弁護士「警戒情報」の本当の中身と現実

     弁護士の社会的イメージは、マスメディアによってつくられる――。こういえば、日の当らない社会の隅々で活動し、市民に接している弁護士たちとっては、時にやりきれないものを感じさせるかもしれません。しかし、およそ弁護士が身内にも知り合いにも存在せず、かかわる機会もない多くの市民にとって、それがプラスであれ、マイナスであれ、ニュースなどで流れる弁護士に関する「情報」が、そのイメージ形成の大きなウェートを占めることは当然といえば当然です。

     やりきれない、というのは、もちろん、一部の不祥事や犯罪に手を染める弁護士の「情報」で、弁護士全体のイメージが低下することです。しかし、いくらそれが一部であったとしても、そうした言い分が通用しないことは、はっきりしています(「懲戒請求件数・処分数の隔たりと『含有率』という問題」)。それはメディアの威力ということだけではありません。肝心なことは、「中にはそんな弁護士もいる」というだけで、市民の側は自らを防衛しなければならなくなるからです。

     つまり、弁護士全体のイメージダウンにつながる、そうした一部の弁護士に関する情報は、利用者にとっては重要な「警戒情報」になるのです。

     宮崎市のオイルマッサージ店での女性客らに対する強姦罪などに問われた経営者の男の弁護士が、男が盗撮したビデオの処分を条件に被害者側に告訴取り下げを求めたという報道が、波紋を広げています。報道を見る限り、被害者女性側はビデオが法廷で流されることをいわれ、示談金ゼロでの告訴取り下げを強要された、あるいは脅された、という受けとめ方であり、経営者側の弁護士はあくまで選択肢の提示としています(毎日新聞1月17日21日各配信)。

     この報道で、今回の弁護士の行為の社会的評価は、およそ現実的には、既に決定づけられていれるといってもいいと思います。坂野智憲弁護士が自身のブログで厳しく指摘しています。

      「こんな卑劣なことをする弁護士がいるとは同じ弁護士として恥ずかしい限りだ。これはもう示談交渉などというものではなく強要罪そのものだ。宮崎県弁護士会は懲戒請求を待たずに弁護士会立件で懲戒手続きを進めるべきだろう。そして事実が確認されれば除名処分が相当だ」

     おそらく前記報道で形成されているこの弁護士に対する社会的評価からすれば、坂野弁護士の指摘は当然ということにもなるだろうし、むしろこのケースを一部弁護士の例外的対応とするのであれば、こうした指摘に社会が期待してもおかしくはないように思います。

     ただ、見落とせないことが一つだけあります。前記報道で、被害者側弁護士によれば、経営者側弁護士がこのビデオを無罪の「決定的証拠」としている点です。要は、この弁護士の言い分に立つと、法廷で争えば、強姦罪そのものの成立を争える、しかし、それをやれば被害者に不利益を与える。そうした認識のもとでの、提案であったということになります。

     実は、ここに複雑な反応をしている弁護士たちもいるようです。もし、こう考えれば、この弁護士の行為が100%あり得ないと位置付けられるかどうか、その判断に慎重にならざるを得ないという見方です。

     この状況を、私たちはどうとらえるべきなのでしょうか。一番大事なことは、実は私たちには判断できない、という事実そのものにあると思います。それは、刑事弁護に対する弁護士のスタンスの違いに起因しているということもできます。前記記事中、コメンテーターとして登場する弁護士も指摘する通り、「いかに罪を軽くするかを目指し、手段を選ばない弁護士」がいます。もちろん、その弁護士にも二通りいて、「手段を選ばない」ではなく、本心からそれを弁護士として許される、ふさわしい弁護ととらえているタイプと、おそらくそうした建て前ながら、文字通り「手段を選ばない」タイプがいる。それを、市民が見分けるのは、現実的に困難です。

     そもそも刑事弁護について、被告人に有利なことを追求するという立場と、それでもそれを社会正義のなかで考えるという立場について、個々の刑事弁護士の中には、濃淡、偏りがあります。彼らの使命である「社会正義の実現」という点そのもののとらえ方にもかかわっています。

     かつて社会的な逆風が強い著名事件を進んで引き受けた、私が良く知る弁護士は、まず、自分が「裁判官」になっていました。徹底的に資料に目を通し、まず、法律家としてジャッジする。いわゆる人権派であった彼も、ある事件で無罪を主張している被告人に、そのジャッジの結果を伝え、こう言いました。

      「あなたは無罪を主張しているが、本当はやっているね。正直にそれを話してくれたならば、私は減刑を求めて闘うが、そうでなければ、私は闘えない。他の弁護士を当たってほしい」

     おそらくこの対応にも、弁護士によっては異論もあるように思います。ただ、かつて弁護士の口から、「弁護士の仕事はふさわしい量刑以上に減刑を求めるものでも、まして黒を白にするものでもない」といったことを今よりも自戒の言葉として聞いたような印象があります。そして、少なくとも社会的には、この弁護士のスタンスは、前記使命との関係では非常に分かりやすいものでした。

     そう考えれば、今回のケースで肝心なことは、この経営者側弁護士が、本当にこのビデオを決定的証拠での無罪を確信していたのかどうか、そして、もし、そうした証拠ではないと法律家として確信した場合に、仮にそれでも無罪という被告人を説得したり、あるいは前記した人権派弁護士のようなスタンスをとるタイプの弁護士だったのか、にあるように思えます。しかし、もちろん、それらも私たちには、容易には分からないことです。

     少なくとも、弁護士側には今、二つの極めて困難なテーマが突き付けられているように思います。それは、一つには、今回のような事態によって、社会に発せられることになる「警戒情報」によって、弁護士全体のイメージや信頼が破綻していくのに対し、社会にとっての本来の弁護士のあり方をどういうものとして発信していくのか。そして、もう一つは、刑事弁護に限らず、「警戒情報」によっても、本当は「判断できない」市民の現実的な状況は、自己責任で片付けられるのか、ということです。


    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ


    レカロシートのオフィスチェア


    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    コメントの投稿

    非公開コメント

    No title

    こんな弁護士を、犯罪の成立要件とやらを細かく分解して見せて、「別に悪くないんじゃないか、一方的に批判するのはオカシイ」などと弁護できる神経が理解不能。
    結局、いずれ自分がこんなケースに出くわして、顧客から同じような対応をするように迫られた時のことを想定して、
    こんな同輩を無意識に守ることで自分への予防線も張って置きたくなる職業病の一種だな。
    今現在は知財や渉外、企業顧問で潤沢な資金に恵まれている雲の上の有資格者が、国選や扶助制度の歪さを見て見ぬふりをしている神経と同じもの。
    「今の自分は安泰だけど、いつ何時大きなミスをしでかして、大口法人顧客を怒らせ、挙句事務所を放り出されるかどうかは分からない。
    勿論事務所が加入している弁護士賠償保険のおかげで、一生掛けても返済できない巨額の損害賠償を独りで被ることはないだろうけど、
    この都市部に居れなくなったら、いっそ故郷に帰って大人しくマチベンでもやろう。その時に食い繋ぐためには、国選や扶助の仕事が十分にあって、
    テラスの事務職員が都会帰りのアカ抜けた自分にすり寄って来てくれれば、仕事もやり易そうだな・・・」みたいな、
    下劣極まりない発想が根底にあるんだろうな。
    現にそうして「引退」して、地元の役員やって余生を送っているのが結構いるしな。

    数日前の新聞記事にて、女性側代理人が起訴前に弁護人から件の示談申し入れを受けたと取材に対して回答している旨、報道されているため、この報道事実が仮に真であることを前提にコメントしました。
    私の弁護経験を踏まえて、本件について個人的に疑問に感じたことを書いたつもりでしたが、批判的な表現に取られたのであれば、ご容赦下さい。
    事実を確認せずに一方的に批判することは厳に慎むべきであることについて、私も同意見です。

    No title

    >和姦を推認するに十分な証拠価値のあるビデオならば、むしろ起訴前段階で検察に提出して、起訴自体を争うべきと思います。

    ご指摘の通りだと考えます。
    しかし、当該弁護人は、公訴提起後に受任したのかもしれません。

    当方の主張は、「事実関係が分からないのに、軽薄な弁護人批判は止めた方が良いと思います」ということだけです。

    ご同意いただけると信じております。

    本件ビデオが女性の同意に基づいて撮影され、男性が保持していたならば話は別ですが、そうでなければ(女性の同意がない隠し撮りならば)、性的行為の現場録画の存在を告知され、その公表可能性を示唆されれば、畏怖を感じてもおかしくないように思います。
    このような状況で仮に告訴を取り下げについて示談に至っても、検察官による取り下げ意思の確認で交渉経緯が発覚することは十分に考えられることですから、交渉過程でビデオについて持ち出すのは、弁護活動としてかなりリスキーに感じました。
    告訴取り下げが起訴回避のための有効な弁護活動であるのはその通りですが、和姦を推認するに十分な証拠価値のあるビデオならば、むしろ起訴前段階で検察に提出して、起訴自体を争うべきと思います。

