「偏向」なき未来への根拠なき自信

     かつて出会った出世組の職業裁判官が口にする「裁判官の良心論」が、多くの場合に同業者への「信頼論」のなかで語られるのを耳にしてきました。判事と検事の間の人事交流を弁護士会が問題視した、いわゆる「判検交流」。外形的な公正「らしさ」にこだわるべきとした弁護士会の切り口に対して、取材に応じた裁判官たちは、「たとえ、そうした人事交流があったとしても、それで偏った判断をする(現職の肩書に引きずられるなどの)ことはあり得ない(あるいは、そういう裁判官は一人もいない)」と、異口同音に語ったのを覚えています。

     しかし、その切り口自体、いうまでもなく、その発言した裁判官が個人的にそう信じている、という以上の意味はありません。あたかも、弁護士やマスコミ、一般の方々は知らないかもしれないけれど、裁判官というのはそういう人種じゃないんですよ、といっているように聞こえる、その切り口は、当時、弁護士会から提示されていた数々の疑惑に対する反論としては、あまりにも根拠薄弱なもののようにも感じました。

     しかし、結論からいうと、この問題について、裁判所はこの切り口とともに、のちに弁護士任官推進につながった「弁護士さんも交流されればよろしい」という交流勧誘論で、押し通した観があります。それは、どこかの時点で、裁判所側が、この問題に関する弁護士会側の攻撃に対して、この切り口で十分対抗できる、あるいは凌げるという感触を持ち、それが模範回答のように、徹底されたのではないか、という印象すら持ちました。

     こうした同業者への信頼を振りかざした「裁判官の良心論」が通用する(通用するととらえる)背景に、「国民の信頼」というテーマがあります。以前書きましたが、かつて当時の青年法律家協会所属裁判官に対する排除の論理につながる裁判所側の主張は、そうした団体に所属することが、裁判の中立性や「公正らしさ」を外形的に損なう、というものでした。しかし、同協会側からすれば、彼ら所属裁判官こそが、憲法学会の通説に従って、自衛隊違憲の判決を出し、それに属さない者たちが判断を回避しつつ、自衛隊合憲的効果を作出している。つまり、どちらが憲法に忠実で、公正な司法なんだ、という主張になりました。

     しかし、裁判所側は、前記排除の論理を押し通した。それが可能になる状況を、弁護士界における司法政策や法曹一元論の理論的指導者の一人だった、松井康浩弁護士は、裁判所の中立性に対する、「国民の信頼性」の高さがあると喝破しました。いわく、「支配層の利益」擁護、階級性というものが絡まない、圧倒的多数の一般民事事件において、裁判所は基本的に当事者に対して中立であると思っており、裁判所はある意味、それに「依拠して、階級性をあらわにした反動判決ができる」のだ、と(「『国民の信頼』が果たしてしまう役割」)。

     これは、中立性に対する「国民の信頼」という存在こそが、前記した「偏向しない」という、根拠薄弱な「裁判官の信頼論」、別の言い方をすれば、質の確保論、「粒ぞろい」論と名付けたくなるような切り口に、胸を張らせる環境を作っているように見えます。そして、このことは、今回の「改革」によってもたらされた新法曹養成下でも不思議なくらい変わっていないように見えるのです。

     新法曹養成がもたらす「質」の低下は、「あってはならないこと」としては掲げられますが、それが裁判官の質を現実的に脅かす可能性が強くいわれることはありませんし、さらに、現在の状況下からは、危険性が言われ出している裁判官の人材の偏りについても、一顧だにしている風ではありません。

     昨年もこのブログで取り上げましたが(「『貸与制』がもたらしつつあるもの」)、ブログ「一聴了解」が昨年に続き、最高裁への情報公開請求をもとに、司法修習生の貸与申請の数と率が年々下がっている現実を伝えています。

     その原因としては、あくまで推測ではありますが、「一聴了解」氏も指摘するように、「貸与を受けなくても生活費に困らない修習生が相対的に増えた可能性」「貸与制でもやっていけない人が修習生にならなくなった」ことが考えられます。「給費制」廃止反対で弁護士会が主張した「お金持ちしかなれない」論は、一つには志望者の機会保証の主張ではありましたが、もう一つ言われたことは富裕層への法曹の偏り、という懸念でした。お金持ちの子弟だけが、裁判官や弁護士になる司法は、はたして大衆に実害を及ぼさないのかという問題提起です。

      「給費制」を廃止しようとする側、法科大学院関係者や大マスコミは、主に前者の主張の不当性、自己責任論と弁護士はなんだかんだいって「儲けている」、つまりは貸与制で「やれるかやれないか」だけを論点にし、およそ後者の主張について、まともに取り上げもしなかった。大マスコミも、「お金持ちしか」論の先にある、実害への懸念を大衆に覚醒させるような扱いはしなかったのです。

     そして、それは、裁判所も同様です。将来、日本の裁判官が富裕層で占められる、そのことで、それに当たらない層の紛争解決に影響が出るやもしれぬ、などというのは、あり得ない未来。あるいは、漠然と法曹養成が今後、「改善」されることで、そんな未来はこない、という扱いのように見えました。「給費制」廃止が、結局、法科大学院もろとも法曹界が選択されないという方向になるならば、「若くて優秀な人材確保」を至上命題にしている裁判所にとって、なにもいいことはないはずですが、「偏向しない」ということに関して言えば、まるで判検交流で見せた、根拠はないけど通用するという位置付けととれます。「たとえ金持ちが裁判官になっても、偏った判断をする裁判官なんていないはず」、あるいは「『改革』がそんな未来を作ることはありえない」というように。

     法曹が富裕層に偏る日本の未来に警鐘鳴らす弁護士たち(もっとも、関係ないととらえている弁護士もいるわけですが)と、そのことを全く意に介しているようにはみえない、裁判所、大マスコミを含む、「改革」推進派の人々たち。私たち大衆は、この状況をどう見ればいいのでしょうか。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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