伝えられていない「弁護士選び」の困難さ

     およそこれまで司法とのかかわりがなく、それこそ降って湧いたようなトラブルに巻き込まれた市民にとって、弁護士を選ぶこと、あるいは本当に自分たちの力になってくれる弁護士にたどり着くことが、いかに困難で、労力のかかることなのか。そのことについての認識は、現在においても本当の意味で社会が共有するところとなっていないように思います。

     それは、いうまでもなく、そういう立場に立たされ、実際に体験することになって、初めて本当の大変さが分かる事柄にそれが属しているからです。かつて弁護士の経歴を掲載した出版に携わってきたときから、現在に至っても、そうした市民の戸惑いの声を聞きます。もちろん、イメージとして弁護士も裁判も縁遠かった市民からすれば、それが簡単なこととも思っていなかったでしょう。ただ異口同音に「これほどまでとは思わなかった」という感想を聞くことになっているのです。

     「司法ウオッチ」で、介護ヘルパーによる窃盗事件の被害者家族として、刑事裁判と、「本人訴訟」による民事裁判に臨んだ市民の体験記「本人訴訟への道」の連載を続けています。これは、まさに司法とかかわりがなかった家族が、苦しみながら、最終的に本人訴訟を決断する記録ですが、そこに描かれ続けるのは、弁護士にたどり着く困難さと同時に、市民を大きく落胆させる弁護士たちの姿です。

     この家族は、その都度、やっとのことで弁護士にたどり着いたことを喜び、その弁護士に頼り、そして落胆します。もちろん、弁護士側にも言い分はあるでしょう。ただ、それこそ体験のない、素人である利用者市民には、弁護士の言動を理解できず、不信感を募らせていきます。

     専門的なことはもちろん、分からない。それゆえに、首を傾げたくなるような弁護士の対応でも、多くの市民はまず、素人である自分を疑います。「これがこの世界の常識なのかもしれない」「弁護士の先生がいうのならば従った方がいいのでは」。もちろん、この家族もそうでしたが、こと裁判ということにあたり、弁護士にたどり着けない、あるいは見離されるということの孤独感、危機感には相当なものがあります。それが、余計「従う」という方向に強く作用する面もみられます。

     当時から、この家族の苦悩をずっと身近で見てきました。彼らの場合は、弁護士に対する失望から、ついに本人訴訟を決断します。それは、同時に、もうこれ以上、こんなことは続けられないという弁護士選びに対する失望、と置き換えてもよいものでした。

     「身近で利用しやすい司法」「弁護士の敷居を低く」。さんざんこうしたことがいわれた、この「改革」で弁護士選びが楽になった、という話が聞こえてきません。それは、いってみれば当然のことです。この「改革」は、量産した弁護士から選ぶ結果を、より依頼者市民の自己責任に転嫁するものととれるからです。質の確保といいながらも、実際は社会に放出された弁護士の質は、競争と淘汰に委ねるという考え方があります。しかし、それを支えるのは、利用者の選択です。現実的に淘汰させるような選択が確保されて、初めてそれが成り立つ話です。

     現実はどうか。少なくとも前記家族のような、司法にかかわりがない市民の現実からすれば、淘汰はできずに自己責任だけが回って来る。自由競争によって、本当は不適切である弁護士を排除できず、かつ不利益だけを市民が被るということを意味します。

     こうした素人市民にとって、仮になかには不適切なものが混在していたとしても、ほとんどのものは一定のレベルが確保されている、という「資格」の保証が、本来は一番ありがたい、むしろ最低限の安心であることはいうまでもありません。むしろ、そうでなければ、何のために「資格」があるのか、少なくとも彼らにとっては分かりません。取りあえず放出、あとは競争・淘汰という発想がいわれる、この「改革」が、そこをどこまで念頭に置いているのか、という気持ちになります。

     この問題では、もう一つ、気になることがあります。それは弁護士・会側からのアピールの問題です。「小さなことでも」「気楽にご利用を」を呼び掛ける弁護士・会は、この現実的な弁護士選びの困難さを発信しません。もちろん、そこを彼らが課題として受けとめていない、とはいえませんが、彼らのアピールは、その現実の困難さに対して、一面とても甘い見通しを生む危険性をはらんでいるようにみえます。

     これらのアピールは、ある意味、利用者側が誤解や意識を変えて、法律事務所の門をたたけば、その先には道が広がっているようなイメージです。でも、そこに弁護士がいて、アクセスができても、前記したように気楽や、安心がそこにまっているわけではありません。逆に、何が弁護士に持ち込んでいい「小さなこと」かが分からない市民は、このアピールからすれば、「とりあえず何でも」という理解をするかもしれません。ただ、現実問題としては、それでは困るという弁護士の声も聞こえてきます。いろいろな見方をする弁護士がいて、あくまですべてをビジネスチャンスとする方もいますが、とても弁護士の出番でないことまで、持ちこまれ、それを説明して時間が浪費されていくことを避けたい、避けざるを得ないと考える弁護士は少なくありません。弁護士も、市民も戸惑う恐れがある、というべきです。

     こうしたテーマになると、必ずあくまで自由競争と利用者市民の自己責任を前提に、それを成り立たせるような情報公開がいわれます。適切な弁護士に関する情報公開があれば、市民の適切な選択が確保される、と。しかし、弁護士に関する情報公開が必要だとしても、それで素人市民が安心して弁護士を選び、たどり着ける道筋が、現実的にみえる状況ではありません。弁護士と市民の情報の非対称性がそんなに簡単に是正されないこと、専門性の一定の保証のある公開や個々の具体的案件にかかわる専門性の開示方法など具体的な手段の確保が困難であること、そしてさらに付け加えれば、事件化も含め、かつてよりもより弁護士主導の採算性追及に市民が巻き込まれる可能性が高くなっている状況――。

     できるだけ利用のハードルを下げて、市民を招き入れたいという発想からすれば、「弁護士選びも、最適な弁護士にたどりつくことも、実はこんなに大変です」「気楽といっても、おカネだってかかることを覚悟して下さい」「必ずしもベストな弁護士にはたどりつけないかもしれません」「いろいろな弁護士がいて、いうことが全く違うかもしれません」「カネ取り主義から事件化しようとする弁護士もいるかもしれませんのでそのつもりで」「おカネのことは相当用心して下さい」「専門を銘打っていたとしても、客観的な保証は、どこにもありません」「とりあえず必ず複数の弁護士に当たってみて下さい」、そして「あるいは弁護士でなくても解決できるかもしれません」なんてことは言いたくない、言いにくいというのは、一応理解できます(もちろん、公言されている弁護士もいますが)。

     ただ、あえていえば、前記家族のような市民にとって、迫られているのは実害の回避を含めた現実への対応であり、「あるべき論」「あるはず論」から導かれた弁護士の姿でも、「改革」でもありません。


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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    No title

    >それでも
    >昔のようにどこに相談するかわからなかった
    >→苦労の末辿りついた弁護士がとんでもない
    弁護士が大増員される前から、弁護士会や裁判所に尋ねたら、
    弁護士会の法律相談センターを案内してくれていましたよ。

    >石を投げれば法律事務所に当たるよーな状態になったんですし
    >弁護士の事務所ブログもネット見ればわかりますし

    >過去の記事によれば
    >若い弁護士のほうが質が高いことが証明されたそうですので

    >アクセスも、選ぶのも容易になったといえますよ
    ネットで見たら依頼する前に良い弁護士が分かるのであれば、
    依頼した後に弁護士とトラブルになることなんてないはずです。

    >>大量増員の結果、そうでないことの割合が大幅に増えている
    >のかどうかっていうのも、アクセスと選択の容易さの問題とは
    >別問題
    >こっちは選ぶ側としてはどうしようもないってゆうか
    >寧ろなんでそんな弁護士がのさばってんのってゆう
    >問題になるでしょ?
    弁護士を大量増員した結果、
    よろしくない弁護士が増えて
    被害を被っている人が増えているのであれば、
    大量増員しない方が良かったのでは?

    アクセスや選択の容易さと
    弁護士の大量増員は別問題というのであれば、
    アクセスや選択が容易になったのが
    弁護士の大量増員のおかげだと主張するのは、
    おかしいと思います。

    そうすると弁護士を大量増員したことで
    何か社会はよくなったのでしょうか?

    No title

    一経営者弁護士ですが、法テラス案件は経営のことを考えると受けられません。
    特に離婚事件はほとんどの場合赤字になってしまいます。

    やっぱりそれなりのお金を出せばそれなりの弁護士が雇えますが、安くしかも有能で働いてくれる弁護士を雇いたいというのは無理な話です。

    No title

    それでも
    昔のようにどこに相談するかわからなかった→苦労の末辿りついた弁護士がとんでもない

    よりは

    石を投げれば法律事務所に当たるよーな状態になったんですし
    弁護士の事務所ブログもネット見ればわかりますし

    過去の記事によれば
    若い弁護士のほうが質が高いことが証明されたそうですので

    アクセスも、選ぶのも容易になったといえますよ
    それこそそこらのスーパーのチラシを見て選ぶが如く

    いい弁護士に当たるか
    イクナイ弁護士に当たるか
    これは自分がどの弁護士に相談するか、選んでからの問題

    >大量増員の結果、そうでないことの割合が大幅に増えている
    のかどうかっていうのも、アクセスと選択の容易さの問題とは
    別問題
    こっちは選ぶ側としてはどうしようもないってゆうか
    寧ろなんでそんな弁護士がのさばってんのってゆう
    問題になるでしょ?

    No title

    アクセスは容易になったが、
    選ぶのは容易ではない、
    ということだと思いますよ。

    広告見て適当に事務所選んで
    それでいい弁護士に当たることもあれば、
    そうでないこともある。

    大量増員の結果、
    そうでないことの割合が
    大幅に増えているのであれば、
    それは問題だと思います。

    No title

    >「身近で利用しやすい司法」「弁護士の敷居を低く」。さんざんこうしたことがいわれた、この「改革」で弁護士選びが楽になった、という話が聞こえてきません。それは、いってみれば当然のことです。

    すみませんが個人の周りの声が全てというミスリードにとれます。
    逆に私のまわりでは、テレビ・ラジオ・チラシといった弁護士の宣伝が格段に多くなり、自治体の広報誌や地域の広報誌にも弁護士事務所が宣伝されています。
    昔に比べると、ネットでいろいろな弁護士を検索することができ、法テラスで助かったという声もよくききます。私の周りでは。
    自分から「私は弁護士を使ってこんなに助かりました」ということはなかなかないでしょう。だから肯定的な意見はなかなか表面には出てこない。それは主様もおわかりなのではないですか?
    潜在的には恩恵は絶対にありまぁす!

    No title

    >そのくせ、いい加減な弁護士が実は司法改革マンセーである場合には必死に沈黙を貫こうとしますが。

    弁護士だけでなく、本当の現場の現実を知っているパラリーガル辺りも、ネットでは完全に黙秘しているのが不思議です。また、関西のある組織の非正規が裁判を起こした当時、とあるネットの掲示板で、その元同僚と思しき人間が原告をせせら笑うような書き込みをしていました。資格の有無で完全に序列化された業界の病理を感じますね。その点、河野さんは本当に稀有な存在なのでしょう。でも、いずれ何らかの形で、歪みが大きく白日の下に晒される日が来るはず。それはそれは、見苦しいでしょうね。

    No title

    いい加減な弁護士の甘言(広告)に載せられて人生を破滅させられるのも、司法改革とやらが、市場で淘汰され、良い弁護士だけ残るとほざいているプロセスには必要なのでしょう。
    そのくせ、いい加減な弁護士が実は司法改革マンセーである場合には必死に沈黙を貫こうとしますが。

    No title

    相談の入口の問題というよりは、途中での解任の難しさが問題なんじゃないですかね?

    お店で買ったものが万一腐っていたり、店員の対応が悪かった場合、その店を選んだ客の自己責任。しかし、同時にその「店」や「本部」にクレームを入れることは可能。
    弁護士の場合、着手金は戻らないわ、預けている書類を返すように直接「弁護士本人」に言わなければならないのが、客にとってはものすごい精神的負担になるでしょうな。
    弁護士からすれば、依頼者とは対等だーとか依頼者から解任されることもあるぞーとかきれいごとを言いたいところでしょうがね。現実、弁護士が持つ選民意識ってとてつもなく高いですよ。

    結局、弁護士を監督する機関がないのが問題だと思いますよ。
    (ここで、弁護士倫理があるとかいわんでくれよ)

    No title

    記事を読んだ限りですが、弁護士の対応が普通に「お断り」の態度でワロタ。一般人にはわかりにくいかもしれませんが、弁護士って絶対に自分から不利になることは言いませんからね。
    相手が言うように仕向ける、それが弁護士のやり方。

    勝筋があったり受任したい事件なら、ホイホイ乗りますよ。
    相談者のほうに「どうしますか」と振ってきたらだいたい「お断りしたい案件です」という意味だと考えて、相談者の方から見切り付けたほうがいいと思いますね。

    No title

    第49回より一部引用
    裁判官とは、早期に事件を解決する人間ほど優れている、と。ビジネスマンでいえば、トップセールスマンで、マネジメント能力が備わっているというところだろうか。しかし、このような手法で事件を解決した所で、その裁判官は市民の信頼を得られるのだろうか。早期解決のために、当事者を除外して話を進めるのが、この世界の常識ならば、それは恐ろしいことのようにも感じた。

    その通りです。そして、11月18日付の記事で、その迅速性を最大限尊重する、最高裁が音頭を取った「法曹の質」のデータを、河野さんは肯定的に取り上げていらっしゃいませんでしたか。

    弁護士が大変に苦慮するのは、一般の方の、矛盾挙動です。これは、一般論としても、個別的な案件としても、同じです。

    ある裁判官から、聞いた話です。
    「迅速裁判は、自分が勝てば迅速、負ければ拙速、なんだよね。」

    一般の方は、裁判が遅いと言っては文句を言い、裁判が早いと文句を言う。法曹としては、やり切れません。

    No title

     悪い弁護士に依頼してしまったのは自己責任ってゆうのは昔からそうじゃないの?

    No title

    最近は弁護士もブログをやっていることが多いから人となりはそこで見えることも多い。
    少なくとも
    複数のブログを持って様々な人格で書いている弁護士
    ブログで不平ばかり垂らしている弁護士(現実に行動しているのならともかく、ブログでは強気でも何もしていないのがまるわかり)
    サイトの更新が全くない弁護士
    ありきたりのことやいいことしか書いていない弁護士

    ここらへんは懐疑的に見る。

    No title

    弁護士に公表してもらいたい情報といえば
    1.懲戒履歴
    2.過去・現在の顧問先(利益相反になることを避けるため)
    3.方針(主要な方針:主に企業側・病院側に立つ事件が多いので患者側や労働者側の事件は得意といえないとか)
    4.顔写真(ただし最新に限る)
    5.期と大まかな学歴・職歴
    が最低限欲しいですね。

    あとは交通の便で決めることになると思います。

    自分の価値を公言する弁護士といえば、ペリー・メイスンが思い浮かびますが、仮に高額であってもあれほどきちんとやってもらえるのであれば、依頼したいものです。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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