を拾っていくうちに有償の需要も確保できるようになるかもしれない。
    しかし,それまで法科大学院やら貸与制で負った数百万円の借金を抱えながら,運転資金や生活資金がもつだろうか。

    No title

    「有償の需要はないが無償の需要はある」のなら、そこにすら食い込んでいかないとならない。

    LINEで弁護士に無料相談ができるサービス 人気が殺到し「刑事事件・逮捕」以外の新規相談の受付を一時的に中止に
    http://smartguide.yahoo.co.jp/articles/details/20150516-00000000-r25_smpinfo_sg

    これを「うちもやるか」と考えるか「そこまでしたくない」と考えるかで大きく変わるのではないだろうか。
    ただ、やっている事務所は確実に一歩先に進むと思う。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR