必要論にはならない弁護士「活用論」

     全く身に覚えがない未払い金額を突き付けて、近く法的手続きが開始されるような脅しをかけてくる、お決まりの架空請求メール。最近送られてきた、その文面の冒頭に、こんな一文が書かれていました。

      「弁護人のご用意をお急ぎください」

     一瞬何だこれは、と思いました。ご提案通り、このメールを受けた市民が、法律事務所に駆け込み、弁護士に相談したならば、即座にこれが無視して一向に差し支えないインチキ請求だとばれて、その時点で彼らの目論見は潰えてしまいます。

     愚かといってしまえばそれまでですが、見過ごせないのは、それでもここで「弁護人」を登場させた、彼らの頭にあったことです。推察すれば、一つはおそらく市民はそう簡単に法律事務所に駆け込んだりできないだろうという侮り。そして、もう一つは「弁護人」という言葉が与える心理的効果、つまり「脅威」です。要は、法的手続き開始という脅し同様、弁護人を用意しなければならなくなったという事態が、およそこうした紛争にも弁護士にもご縁がなかった市民に、どれだけ動揺を与えるかを読んでいるということです。

     さらに、悪質なことに、実はこれは彼らの次の手口につながる布石です。このメールの次に、今度は「訴訟被害者救済事務局」を名乗るメールが、あなたは「被告になる寸前」、訴訟回避へお助けしましょう、と現れるのです。ここでもご丁寧に次のような文面も登場します。

     「訴訟に持ち込まれ裁判となってしまいますと、非常に優秀な弁護士をつけない限りは間違いなく敗訴してしまうのが現状となります」

     法律事務所に駆け込みはしないであろう人間が、まして「非常に優秀な弁護士」にたどり着けるわけもないという、これまた侮りと、彼らへのプレッシャーです。

     あるいは多くの人にとっては、とても巧妙とはいえない、いかにも浅はかな手口にしかみえないかもしれません。ただ、この手口を語るうえで、そのことは、ほとんど意味がありません。なぜなら、仕掛けてくる彼らからすれば、それこそ何百件、何千件に一人でも、騙される人間がいれば、それで目的を達成できたことになるからです。嫌な言い方をすれば、彼ら自身、むしろはじめから、このレベルで引っかかる人間をターゲットとして想定しているともとれなくありません。

     ところで、こういうケースになると、即座に「だから弁護士が必要」と被せてくる人がいます。弁護士が身近にいて、小さなことでも気楽に相談にすぐのれれば、即座に問題は解決する。弁護士の「敷居が高い」から、被害者が生まれる、と。そして、だとすれば、やはり「社会の隅々」に弁護士が登場したり、そのために弁護士を激増させる「改革」は正しいのだ、と。

     前記悪質業者の、弁護士に市民が「駆け込まない」「たどりつけない」という侮りと、弁護士の「敷居」の高さを感じる市民感情が無縁だとは思いません。しかし、こうした事態に「だから弁護士」「だから社会の隅々」「だから増員」というのは、果たしてあるべき発想なのでしょうか。もちろん、この事態を弁護士は解決することはできる。ただ、肝心なことは、「このレベル」の事態が、どうしても弁護士の登場でなければならないことなのかです。

     いうまでもないことかもしれませんが、こうした迷惑メールについては、消費生活センター、あるいは警察に相談することもできますし、100%信用できるかはともかく、いまや明らかに弁護士よりも市民に身近であるインターネット上で、相当程度、情報を共有することもできます。つまりは、ケースと、その対応に関する情報提供によって、「だから弁護士」でなければならない根拠は、薄らいでくるのです。

     実は、これは架空請求だけではありません。クレーマー対策、人間関係から、金銭の貸し借りに至るまで、その「レベル」によっては、どうしても弁護士に登場してもらわなければならないことなのか、と思えるものがいくらもあります。「レベル」といいましたが、紛争の段階、いわばこじれ具合とは別に、二つのポイントがあります。一つは、その内容自体、どうしても法的なサゼッションを得たり、そうした手段を考えなければいけないものなのか、という点、もう一つはコストがかかる、という点です。相談料をかけてまで相談すべきことなのか、あるいはおカネが当然にかかることを市民側がよく認識しているのか、ということです。

     早く相談してもらえれば、未然に防げたり、よりよい対応が導き出せるという一般的な括り方も弁護士側から聞かれますが、それもあくまで個別の事案やそれこそ「レベル」によりけりです。その判断が弁護士ではないとできない、ということもいわれますが、前記情報提供も含め、それがそれこそ「レベル」に関わらず、すべて弁護士だけができることなのかには、正直疑問があります。もちろん、カネになるならば何でもやるという発想ならば、私たちがどうしてもそれに付き合わなければならない義理もありません。

     実は、こうしたことを最近、当の弁護士の中からも、よく聞かれるようになっています。弁護士の増員が進む中、日弁連も依然として「小さなことでも弁護士」をアピールしていますが、一方で、有償を前提とする弁護士業務への誤解や、「こんなことまで」といたくなるような、弁護士ではなくてもいいような相談案件までが持ち込まれる現実があり、「どんなことでも」「小さなことでも」が間違ったメッセージとして伝わっていないか、という疑問も出始めているからです。むしろ、前記したような情報の共有や教育が、担うべき部分も大きいのではないか、という指摘もあります。

     どうしても弁護士でなければならないのか、弁護士が解決できたとしても、無償性を前提としたり、採算性が度外視されているものではないか。「社会の隅々」論は、依然として、その点が大雑把であるといわなければなりません。何度も書いているように、無償のニーズに、どうしても大量の弁護士をあてがうのであれば、それを支えるだけの経済的な基盤がまず必要になりますが、まだその議論の前提にも立っていないのが現実です。

     市民が弁護士のもとに「駆け込まない」のは、すべてが「駆け込めない」のではなく、一面、司法や弁護士を最終手段ととらえている市民意識の反映ということもできます。「改革」の方向性は、ともすれば、その意識そのものも否定的にとらえるように伝わりますが、それは現実にそぐわないだけでなく、弁護士の実態とも矛盾したものに思えてきます。


      「司法ウオッチ」では、現在、以下のようなテーマで、ご意見を募集しています。よろしくお願い致します。
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    こういう架空請求を行っているのは、案外社会の隅々まで法の光を、と提唱しているかたがたではないのでしょうか?

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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