徹底抗戦できない日弁連の存在感

     1999年に行われた日弁連創立50周年の式典で、挨拶に立った東京の著名な長老弁護士が、こう語りました。

     「日弁連は提案型になった」

     表現は多少違っていたかもしれませんが、その時、確かにそうした趣旨の発言があったことを記憶しているのは、その時、彼のこの発言に強い違和感を覚えたからです。それは、端的にいえば、あなたまでが、これまでの日弁連の活動、あるいは存在そのものを、そんな風に簡単に括ってしまうのか、という思いによるものでした。

     玉砕型、「何でも反対」などと揶揄されてきた存在から、建設的な提案をする日弁連へ--。あたかもそれを全肯定するような見方は、まさに「オールジャパン」の司法改革に向かっていた当時の状況には、ぴったりとあてはまっていました。以前も引用したことがありますが、この年に刊行された「日弁連50年史」にも、日弁連の司法改革宣言に触れて、「日弁連は司法に対する『批判者』の立場から一歩出て自らも、『法の支配』の『担い手』として司法を真に市民のため、国民のためにする司法改革運動に立ち上がった」という記述が登場します。過去の日弁連のスタンスを「批判者」としてばっさりと切り捨て、「提案者」へと衣替えしたのだ、ということが、当時、日弁連のなかで公然といわれるようになっていたのです。

     しかし、刑法改正にしても、拘禁二法反対にしても、かつて徹底した日弁連の反対運動が成果を生んだことを、長老の彼が知らないわけはありません。もちろん、そこの解釈として、例えば完全拒否で臨むのではなく、意見交換会に積極的に参加する姿勢こそが成果とつながったとして、当時の提案型とか「せめぎ合い」の論理を、日弁連の積極姿勢として、そこにつなげる言い方も、推進派からは聞かれました。

     ただ、忘れてはいけないのは、それまでの日弁連に期待する多くの人たちが現実にその活動を頼り、救いを求めていたのは、それこそ反対姿勢で「ぶれない」日弁連であり、そして、「ぶれない」日弁連に手を焼いていた方々が求めていたのが、「提案型」の日弁連ではなかったのか、ということです。そのこともまた、長老の彼が知らないわけもないように思えたのです。

     ある種の、「なんでも反対」的なスタンス批判を真に受けて、阻止すべき案件に用意される「提案」型の妥協論は、結局、阻止の失敗を意味することを、活動の現場の人間は、実はよく分かっています。なぜなら、あらかじめ修正案を用意している反対論に対して、相手側がまともに撤回を考慮するわけもないからです。多くの場合、無「提案」批判は、相手から妥協論を導き出す口実となるのです(「『提案型』と批判・抵抗者の役割」)。

     この妥協論に対する弁護士会内にある抵抗感を、なんとか抑えようとする会内の推進派から出されるのが、常に「現実論」といわれるような情勢論、政治論です。それは、時に「通用しない」といった民意忖度や、「一歩前進」「一里塚」といった肯定的な評価です。それらは、マスコミ論調に拠った脅威論であったり、極めて内向きの自己満足論であったりしたわけですが、それもさることながら、こうした日弁連・弁護士会のスタンスは、社会にとっても日弁連にとっても、果たして本当によかったのか、それが今、改めて問われるべきだと思うのです。

     裁判員制度になった「国民の司法参加」しても、法曹一元に向かう弁護士任官にしても、そのために必要であるはずであったり、社会が大量に求めているはずの弁護士増員にしてもしかり。弁護士が真っ先に反対してもいい「強制」性を認めたり、「数」が自らの首を絞め、法曹一元どころか、その基礎になるはずの市民の信頼も遠のいてきているような現実はどうみるべきでしょうか。日弁連は、そうした姿勢をとるほどに、社会に分かりにくくなってきたのではないでしょうか。

     日弁連は、まるで過去の過ちを反省するかのように「提案型」を選ぶと同時に、徹底的に反対を貫く抵抗勢力としての立場、権力にとって最も忌むべき存在感をどこかで置き忘れてきてしまったように思えるのです。それこそ、たとえパスやシュートにつながらなくても、ゴール前で敢然とクリアしなければならない局面に、かつて確かに日弁連の存在感があったように思えてなりません。