    No title

    本件は否認事件です。姦淫行為についての、同意の有無に争いがあるのかもしれません。

    仮にビデオの内容が、合意のうえでの行為と見る余地が十分ある場合は、予め「被害者」に警告し、選択の機会を与えた弁護人の行為は、必ずしもおかしくないはずです。

    少なくとも、事実関係が分からないのに、本件弁護人を一方的に批判するがごとき言動は、慎むべきではないでしょうか。

    No title

     谷口渉という弁護士だそうですよ。

    No title

    > 「あなたは無罪を主張しているが、本当はやっているね。正直にそれを話してくれたならば、私は減刑を求めて闘うが、そうでなければ、私は闘えない。他の弁護士を当たってほしい」


    10年以上前から、弁護士およびその卵たちは、
    「『被告人(被疑者)に対して自白を強要した』として、被告人(被疑者)から懲戒請求されうるし、実際に懲戒処分の対象となりうる。絶対に言うな、特に当番・国選では。」
    と、叩き込まれています。

    大昔は、柔軟性と人間性をもって刑事弁護ができたのでしょう。しかし、一昔以上前から、懲戒請求対策が最優先課題です。

    (年齢を除いて)吉田先生同様の理由で、私も平成18年を最後に刑事弁護の受任を卒業しました。ただし、更生保護活動を行っています。

    No title

    これはもう犯罪被害者側にも自動的に国選で弁護士を付けるようにしないとならないな!

    No title

    私は9年前に刑事弁護を引退しました。

    その理由は、ひとつには法テラスという違憲の機関を介さなければ国選弁護を受任できないという状況が作られたことであり、もうひとつには、刑事訴訟に関するさまざまな変化で、刑事弁護はもう私の手に負える仕事ではなくなったことであり、更にもうひとつには、還暦の節目だったからです。私のような弁護士は、刑事弁護から駆逐されたと思っています。

    幸か不幸か、刑事弁護をやりたいという弁護士は、わんさか増えて、当番弁護士も国選弁護も志願者があふれているということですから、別に問題はないわけで、いろんな弁護士が思い思いに弁護すればいいだけのことです。司法制度改革の成果です。

    起訴前弁護の内容として、告訴の取り下げの交渉をするということは、あり得ることです。依頼者の無罪を確信しているなら、慰謝料ゼロで無条件に告訴取下げを要求するのも当然です。場合によっては虚偽告訴罪で逆告訴することも考えられるのですから。

    しかし、ビデオのことを話すというのは、私には考えられません。そのようなことは本能的に避けます。弁護士は、いつ、どんなことで足下をすくわれるか分からない状況に置かれています。特に刑事事件では弁護人は罪証隠滅の疑いをかけられやすい立場です。証拠物も極力自分では動かさないように気をつけてきました。ただ、いわゆるヤメ検・ヤメ判の弁護士の中には、少し違う意識の人もいるようです。

    弁護士の立場の弱さについては、先輩弁護士の経験の継承が必要だと思います。それを無視した司法制度改革の延長線上には、弁護士の地位の低下、弁護士自治の喪失だけでなく、司法制度の崩壊があると思いますが、日弁連執行部は進路を変更する気はなさそうです。

    No title

    示談金がそれなりの額提示されているならともかく、「示談金ゼロ」でその交渉は弁護士以前の人としての品位の問題。
    被害者にとっては、強姦(未遂も含む)を匿名であっても世間に公開するのは非常に精神的に負担がかかる。当然、裁判になればそういった証拠開示においては細心の注意を払われる(黒塗り・音声のみetc)ことになるとは思うが…普通の人ならそんな裁判上の知識なんぞ知らないだろうし、仮に配慮したところで精神的負担を軽くするのは無理だろう。

    …その被告人側弁護人についての情報が一切遮断されているのが解せない。所属弁護士会はその権限を持って懲戒にかけるなどはしてほしい(弁護士会ができるのか疑問だが)。こういったたとえギリセーフの交渉だとしても、ここまでは大丈夫という前例ができてしまったら、今度はそれが標準になってしまうからだ。
    この被告人側弁護士が仮にベテランなら、今まで一体弁護士としてどういう活動をしてきたのか疑問(事件が事件なので、国選であれば新人にさせるとは思えないが)。新人であれば弁護士としての教育は(ロー卒であれ予備試験であれ)全く意味のないことであるということになろう。
    この弁護士のやり方が特殊なのか、それとも今までもこのような弁護は当然とされてきたのが突然今回浮上してきただけなのか、一般市民はそこを知りたい。
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR