「判断材料」提供者としての弁護士

     弁護士界内にある、「改革」がもたらした現状に対する批判的、否定的論調に対して、時々、今でも弁護士の口からこんな言葉が出るのを耳にします。

      「古き良き時代を懐かしんでいても仕方がない」

     この「古き良き」という言葉が、今、弁護士の中にある、もう元には戻らないという「改革」への諦め、あるいは現状に対する覚悟といった意識のなかで語られていること、さらには失われたそれが必ずしも経済的な環境にだけあてはめられたものではなく、修養環境や既存の価値観全般にもわたる、といったことは以前にも書きました(「失われた過去の扱い方」)。

     ただ、この言葉が弁護士自身よって語られる時、たとえ前記したような様々な思いが込められてはいても、どうしても一般への伝わり方は、経済的な意味での「良き時代」への未練を断ち切ろうという意味にとられがちです。そして、それはともすれば、「改革」論調のなかで、散々言われている過去の経済的な意味での「特権」的環境とか、そこにあぐらをかいてきた「心得違い」を、ほかならない弁護士自身が認めていることにもなりかねません。

     だから、いまでも社会にとって、「改革」批判は正しいと考え、むしろ現状はわれわれが懸念した通りになった、と考えている人は、「仕方がない」はもちろんのことも、前記のように弁護士の経済的な環境の喪失=特権的な環境の喪失=保身と置き換えられかねない、「古き良き」という表現もあまり使わないように思います。

     この経済的な「保身」という意味につなげられる、「特権」というテーマに対して、およそ弁護士界内には、三種類のとらえ方をしている人が存在しています。①「特権」という扱いを不当とするとらえ方(厳密には二通りあって、既得権益という意味で、それはそもそも存在していないというものと、逆に不当な「特権」でないというもの)、②「特権」といわれても「仕方がない」現実があったとストレートに認めるもの、③本心は①だけど「改革」の流れには抗せない、だから「仕方がない」とするもの――。

     はっきりしていることは、「改革」の現実を直視して、弁護士が批判すれば、それがすぐさま「保身」批判として跳ね返って来ることを、弁護士はずっと前から知っている、ということです。それは見方を換えれば、そのことをもってして、「改革」の問題性、要はツケとして被る実害について、社会に発信するのをやめる弁護士と、やめない弁護士が実は存在するということです。そして、弁護士会外に存在する「通用しない」論を、そのまま持ち込む会内の「改革」推進論が刺激したのは、結局、問題はあっても、立場的に発信できないという、妥協的ともいえる弁護士の意識だったのではなかったかと思えるのです。

      「改革」に対して疑問を持ちながら、この「通用しない」論を正面から受けとめている人のなかには、もはや戦略的に弁護士が「改革」批判の当事者になるのはやめておいた方がいい、という立場の人もいます。日弁連・弁護士会が、一度「改革」の旗を振った立場であれば、なおさらのこと、「保身」批判につながりやすい、要は「改革」の効用を積極的に認め、一旦は増員政策も受け入れながら、こと自らの経済的な問題が表面化したならば、途端に鞍替えするのか、というような。

     この立場からは、要はたとえ問題のある「改革」が国民の知らないうちに、あるいは良く分からないうちに決定され、進められたものでも、その実害が表面化し、国民自身がそれに気付いて止めない限り、止められないという見方になり、それもまた、「仕方がない」ということになります。

     ただ、これはむしろ今度は国民の側から、二つの面で不安なものがあります。一つは、国民自身が止められるほど、「改革」の実害という視点を共有できるのかどうか。常に「改革」推進の立場からは、メリットや理想が掲げられますが、そもそも国民に縁遠い司法という分野では、現に当事者が味わい、実感している実害とその叫びよりも、語られるメリットや理想の期待感、たとえその実現が困難なものだとしても、結果的にそちらが優先されてしまうおそれがあるからです。

     しかも、そのメリットや理想への期待感を煽るのは、常に専門家、有識者の方たちです。彼らが延々と「夢」を語るように、それを言うのであれば、それに対抗できるのは、やはり専門家しかいない。つまり、国民がフェアな判断材料を得るには、どうしてもそれに対抗する専門家の批判論、反対論を聞く必要がある。むしろ、専門家としておかしいものは、おかしいと発信してもらわねば困る。なぜならば、それが推進派専門家の頭のなかだけの「夢」なのかどうかも、国民には分からないからです(「黒猫のつぶやき」)。

     そして、もう一つは、いうまでもないことですが、取り返しがつかないということです。国民が気づいたときは、もう既に社会も国民にも取り返しのつかない実害を被っているかもしれない。政策を推進する国会議員は、常に国民の負託を得ていると胸を張り、推進した政策そのものも、それを通して、国民に支持されたと言います。政策に納得しないのならば、選ばなければよかったではないか、なんなら次回落としなさい、と。

     民主主義は、ある意味、国民の記憶によって支えられているのは確かであり、国民は次回選択のときまで、その代表たちが何をやったのかを覚えておいて、きっちりとその時に、その審判をしなければなりません。ただ、前記セリフを吐く代表の多くは、政策への自信よりも、その記憶の影響がないことへの自信を強くもっているようにみえます。つまり、国民は侮られている。もっとも、選挙に通ればいい、という発想から、選挙に影響の少ない政策が侮られている場合もあります。

     ただ、そのこともさることながら、やはり私たちがこだわるべきなのは、本当に判断材料が与えられているかどうかです。前記議員が胸を張る論法にしても、本当に原発の恐ろしさを判断材料としてフェアに伝えられていれば、少なくとも推進政党を支持しなかった国民がいたことを考えれば、何が重要かは明らかです。また、国民からすれば、そのいわば情報操作によって、常に今回のように取り返しがつかないような結果が出るまで国民がフェアな選択ができない、というのでは、困ることも明らかです。国民がフェアな情報のもとでなく「選択」した格好になったものが、それこそはっきりとした実害が出るまでとまらないということでいいのかどうかの問題です。

     なんとしても、「おかしいものはおかしい」と専門家の声を上げてもらうのが、国民の利益になることなのです。むしろ、あらかじめ、あるいはできるだけ早くフェアな判断材料を国民が得るためには、それはどうしても必要なことであり、そこにこそ、専門家の存在意義が試される局面ともいえます。

     そう考えれば、弁護士を黙らせてしまう「特権」「保身」批判も、あたかも民意を忖度しているような「通用しない論」も、果たして国民のためになるものなのか。そこを、私たち国民が冷静に考える必要があります。


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    テーマ : 弁護士の仕事
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    No title

    >なんとしても、「おかしいものはおかしい」と専門家の声を上げてもらうのが、国民の利益になることなのです。

    被災地で、あまり物事を大ぴらにして裁判沙汰にせず、穏便に済まそうとしている人達の不安を掘り起こす、
    認知症の高齢者の身の回りで起きることを訴訟にする・・・
    こんな報告書を良しとするのはどんなもんでしょうかね・・・?

    No title

    古きよき時代?なにそれおいしいの?
    もう自分が生きていくことだけで精一杯ですね。
    法科大学院の断末魔の悲鳴を見届けるまで、一生懸命耐え忍ぶしかないですね。

    東京大学と京都大学が三流に成り果てますことを心より祈念いたしております。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
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