「効果測定」とされた司法試験

     以前にも書きましたように、新法曹養成下の司法試験は、法科大学院教育の成果をみる、効果測定という位置付けになっています。ただ、素人の素朴な目線でみると、果たして「プロセス」の効果を、ペーパー試験の「点」で測るということが、本当の意味で可能であるという前提に立っているのかという疑問を持ってしまいます。「プロセス」の教育としながら、「点」が残っていることに対して、この「点」の意味が、法科大学院本道主義のなかでは、もはや以前とは違うのだ、ということを強調したいのは分かりますが、現実はそういうことではないように思います。

     つまり、そもそも司法試験は資格試験でありながら、適正な法曹人口を調整する必要がある試験だからです。いうなれば、社会による採用試験、選抜試験という性格です。教育の効果測定とは別に、どこかで線を引かなければならないこの試験の現実から、もし法科大学院本道主義のなかで、例えば修了者の7、8割合格を維持しようとすれば、当然、法曹として社会が必要とし、かつ、破綻することなく、維持できる最終合格者数から、滞留者数も勘案したうえで逆算した法科大学院の入学者定員を、(受験機会の平等確保の問題をひとまずおくとすれば)それを大学に統制的に課せばいい、ということになります。つまり、司法試験合格者数にあわせた厳格な入学規制です。

     もちろん、こうなれば、必ず「それでは『点』の採用が、結果的に法科大学院入試に移っただけだ」という批判が出てくると思います。ただ、それよりもなによりも、これでは大学側に経済的な妙味がなさすぎる、それどころか、法科大学院経営が困難になる、という話になります。

     そもそも司法試験が、実質的に法科大学院教育の「効果測定」と位置づけきれないのは、現実問題として受験対策をしなければならないことでもはっきりしています。むしろ、「プロセス」としての法科大学院教育を誇るのであれば、いっそのことその成果は、「点」では測りきれるものではないという前提に立ち、一方で、宿命的に求められる社会選抜試験対策を、区別して考えた方が、よほど分かりやすいように思えてしまうのです。法科大学院側からすれば、「プロセス」の教育をきっちり修得したもののうち、少なくとも法曹への道は、選抜試験対策ができていなければ無理、という前提に、はっきりと立つこということです。

     今年の司法試験の結果が話題になっています。最終合格者数2049人。予備試験組の合格率71.9%、法科大学院修了組の合格率25.8%。既に、今回の結果について、多くの弁護士ブログで取り上げられていますが、そのなかで、「黒猫のつぶやき」氏が、興味深い分析をしています。あくまで司法試験での得点を基準に、2006年から今回までの新司法試験の合格者数のうち、旧司法試験の「合格水準」に達している人がどのくらいいるのかを割り出しているものです(「新司法試験を「絶対基準」で評価したら?」)。これを見る限り、合格レベルは大きく下がっていることになります。ブログ氏も、この数値で「本来合格すべきでなかった人たち」といったことを断言する趣旨ではない、としていますが、「効果測定」としてなされている新試験と、旧試験の、この違いを多くの人は認識していない、と思います。

     ただ、ここでも法科大学院側が、言葉は悪いですが、開き直る手が一つだけ残されています。つまり、ここで「これらは必ずしも法科大学院教育の『効果測定』結果ではない」と言い切って、前記したように区別してしまうことです。そもそもが機械的に線引きされる社会選抜・採用試験である司法試験では、「プロセス」の意義を立証するような成果は測りきれていないのだ、と。

     もちろん、そのためには、試験としては25.8%の合格率でも、「点」では測りきれない法科大学院修了者の実力の違い、予備試験組よりも旧司法試験組よりも優れている、「なるほどプロセスを経た人間は違う」というところを、この修了組合格者が、これから社会に示せればいいだけです。そこで、「プロセス」の必要性も、回避の問題性も、社会が認識します。そうすれば、「合格してなんぼ」とはいえ(もちろん、法科大学院で受験対策はする前提で)、あるいは志望者も負担に見合う価値を「プロセス」通過に認めるかもしれないし、そうなれば、法科大学院受験資格化などに拘泥する必要もなくなるはずです。

     しかし、いうまでもなく、少なくとも今は、こういう話にはなりません。「プロセス」の側に、そこまでの自信があるようには到底見えないからです。しかし、どうしても「プロセス」を必要といい、強制化し、旧試験体制ではダメ、とする前提に立つ側に、そもそもこの自信がないのが、妙なのです。少なくとも、予備試験ルートを「抜け道」呼ばわりするのは、まずは本道の「プロセス」側が、その自信と実績を示してからでも遅くはないように、どうしても思えてしまうのです。


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    No title

    入学しておいてこんなことをいうのは一貫しないのでしょうが、「ロースクール教育の成果は試験以外の場所で発揮されている」というならば、それを裏付ける実例がもっと大々的に宣伝されてしかるべきではないかと思うのです。

    例えば、制度発足直後には法科大学院を経た法曹とそうでない法曹とが同時に社会に出た時期もあったと思いますが、これらの人達の間で有意な差がある、ということであれば、その統計を取って公開するだけでも随分違うのではないかと思います。
    大学院側がそれに気がつかないはずはないと思いますので、それが行われないということは、元編集長様のおっしゃるように「自信がない」だけではなくて、その実体も存在するということを意味するのではないでしょうか。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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