増員「需要顕在化」論と「開拓論」継続の意味

     弁護士の供給、つまりは増員政策よって、その需要が顕在化するというとらえ方は、現実的に成り立たないことが既に実証された――。現在の弁護士界内外の世論状況をみると、これまでの「改革」に対して、大まかにこうした認識に立つか立たないか、あるいはその濃淡で、立場が分かれていることが分かります。

     繰り返すまでもありませんが、前記顕在化論のとらえ方は、「二割司法」という表現で「改革」路線が連想させた、現在の法曹の膨大な潜在需要の「鉱脈」に対して、「鉱夫」たる法曹の数もまた膨大に必要というとらえ方で、その数があれば必ずや鉱脈にぶち当たる、需要は顕在化する、というものです。こうした考え方は、推進派大マスコミのなかにも、実は根強くあり、現に弁護士会の増員抑制的な姿勢に対して、「開拓要員を減らしてどうする」といった批判的な論調も聞かれました(「日弁連『法曹人口政策提言』への反応」)。

     しかし、日本の弁護士の数は急増が始まった2000年からの14年間で、ほぼ倍化しています(2000年3月末17126人→2014年同35045人)。前記とらえ方が正しいならば、現在の弁護士の経済的な状況からみて、およそ弁護士の需要はもっと顕在化していなければおかしい、という見方はできます。それは、否定論者からすれば、そもそも鉱夫(供給)を増やしただけでぶち当たる鉱脈(需要)が、この国に存在しないことの実証ということにもなります。

     問題は、一見明らかなこの事実に対して、なぜ、それでも前記「開拓論」と結び付けた増員必要論がいわれているのか、です。ここにはむしろ利用者にとって、気になる発想がいくつか見えてきます。

     ひとつには、すべては「開拓者」たる弁護士側に責任がある、というとらえ方があります。つまりは、弁護士側の開拓能力や意識の不足が、生まれるべき需要を掘り起こし切れていないという見方です。いまだに推進論者からいわれる法廷偏重批判や、ミスマッチ論は、旧態依然とした体質から弁護士が抜け出せていないことに、その原因を求めるものです。大マスコミが時々流すような生き残りをかけて工夫する若手弁護士の姿も、国際化に対応した弁護士が必要とする声も、こうした描き方の一部に組み込まれます。

     しかし、前記したこの14年間の現実をこうした形で括りきれるのかどうか。もちろん、企業内弁護士が増加しているとか、行政のなかで専門的なリーガルアドバイスが求められているとか、交通・遺言・離婚・中小企業といった分野で可能性がある、といったとらえ方で弁護士が活動したとしても、それがこれまでと、これからも続く増員政策の必要性をどこまで裏打ちするものなのか、最初に増員ありきでなければ、生み出されていかない、という発想に立たなければいけないものなのか。そこが今、ひとつはっきりしません。

     そもそも「二割司法」論時代から、需要潜在化を大前提に、その最大の問題は弁護士にあるとされたようにとれます。それは、一つは数であり、一つは生態・意識。要は、数を増やすことによって、弁護士の意識を変え、その生態を変えるという「追いつめ」式の発想があり、それを「改革」を主導するとした弁護士・会自身が自省的に受けとめた経緯があります。

     その流れが、この14年を経てもまだ続いている、とみることができます。司法試験合格年3000人方針の「奪還」と、ロースクール死守を掲げる方々からは、もっと激増させていればうまくいったんだ、という声も聞かれます(「『大鉱脈』論失敗という経験の活かされ方」)。弁護士会主導層から聞こえてくる「まだまだ(需要はある)」論や、前記ミスマッチ論にしても、会員向けのトーンはともかく、外からみれば、この「改革」の結果を前にしても、弁護士責任論の自省的スタンスを基本的に維持しているようにとらえられても不思議ではありません。

     そして、このことにも関連しますが、もっとも私たちが気にすべきことは、前記増員ありきの「開拓論」が、増やしてしまった「開拓者」の生存も、動向も、そして私たち社会への影響も度外視していることです。有り体にいえば、あてにした鉱脈が見つからないまま、鉱夫が増え続け、彼らの生存が危ぶまれようとも、彼らが生き残りをかけて、社会のそこらじゅうを堀り漁っても、そのこと自体は全く眼中にない。競争・淘汰の必要性をいう論調からすれば、むしろ、社会に利をもたらす良質化の過程ということで片付けられます。

     しかも、「開拓」といっても、実はそこにある「必要」に弁護士がこたえるという単純な見方では括りきれず、それは利用者にとって見分けがつかない形で、意図的に「必要」が作られることだってあり得えます。あるいは一般のサービスや商品の提供ではそれが許されたとしても、果たして弁護士という仕事にあって、それは単純に許される話なのか。「事件創出」と言われるようなものが、すべて利用者のためになってくれるのか、残念ながら、生き残りがかかる彼らにあって、その保証はありません(「弁護士激増と需要『掘り起こし』の危うさ」)。数によっても顕在化しない理由が、本当にすべて彼らの努力と工夫不足であるならともかく、もし、そうでなかった場合、より危険性は高まるということもいわなければなりません。

     さすがに強制加入団体である弁護士会の主導層は、増えた会員に向かって「あとは野となれ」的な立場はとれません。若手の支援、前記したような可能性や、「どんなことでもお気楽に」的な一般への弁護士業周知など、さまざまな働きかけをしていることも指摘されると思います。ただ、一方で、前記自省論とともに、「開拓論」につながる増員基調の、「改革」の基本的なスタンスを崩していないこととの対比では、やはり有償無償のニーズの見積もり方、存立への制度的な保障を含めて、これからも増やしてしまう「開拓者」の負の影響に、どこまで意を配っているのか、という感は持ってしまいます。

     鉱脈は必ずある。それが見つかれば、すべての正しさが証明される――。この「改革」をめぐり、これからもそうしたことが言われ続けるのであれば、私たちは同時に、そのプロセスに何が犠牲になるのかを問わなければなりません。


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    当番弁護なんてやめたらいいのではないですか?
    どうして弁護士の負担でそんなことしなくちゃいけないのか全然理解できません。
    市民はそんなもん望んでませんよ。当 当番や国選のために弁護士の私選のマーケットが減らされており、迷惑です。
    やってやってるんだからという意識が透けて見えるのも良くない。きちんと対価をとって不満なく仕事した方がおたがい幸せですし、感謝されますよ。
    当番で派遣される弁護士にとっても、時間の無駄。そんなことをしている暇があるのなら、顧問先とゴルフに行くとか、金になる案件に向けた勉強をするなり対価を払ってくれている依頼者のために力を注ぐほうが、ずっと生産的です。
    依頼者への連絡も密にしないで公益活動だとか当番で人権保障だとか、社会人・ビジネスマンとしてどうかと思いますよ。

    No title

    そこらへんの弁護士より黒猫先生のほうがよくわかってらっしゃるじゃないか。

    しかし
    >民事・家事事件の当番弁護士,空港当番弁護士などを作る弁護士会
    >当番弁護士以外にも,B型肝炎訴訟の広告を出している法律事務所,マスコミを使って専門家と称している弁護士
    後は「司法ウォッチ」の連載にあった、異種業交流会、ロータリークラブ、商工会などに参加しての営業…。
    鉱脈はこれで掘りつくされることになるんじゃないか。
    それにしてももう世もま…末ってやつだね。
    いっそのこと当番弁護士はやめてしまったら?
    営業活動だ!とか俺らが人権活動(笑)しないと困るだろ、ん?なんて態度でされても一般市民は有りがたくもなんともない。

    No title

    >直接被疑者本人に会い、その後家族に連絡できる当番弁護士。
    >これがマーケティング的に見て、
    >どれほど有利な立場にいるのか理解できない弁護士は、およそ問題外です。
    当番弁護士で接見しても、私選で依頼できる資力がある人は
    せいぜい数パーセントぐらいしかいませんよ。
    そのような実態も知らずに
    現実とかけ離れた発言をされても、およそ問題外です。

    >一般市民は、弁護士先生よりも余程、人を見る目がありますよ。
    根拠は?立証して下さい。
    人を見る目があるなら、悪い弁護士に横領されたりしないはずですがね。
    人を見る目が無い一般市民がたくさんいるから、
    自分が依頼した弁護士に懲戒請求する一般市民がいるのでは?
    だいたいちょっと見ただけで人のことなんて分かりませんよ。

    No title

    >「無理やり」受任する必要など全くありません。貴方が信頼できる弁護士なら、喜んで委任してくれますよ。
    いやいや、私選を依頼できる人は経済的に限られてますよ。弁護士の信頼性はその先の話でしょう。
    マーケティングで有利だって言うなら、他の弁護士にぜんぶ任せたいくらいです。

    No title

    弁護士職務基本規程には,国選弁護人に選任された事件について自らを私選弁護人に選任するよう働きかけてはならないという規定はありますが,当番弁護士が自らを私選弁護人に選任するよう働きかけることは禁止されていません。
    また,今の刑事訴訟法は私選前置主義が採られていますから,当番弁護士が自らを国選弁護人ではなく私選弁護人に選任するよう働きかけることは,よほど不当な手段を採らない限り刑事訴訟法の趣旨に反することもなく,全くの合法です。
    最近は,民事・家事事件の当番弁護士,空港当番弁護士などを作る弁護士会も現れていますが,いまや当番弁護士は人権擁護のためのボランティアではなく,人権擁護に名を借りたマーケティングの手段としての性格が強くなっている感があります。その現実を受け容れられない弁護士は,もはや退場していくしかないのでしょうね。
    当番弁護士以外にも,B型肝炎訴訟の広告を出している法律事務所,マスコミを使って専門家と称している弁護士など,もはや何でもありの業界になっているような気がします。

    No title

    >残念ながら、金持ちの被疑者ってのは大抵そのツテに弁護士がいて、私選弁護人がつく流れになる。

    いまだにこんな世間知らずの弁護士がいるのかと、愕然としました。こういう人だから、国家権力へおねだりすることしかできないんでしょう。

    ここ数年、弁護士による刑事弁護のHPが、激しい競争を繰り広げていることを知らないんですか? ある程度のお金はあるが、 弁護士に知り合いはいない。そんな人たちを、「ターゲット」にしているわけです。

    直接被疑者本人に会い、その後家族に連絡できる当番弁護士。これがマーケティング的に見て、どれほど有利な立場にいるのか理解できない弁護士は、およそ問題外です。

    「無理やり」受任する必要など全くありません。貴方が信頼できる弁護士なら、喜んで委任してくれますよ。

    No title

    >当番弁護もそこで金持ちの被疑者から私選弁護を受任すれば金になるよ。

    残念ながら、金持ちの被疑者ってのは大抵そのツテに弁護士がいて、私選弁護人がつく流れになる。
    それに無理やり私選弁護に誘導するのは禁止されてなかったか?

    つうか何でアンビュランスチェイサー=当番弁護士の話しか出てこないんだよ。
    もっと他に可能性はないのかよ。

    No title

    >救急車を追っかけるだけで金になるわけないでしょ。

    本当にそうですよね。信頼できる弁護士だと思って貰えて、初めて受任出来ます。

    こんな簡単なことも理解できない弁護士達からは、市民に対する侮蔑を感じます。こんな感じですね。

    「馬鹿な庶民は、お金が欲しいだけのハイエナ弁護士に騙されるんだ! 僕が受任できないのは、良心的な、良い弁護士だからなんですう」

    一般市民は、弁護士先生よりも余程、人を見る目がありますよ。それを理解できた弁護士は、国家権力におねだりしないでも、「自立」出来るんです。

    救急車を追っかけるだけで金になるわけないでしょ。救急車を追っかけて事件を受任するから金になるんだよ。
    当番弁護もそこで金持ちの被疑者から私選弁護を受任すれば金になるよ。

    No title

    私がアンビュランス・チェイサー(救急車追いかけ屋)という言葉を初めて知ったのは、私が高校生の時、英語の副読本でです。50年位前のことです。

    アメリカでは弁護士がこんなことをしているのかと、強く印象に残りました。

    それは弱者救済の制度ではなく、仕事のない弁護士が救急車を追いかけてまで報酬を稼ごうとするのを、まるでハイエナのような弁護士だと軽蔑して名付けられた言葉です。

    誰が胸を張って、これを人権擁護だと言うでしょうか。

    当番弁護士は、逮捕・勾留された被疑者の要望で弁護士が接見に駆けつけられるよう、弁護士会が作った制度です。接見した弁護士に日当が出ますが、それは弁護士から徴収した会費で支払われるので、弁護士の間でお金が移動するだけです。被疑者がお金持ちでも、報酬を支払う必要がなく、無料です。弁護士全体としては収入にならず、ばかばかしい制度だと思います。

    無料ですから、当番弁護士の仕事が増えるほど、弁護士会費の負担が増えるので、道楽のようなものです。

    No title

    現状、アンビュランスチェイサーのような事件あさりは、各州弁護士会の弁護士倫理規定により禁止されています。MPREでも頻出の基本的論点です。

    有名な判例は、 Bar v. Went For It, Inc., 515 U.S. 618 (1995)。事故や自然災害から30日後まで、被害者に対する個別勧誘を禁止するフロリダ州弁護士会の倫理規定の合憲性が争われたものです。連邦最高裁は、この規定を、弁護士の商業的フリースピーチ(first amendmentにより保護される)を侵害するものではない、として、合憲と判断しました。

    ご参考まで。

    No title

    おいおい。

    アンビュランス・チェイサーと言われているのは、交通戦争ににおける弱い被害者の立場を守るための制度だろ。さすがにこれだけはアメリカン・ローヤーが胸を張れる「人権擁護」だと断言するぜ。

    これだけだけどな!

    No title

    おいおい
    >「司法改革」以前に、「当番弁護」というアンビュランス・チェイサーが発明されていたのをご存じないのでしょうか?

    当番弁護は刑事事件における弱い被疑者の立場を守るための制度だろ。さすがにこれだけは弁護士が胸を張れる「人権擁護」だと断言するぜ。
    これだけだけどな!

    No title

    >まだ出てきてないので、まだ大丈夫と思われているんでしょう。

    「司法改革」以前に、「当番弁護」というアンビュランス・チェイサーが発明されていたのをご存じないのでしょうか?

    「人権擁護」という「錦の御旗」を掲げているところが、上手いというか、悪質というか。。。

    No title

    もうアンビュランス・チェイサーが本格的に出てくるまで
    判断がつかないんじゃないでしょうかね…。

    まだ出てきてないので、まだ大丈夫と思われているんでしょう。
    (救急車はないにしても、病院で営業、市役所で(生活保護関係の進出)営業、老人ホームで(後見関係)営業、銀行で(遺産など)営業は程度によるがイケル気が)
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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