裁判員全員「辞任」の現実が示すもの 

     水戸地裁で審理が始まっていた裁判員裁判で、裁判員や補充裁判員の辞任が相次ぎ、選任手続きを最初からやり直すということが報道されています(1月16日付け、朝日新聞朝刊、第3社会面)。よく制度のことを分からないまま、さらっとこの記事を読んだ読者のなかには、裁判員は「辞任できる」という印象をもたれた方も少なからずいると思います。

     しかし、ご存知の通り、裁判員制度は制度として、「辞任」を市民側の権利として認めている制度ではありません。あくまで申し出ができることを認めているだけで、裁判所が認めた場合に「解任」するだけです。

     でも、結果として、「辞任はできる」制度となっている。これは裁判員になる前の辞退についても同様です。つまり、裁判員制度は、市民が辞任や辞退を権利として「できる」制度ではないが、実態は「できる」結果になっている制度ということです。実はここにこそ、裁判員制度の見過ごしてはならない現実があります。

     裁判員制度は、あくまで裁くことを国民に強制するという建て前に立った制度です。制度を推進したい側が、この司法参加を国民の「権利」であると、しきりといいくるめようとし、最高裁までが「参政権と同様の権限を国民に付与するもの」だと判示しても(「裁判員『強制』への消えた批判目線」)、前記のように辞任・辞退の権利がなく、罰則をもって参加を強制する制度であることは動かし難い事実です。かつて国会でも、政府参考人の司法制度改革推進本部事務局長が、辞退事由に当たらない限りは本人の意向にかかわらず裁判員となることを拒めないという意味において、法律上の義務である、とはっきりと答弁しています(2004年4月2日、衆院法務委員会)。

     なぜ、この制度は強制・義務化の道を選択したのか。前記国会答弁でも登場しますが、表向きいわれることは、国民の意見を反映させるという制度の意義から導き出される広範な層からの参加の要請、一律義務化による負担の公平性の強調、義務化しなかった場合の判断偏向の恐れなどです。ただ、これを裏打ちしている発想はたった一つ。つまりは義務化しなければ、この制度がもたない、あるいは定着化しないということです。

     そもそも強制してまでこの制度が必要とする、その意義を、国民が圧倒的に支持しているという根拠もなければ、その是非が正面から国民に投げかけられたわけでもありません。「必要」と規定したのは国家と「有識者」といわれる方々です。国民の代表が国会で決めたという強弁もありますが、その代表自体がこの制度をよく分かっていなかった、という始末です(「『国会通過』という御旗」)。

     制度を推進する側は、世論調査結果も含めて、国民がこの制度に背を向けることを十分に分かっていた。だからこそ、どうしても強制化しなければならないと考えたのです。制度発足当時の取材でも、法曹関係者や政界関係者で、国民参加の意義を認める人のなかでも、強制化・義務化には慎重論がありました。裁く側と裁かれる側について、参加や選択の自由を優先し、この国の国民の司法参加を、国民の理解のもとに進める、いわば「小さく産んで大きく育てる」形の方がいいのではないか、という声がありました。

     しかし、「改革」路線は、そういう道を選択しなかった。一気に推し進めようとする拙速主義が、国民に制度が選択されない脅威のもとに選択したのが、強制・義務化だったというべきです。思えば、法科大学院制度も同様です。プロセスの強制化は、利用されなくなる脅威によるものであり、志望者の選択の自由を認めたうえで、法科大学院の制度的価値を実績として社会に認知させていく、という方法ではありません。根拠も薄弱なまま、国民が求めたわけでもない「必要」と既定された法曹人口の極端な量産「要請」が、それを導き出す役割を果たしました。

     だが、現実はどうでしょうか。裁判員制度は結局、辞退・辞任を認めざるを得ない制度になっています。罰則も、拒否者に使われたという報告はありません。今回の件でも、解任事由がどういうものかは定かではありませんが、「辞任」申し出の全員が厳密な意味で、裁判員法16条8号の事由に該当していたと推測する方が難しく、「実情としては裁判員がもうやりたくないという申し出を裁判所が認めた」(「弁護士 猪野亨のブログ」)という見方は出来てしまいます。要は、結果として、強制しきれない制度の現実にほかならないのです。法科大学院制度にしても、利用者の選択しない姿勢が明白なっていますが、それでも続けられようとしている強制化のツケが、今度は選択されない法曹界という現実を生み出してきています。

     裁判員制度にしても、法科大学院にしても、「改革」の拙速主義の無理と、その失敗を、今、私たちは目の当たりにしているというべきです。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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