不思議な「弁護士1人あたり」統計の扱い

     よく目にする特定の職業や資格者1人あたりの国民数、いわゆる負担人口というとらえ方の最も危険なところは、ある意味「分かりやすさ」にあるのではないか、と常々思ってきました。端的に言えば、ある「状況」を伝えやすく、連想させやすいこの数値が、その意味や妥当性についての判断を停止させかねないところです。

     職業間、諸外国間の比較で用いられるこの手法ですが、いくらその職業・資格が、国民全体を相手にしていたとしても、その結果だけから比較において当不当をいうことはできないはずです。その最大の理由は、国民(あるいは社会)側の選択にあります。職業によって、国よって、国民側がそれを選択する意図も違えば、その国民がいる社会によって、その位置付けが違うからです。

     そこを踏まえたうえであれば、この数値はひとつの参考にはなるかもしれません。ただ、この数値によって示された彼我の差が歴然としていればいるほど、どうもその前提に対する深い考察抜きに、いかにも不当、あるいはいかにも正当、という形で伝わりかねない。そんな危ういものを、この統計の扱いにしばしば感じるのです。

     今回の「改革」の法曹人口をめぐる議論を見てきた方にも、こうしたとらえ方の統計数値は、相当になじみのあるものになっていると思います。そもそも法曹人口増員政策の出発点でいわれたのが、こうした比較の仕方を基にした、諸外国に比べ、著しく「不当」な日本の法曹の数の少なさの、分かりやすい強調でした。

     とても印象的なシーンがあります。2000年8月7日に行われた司法制度改革審議会集中審議第1日目。委員の中からも、急激な法曹人口増員には、そのマーケットや質の検証が必要といった慎重論が出されるなかで放たれた中坊公平委員の言葉です。

     「私は弁護士改革に関する審議において、5万人か6万人というフランス並みのことを考えなけれはいけないのではないかということを提案したわけです」
     「私に言わせれば、まさに論点整理で決めましたように、法が社会の血肉と化し、そして国民みんなが統治客体意識から主体意識に変わってくる。そのためには、まずもって法曹が『社会生活上の医師』にならなければいけない。そういうふうに医師だということで考えますと、少なくとも今の1万7000人の弁護士では、人口で割りますと、約7000人に1人の割合でしか弁護士はいない。7,000人に1人で本当に社会の血肉化と化したり、医師となれるか。お医者さんは15万人か何かいらっしゃるんですね」
     「警察でも550人に1人で、それを外国並みの500人に1人と言っている世の中に、弁護士が7000人に1人だというのは、やはり絶対的な数字が大きくそれを物語っておると、私はそのように思うんです。仮にこれが5万人としても、今度は2400人に1人なんです」
     
     「フランス」や「医師」や「警察」が引き合いに出され、その国民数との比較において、強調された日本の弁護士の少なさ。翌年出された同審議会最終意見書は、はっきりとこの中坊委員のとらえ方を下敷きに、同比較において先進国で最小を示した「フランス並み」を目標に、2010年ころ司法試験合格年3000人、2018年ころ実働法曹人工5万人の方針を出します。ご丁寧に1997時点で、日本が法曹1人当たりの国民の数は約6300人、アメリカ同約290人、イギリス同約710人、ドイツ同約740人、フランス同約1640人、年間の新規法曹資格取得者数について、当時日本の約1000人に対し、アメリカが約5万7000人(1996-1997)、イギリス約4900人(バリスタ1996-1997、ソリシタ1998)、ドイツが約9800人(1998)、フランスが約2400人(1997)といった、まさに日本の「いかも少ない」が強調されてもいます。

     しかし、今にしてみれば不思議なくらい、こうした比較の仕方のおかしさ、危うさが、当時取り上げられていません。あえていうのもおかしな気持ちになりますが、医師と警察の社会的存在価値、意味、国民との関係性の違い、同様に各国の国民にとっての位置付けや、制度設立の歴史的経緯を越えて、こうした比較をすることが適切なのか、そもそも成り立つ話なのか、という疑問です。

     前者についていえば、百歩譲って、表現として妥当かどうか別にして、理念的に「社会生活上の医師」(あくまで国民との距離感のイメージ化)と括られたとしても、それを前記根本的な違いを抜きに、制度的、あるいは需要から見た市場の大きさの違いといった問題がすぐに露呈してしまう数を引き合いに出すことに、抵抗がなかったようにみえることの不思議さです。

