裁判員制度が踏みにじっているもの

     被告人に死刑判決を言い渡した裁判員裁判の裁判員を務め、殺人現場の写真を見せられるなどして、急性ストレス障害になったとして、国に慰謝料を求め、9月30日に福島地裁で請求を棄却された福島県郡山市の青木日富美さんの訴訟に関連して、今年1月17日付け四国新聞が、あるコラムを掲載しました。タイトルは「矛盾」。

     2011年に裁判員候補者名簿登載の通知を受けた青木さんは、裁判員になることには不本意でした。ただ、彼女が出頭したのは、翌2012年12月に届いた呼び出し状に、下線まで引かれた次の一文があったからでした。

     「正当な理由なくこの呼び出し状に応じないときは、10万円の過料に処せられることがあります」

     彼女は、この処罰を回避したい思いから出頭し、抽選で裁判員に選任されてしまいます。コラムは、その彼女の二つの後悔について書いていました。

      「青木さんは10万円を払ってでも裁判員を拒否すればよかったと後悔している。過料は行政上の制裁で刑事罰ではないと言われても、違いも分からないし、それを払ってでも義務を逃れようとするのは、ひきょうだと感じるのが普通だと思う」
      「もう一つの後悔は、血の海で横たわる被害者2人のカラー写真や、被害者が119番通報した断末魔の声から、自分の視覚と聴覚の二つの感覚だけで判決を下した『軽率でばかな自分』に対してだ。青木さんは『よく分からないまま死刑判決に関与した罪の意識』とも表現する」

     彼女は、嘔吐、不眠などの体調不良、現場写真のフラッシュバックに悩まされ、仕事も失います。それは、裁判員裁判が彼女に与えた実害というべきですが、実はそれ以前に、コラムが取り上げた彼女の「後悔」は、裁判員制度の「強制」が、確実に国民から奪いとっているもの、あるいは踏みにじっているものを、浮き彫りにしています。それは、端的にいえば、「裁きたくない」という個人の自由な意思と、「裁くべきではない」という責任感あるいは良心です。

     裁判員裁判が、「思想・信条の自由」を否定してまで強制化する発想は、ひとえに制度が「選択されない」脅威です。自由に不参加を認めてはなり手がいなくなる恐れ。そこには、辞退したい信条に対して、あたかも「真摯」なものとそうでないものが存在し、その区別をつけることは不可能だから一律、強制化すべきという発想があります。さらにいえば、それは、この制度のためには、「思想・信条の自由」の一定限度の犠牲はやむなしという立場ということもできます。

     まさに、その発想が、現実に何を犠牲にするのかを、彼女の「後悔」は示しているようにみえます。報道によれば、今回の判決は、彼女について、裁判員就任と急性ストレス障害の因果関係を認めながら、裁判員の辞退が認められていることと、国家公務員災害補償法で補償を受けることもできることを指摘しています。しかし、「辞退が認められている」ことを理由とするならば、彼女が不本意ながら受けざるを得なくなった、処罰の脅威による「強制」は、まず取り除かれなければならないはずです。そして、制度が踏みにじったのは彼女の健康だけでなく、その自由であり、裁判に対する国民の良心であることを考えれば、補償ということだけで解決策する問題でないことも、また明らかです。

     その意味で、この訴訟を契機に注目された裁判員の負担軽減もまた、この制度の「強制」が奪っているものの本質をみないものといわざるを得ません。金銭的な補償目的でも、配慮に基づく運用改善でもなく、制度によって「二度と私のような犠牲者を出してほしくない」と原告が語った、この訴訟が投げかけているものも、そこにあるというべきです。

     「最大の問題はこの訴訟を、裁判所が裁くことだ。裁判員裁判の旗振り役として遮二無二、制度導入を進めてきた裁判所自身が、この訴えを裁けるのか。現行の司法制度の矛盾があらわだ」

     冒頭のコラムは、こうした一文で締めくくられていました。判決後の記者会見で、青木さんは「思いの半分も伝えられなかった。国はもっと関心を向けてほしかった」と無念の表情を見せ、代理人の織田信夫弁護士は「個人の尊重より、国の制度が優先するという判決だ」と批判した、と報じられています(河北新報10月1日)。

     コラムが指摘した「矛盾」のなかでは、ある意味、今回の判決は、案の定の結論ということもできるかもしれません。コラムニストも、この結果を予想したからこそ、この一文に「矛盾」というタイトルを付けたようにも思えます。裁判員制度が踏みにじっているものと、それを押し隠して制度を支える司法の「矛盾」に対する、私たち社会の感性が問われているように思えます。


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    裁判員辞退について

    以下の文章は、裁判員開始前からあちこちに投稿していて恐縮ですが、自分自身が直接確認した事実なので、投稿させていただきます。
    裁判員制度開始の前、身近にに精神的に弱い人がいましたので、無理に裁判員を務めると、今裁判になっている青木日富美さんのようなことになるのではないかという懸念がありました。
    そこで08年10月29日に開催された東商と最高裁の共催による裁判員制度の説明会に参加して(時間切れで、個別質疑という形になったため)解説ご担当の最高裁参事官殿に直接質問し、読売・朝日・日経の記者の方がメモを取っている面前で、下記の回答をいただきました。
    【質問】裁判員を務めたことが原因で生じた精神的障害などの損害の補償については非常勤の国家公務員として扱われるというが、裁判員を務めたことと、損害発生との因果関係の立証責任を裁判員が負うとされており、そこまでの負担はできないので、就任を辞退したいと申し出た場合に認められるか。
    【回答】 その場合は過料を科すことなく、辞退を認める。
    *3名の記者の方とは名刺交換も行い、質問の趣旨も説明して、「回答がもらえて良かったですね」なんて言葉もいただき、大満足でしたが、この質疑が記事になることはなく、単なる自己満足に終わってしまいました。
    その後もあまりこの問題は議論されずに何年も経過して、とうとう私が心配していたお気の毒な事例が公になりました。
    国もマスコミも、世の中には「裁判員に向かない人」(「やりたくない人」ではないです)が大勢いる、という現実に目をそむけているから、何時になっても問題が解決しないのです。辞退事例のデータベース公開、選任時の心理的なストレス耐性テストの実施等、「事前のケア」としてできることはいくらでもあると思います。
    専門家のご意見をいただけると幸いです。

    No title

    自然災害で家や家族を失い、生活を破壊され、深い心の傷を負った人たちに対しても、最高裁から過料の制裁という脅し文句つきの封書が配られています。

    しかも、特に田舎の人たちは、自分の思いや立場を上手に主張できません。

    「避難生活中にもかかわらず通知文書が届いた、ひどい話だ」
    などということを世間に言ったら、
    「刑罰を科されるに違いない」
    と、被災者は怯えています。

    また、裁判所の職員達のあまりの世間知らずぶりと認識のなさに言葉を失い、自分の状況を説明することもできません。そして、裁判員裁判にかり出されます。

    No title

    刑事弁護に熱心な弁護士には、裁判員制度を積極的に評価してる方が多いように思えますが、今回の件についてどう考えるのか気になります。

    連絡もせず、実際には理由は無いのに呼び出しに応じない人が大勢いるのは明らかですよね。
    だからと言って過料を払わされたなんて話は聞きませんね。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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