必要とされた弁護士をめぐる決定的違い

     およそ民事紛争で弁護士を頼ってくる市民は、大きく二つに分類されます。攻める側と攻められている側、原告タイプと被告タイプという人もいます。いうまでもなのく、前者は自らの正当な権利を受け入れられず、それを認めさせようとし、後者は不当な権利の主張をされている、金銭的にいえば、「正当」に請求しようとする側と、「不当」に請求されている側ということになります。

     これは、第三者的にみると、どちらも弁護士が必要になる局面であり、弁護士を「使う」ということでは、同様にくくれますし、両者「正当な権利の主張」として、あまり一般にその違いが意識されていないようにもみえます。ただ、いうまでもないことかもしれませんが、現実の当事者にとって、両者はかなり違いますし、そのことは弁護士にとっても、こと「対価」というものを考えるうえで大きな違いとなっているのです。

     これは当事者の心理を考えれば、はっきりはします。あえてくくってしまえば、前者が、自らの権利に基づく請求を実現させようと、積極的に弁護士を使うと決断した側であるのに対し、後者は不当な請求さえなければ、弁護士などのご厄介にはなりたくなかった、いわばより消極的に弁護士を使うことを決断した側。このことが、現実的には、この紛争に勝利した場合の、弁護士に「対価」を払うという行為に対する感情の違いにつながっています。

     この違いとそれに対する弁護士の本音を、ある弁護士が著書のなかで分かりやすく解説していました。

     「(被告タイプは)『不当』であるがゆえに、『自分が被害者である』ことを強く認識している。そのため、『本来であれば、自分がこのようなトラブルに巻き込まれるはずではない』と固く信じている。したがって、弁護士の活躍によって、不当な請求から免れたとしても、そこには『本来あるべきポジションに戻った』という意識が生まれるにすぎない」
     「弁護士は『本来あるべきポジション』に連れてきてくれた恩人である。しかし、その感謝は警察や行政に対して抱く感謝の念と同質のものである。『コストを負担しなければ、そのポジションを得られない』という意識は希薄である」(西田章弁護士「弁護士の就職と転職」)

     こういう依頼者にとって、仮に勝利しても、弁護士への感謝は日が経つにつれ薄れ、あるいは弁護士は不愉快なトラブルを思い出させる存在になり、ひいては場合によっては、報酬支払いに際して、「自分は何も得ていないのに」とか、「他人のトラブルに便乗してお金を請求するほうが不当ではないか」といった弁護士への不満や疑念が頭をもたげ出しかねない。

     これに対して、原告タイプは弁護士にとって、「依頼者の請求に成功すれば、その分け前に預かることができる」存在であると、西田弁護士は説明します。相手からの金銭の支払いも弁護士名義の口座に振り込まれたものから報酬を差し引かれる形にでき、「依頼者のポケットから弁護士報酬を捻出させる」というプロセスを回避することができる。弁護士によって回収額が削られても、弁護士に依頼しなければ、ゼロだったことを考えればプラスという感情も生まれる――。

     要は、弁護士にとって、原告タイプの方が、報酬の回収という面でやりやすく、また、経済的な意味での妙味も、より期待できるという話です。そして、当然、弁護士が攻めの「営業」を展開するターゲットも、この原告タイプということになります。この場合、いかに依頼者が原告タイプとしてその気になるか、弁護士からすれば、その気にさせられるかにかかっているということになります。「訴訟社会」アメリカの弁護士が、一生懸命依頼者の「眠っている権利」で「いくらとれる」ということを強調し、くどきおとして、その気にさせる姿(現実にアメリカでは、そういうタッチの法律事務所のテレビCМが当たり前に流れているそうですが)が、まさにこれを象徴しています。

     この両者は、これまでも書いてきたように、表裏の関係にあります。弁護士が「営業力」を発揮して、その気になって弁護士を積極的に使いたい人を生み出せば生み出すほど、不本意ながら弁護士を使わなければならないはめになる人を生みだします。もちろん、それによって正義が実現されるのだからいい、という括り方もできるかもしれません。ただし、くどく側の弁護士が本当に「正当」な主張を開眼させることを正義と考えているならば。依頼者の感情を利用して、あるいは着手金ほしさにその気にさせたり、生き残りをかけて、言いがかりともとれる依頼者の主張に寄り添うなんて考えることが、ゆめゆめなければ、という話です。一方で、何でも司法で解決すればいいという発想のもと、ものすごい労力と時間を不本意に、時に不当に強いられる市民が生み出されるのかどうかも、実は弁護士の質にかかっているのです。

     弁護士増員ありきの流れのなかで、あたかも弁護士におカネを投入する用意のあるニーズが、この社会に沢山眠っているということを前提に、競争と生き残りの中で、弁護士ベースで事件創出が模索されようとしているようにみえる現状。私たちは「正当」な権利に開眼しているのかということと同時に、やはり、この状況そのものに実は巻き込まれているのではないか、ということを問い掛ける必要が生まれています。


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    No title

    「法化社会」は、アメリカのように、民族の異質性が高く、国民間の行動規範が多様な社会では、法や契約による秩序維持・紛争解決がどうしても必要となりますが、日本のように、民族の同質性が高く、国民の行動規範の類似性が高い社会では、「空気」や「気遣い」、「紳士協定」による秩序維持・紛争解決が、柔軟・迅速に、かつ低コストで十分に実現されうるので、「法化社会」が必要となる場面が少ないのでしょう。

    中坊氏は「2割司法」が問題であると言っていましたが、日本が「2割司法」であるのには、地政学的・歴史的にそれなりの合理的な経緯があってのことであるのに、これを重要視せず、それは絶対悪であるかのようなキャンペーンを張ったのは、司法に携わる者として傲慢であったと思います。

    まだまだ「空気」や「気遣い」、「お・も・て・な・し」が重要視される現在の日本において、高コストで柔軟性に欠け、生産性を落とす「法化社会」は必要とされていない、無用の長物であるというべきで、国民に、これを根付かせることは無理だと考えるべきでしょう。実際、「法化社会」では、従業員は具体的に指揮命令されたことしかしない社会でもあります。日本人のように、具体的に指揮命令されていないことまで現場が考えて動き、またサービス残業が当たり前である「空気社会」には、「法化社会」にはない良さがあります。

    大量の移民を受け入れるなどして、国民の同質性が低くなる時代まで、日本に「法化社会」が根付くことはないし、根付かせる必要もないと思います。

    No title

    法テラスでは、被告事件の報酬は、着手金の70%しかもらえないというルール(7割ルール)があり、法テラスで被告事件をやることは、経営側として、非常に大きな負担というべきであるし、顧客満足度の低いタイプの事件であることは間違いないでしょう。
    法化社会というのなら、人を動かすことにより費用が生じる、という意識付けが社会の中で浸透しなければならないはずであり、それなくして、弁護士だけが対価のないまま汗をかき、労力を使う、ということがあってはならないはずなのですが・・・
    法テラスの上記ルールは、「法化社会」とは相容れないといえるでしょう。

    No title

    大きく4つに分類されると思います。
    正当な請求をする原告と不当な請求をする原告、正当な請求をされる被告と不当な請求をされる被告
    このうち正当な請求をする原告と不当な請求をする被告について、本来弁護士が代理人として助力に当たるのはそのとおりですが、司法改革による法の光はむしろ、不当な請求をする原告も正当な請求をされる被告も、弁護士による助力が必要で、より一層テラされねばならないと言い張ります。
    正当な請求をする原告は、被告がきちんと履行してくれれば弁護士など付ける必要はなかったのですから、うまくいって弁護士に報酬を払うことになれば、納得はしても、あまり面白くないと考えます。不当な請求を受けた被告が弁護士に依頼しなければならなくなれば、それこそ、なんで金取られるのかわかんなーいということになるでしょう。でも、原告が喜んで弁護士様々とお金を払うのは不当な請求をする原告で、この分野を司法改革の成果で今急速に開拓中なのではないでしょうか。
    正当な請求を否認する弁護士なんてサラ金の代理人や保険会社の代理人など昔から一定数居ましたね。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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