     また、後者について、それこそ「弁護士は世界各国で共通の役割と、国民との関係性を持つはず、あるいは持つべき」というような普遍的な価値への思い込みに、なにやら引きずられているのではないか、という気持ちにすらなります。

     日弁連発行の最新の「弁護士白書」2014年版でも、この弁護士1当たりの国民数での国際比較の統計結果が紹介されています。2007年から2014年の7年間、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスがほぼ横ばいなのに対して、この間、約1万2000人の弁護士人口を増やしたわが国にあっては、1人当たりの国民数は、5527人から3632人になりました。ただ、同白書は、「参考」として、もう一つ、「弁護士1人あたりの国民数」データを載せています。何が違うかといえば、その「弁護士」については日本について、いわゆる「隣接士業」(弁理士、税理士、司法書士、行政書士)を加えて計算し直しているのです。

     「弁護士」概念が、そもそも資格の役割分担において、各国違うことは、つとにこうした国際比較のおかしさ、というよりも、日本の弁護士の「いかにも少ない」論の根拠としてのおかしさとして指摘されてきました。しかし、これまた不思議なことに、司法「改革」路線の根本的な見誤りとして、再検証されたというわけでもありません。

     「白書」のこのもう一つの結果によれば、2014年現在、日本はフランスの1人当たり1128人に対して、688人(2007年810人)。国民数比較で弁護士の数が多い順にアメリカ、イギリス、ドイツ、日本、フランスという順番は、7年間変わらず、日本を含む前記4ヵ国の数値の近さに比べ、フランスだけが依然高い数値のように見ることもできます。

     もちろん、この日本での数値変化に、国民が弁護士との距離感の変化をどこまで感じとれているかを考えただけでも、この方法の意味を問い直すことはできるかもしれません。あるいは情報を通じて「弁護士があぶれている(らしい)」ということを、国民は認識し始めているかもしれませんが。

     少なくとも、この隣接を含む比較データが、当初から前面に示されていただけで、「いかにも少ない論」は、相当、違うものとして受けとめられていたのではないか、ということも推察してしまいます。ただ、そのこともさることながら、社会・国民の選択(需要)としても「3000人」構想が失敗した現実を既に知っている今、なぜ、こんな危なっかしい比較統計を繰り出してまで、「改革」が進められなければならなかったのか、その推進者の本当の意図を改めて問いたくなるのです。


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    No title

    一家に一人、ホームロイヤーが理想的なんじゃないでしょうか。
    いや相続の時に利益相反になるので、1人に1人、弁護士がそれこそゆりかごから墓場まであなたの人生、守ります!…

    よう、クボリン元気?

    No title

    従前、弁護士の活動範囲を広げられると期待される領域として、市民のために働く弁護士の増加、たとえば住民による環境保全運動が挙げられました。

    「弁護士を増やせば、受任する弁護士が増えるだろう」
    という予測です。

    ところが、そもそも住民や環境を保護するための法律が、整っていない。何かと行政・大企業寄りの判断を繰り返す裁判所が、信用されていない。弁護士を増やせば何とかなるというのは、きわめて安直でした。

    裁判事件が急激に減少し、ADRが積極的に活用されているわけでもないというのは、裁判等を紛争解決手段とすることを国民があきらめた兆俵の可能性もあり、行政や経済界にとってはそれはそれでそれでよいかもしれないし、力こそ正義が横行する世の中になりつつあるのかもしれません。強者に有利な社会システムは、社会不安の温床ともなるので、個人的には危惧しています。

    長文失礼いたしました。

    朝日新聞デジタル
    江戸からの奇跡の森 開発で伐採 なぜ守れなかった
    「大田区の高級住宅地にあった自然林が昨年末、マンション開発のため伐採された。江戸時代からほぼ手つかずの「奇跡の森」を残そうと、住民が立ち上がり、区も買収をめざしたが実らなかった。なぜ守れなかったのか。」

    http://www.asahi.com/articles/ASH195S0TH19UTIL02L.html?iref=comtop_rnavi_arank_nr01

    妄想

    一家に一人、ホームロイヤーが理想的なんじゃないでしょうか。
    いや相続の時に利益相反になるので、1人に1人、弁護士がそれこそゆりかごから墓場まであなたの人生、守ります!…
    なんていったって、税理士、司法書士、弁理士etc全ての上位互換が弁護士なんですから!人生の節目に必ずあなたを守ります!

    No title

    人口1万人あたりにつき弁護士1人

    No title

     結局何人が適性だとお考えなんでしょうか。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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