     今、日弁連執行部の姿勢に会員から強い疑問の声が出ている取り調べの可視化をめぐる、いわゆる「抱き合わせ」問題。全事件の2パーセントにすぎない裁判員裁判対象事件に限定して認めることと引き換えに、通信傍受拡大、司法取引などに賛成しようとする執行部側は、ここでも「一歩前進」と、可視化全面否決の「脅威」といった妥協論と情勢論を持ち出しているとされます。「肉や野菜だけでなく、毒まんじゅうも出されている。肉や野菜しか食べないというわけにはいかない」と、日弁連理事会で発言した方もいたと伝えられます(「ろーやーずくらぶ」 「弁護士 猪野亨のブログ」)。9条と、環境権、プライバシー権「抱き合わせ」で改憲を突き付けられた時、日弁連執行部は大丈夫かという不安まで、会内では聞かれるのが現実です。

     そもそも全面的可視化自体、こうした条件付けされなければならないことなのか、さらにいえば、それで丸ごと否決という情勢分析や脅威論が正しいのかということもあります。ただ、それもさることなから、日弁連が今、問われなければいけないのは、前記したような、その根本的なスタンスであるはずです。


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    No title

    任意団体にすることを目指しましょう。

    No title

    農協改革で,全国農業協同組合中央会が法定の組織から外れる方針になっていますから,それに倣って弁護士会も,日弁連を法定の組織から外すことを目指したらどうですか? 地方の顰蹙を買っていることは全中も日弁連も同じですし。

    抗戦の手段

    「日弁連に徹底抗戦」って何をするんですか?
    脱退するんですか? 新・日弁連でも立ち上げるんですか?
    弁護士法の規定の穴を探して突破するのか、それとも正面から弁護士法の違憲性を問うのか(本人訴訟という形式なら、旧日弁連から非弁だ非弁だ誹られる心配はありませんね)どっちです?

    No title

    日弁連に対して徹底抗戦するべきですね。
    会員を馬鹿にするのも限度というものがあるでしょう。

    No title

    日弁連という組織は,既に会員の支持ではなく,弁護士法による国家権力(強制加入制度)を基盤にして存続している以上,政府の方針に迎合するのはある意味自然な成り行きでしょう。
    それに,弁護士の養成過程が公務員である裁判官や検察官と一部共通化されている以上,日弁連が「徹底的に反対を貫く抵抗勢力」として恒常的に成り立つ基盤はそもそもありません。
    昭和時代に,裁判官や検察官の大量増員を勝ち取らなければ司法試験合格者の増員を一切認めないという「徹底抗戦」を続けて,弁護士業界の相対的縮小と社会の批判を買った挙句,ついには妥協せざるを得なくなった時点で,「徹底的に反対を貫く」日弁連の組織モデルは既に破綻しているのです。

    No title

    この問題は、少なくとも1970年代にさかのぼります。

    遠藤誠弁護士(帝銀事件の弁護人)は次のようなことを言っています(竹中労編著「法
    を裁く」1980年、耕索社、145頁)。

    以下引用

    私は、ここに昭和十年(55年の誤記、引用者注)四月二十九日付の『法律新聞』を持
    ってきておりますが、これによりますと、四月十九日に丸の内の東京会館で、日弁連の
    会長に就任された谷川八郎氏が、就任披露パーティーをひらいておる。その席上、谷川
    新会長は何を述べたかというと、ようするに、「裁判所と法務省・検察庁、そして弁護
    士会は、これから対話と協調とを基本にして、仲良くやっていきましょう」と述べた。
    (中略)検事総長は満足の意を表して、それからとんでもないことをいってのけてりま
    す。「この機会に、刑法改正・少年法改正・監獄法改正などの課題に、弁護士会が建設
    的にとりくむことを期待する」と。冗談ではない、ナメるなという声が、とうぜん挙が
    ってしかるべきであるが、谷川会長以下和気あいあいと、検事総長と酒をくみかわして、
    「懇親を深めた」とございます。いったい、これは何だ? 右旋回というも愚かな、権
    力との野合はどこからどのようにして始まったのか?

    引用終わり

    No title

    いいんじゃないの、日弁連のクソぶりがよく分かる。
    市民にもそろそろ本性が伝わるのでは?
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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