同床異夢的「改革」の結末

     1990年代、経済界、政界、弁護士界が、口をそろえて、司法改革の必要性を唱えたときから、弁護士会内の多くの人は、この「改革」が同床異夢というべきものであることを認識してきました。

     日弁連の「改革」路線の中心にいた宮本康昭弁護士は、この点を論文「司法制度改革の史的検討序説」のなかで、的確に分析しています。

     経済界が目指すのは、政治・経済の国際化と規制緩和の中で司法の役割をとらえ、作り変えようとする「規制緩和型司法改革」。当時の自民党も同じ方向を向いていた、この路線は、「事前規制型から事後救済型への社会構造の変革、自由競争と自己責任という勝者の論理を貫徹する中で圧倒的な敗者の不満を紛争解決機能の強化で吸収すると言う新自由主義的発想」に基礎づけられていた、と。「大きな司法」という発想も、現在、起きている紛争の多発が深刻だからというものではなく、将来の事態を予想して備えるというものであるがゆえに、裁判官増員の規模や司法予算増額について具体的な要求もない。

     一方、日弁連・弁護士会が掲げたのは、司法を国民の側に取り戻し、市民に身近で役に立つ司法を確立することを目指す「市民の司法型司法改革」。現に司法の救済を必要としている多くの国民が、それを得られないでいるという前提に立つ。その解決のための「大きな司法」であり、裁判官の増員であり、「司法官僚制の打破」だったのだ、と。

     現実的には、前者の立場をはっきり打ち出している司法制度改革審議会の最終意見書以降、弁護士会のなかにも、来たるべき事後救済社会での、現実的な弱者救済の必要性というとらえ方で、この「改革」を受けとめていた人もいました。しかし、確かに大量の司法の機能不全や泣き寝入りの存在をいう「二割司法」論が、弁護士会の中から唱えられ、強く受けとめられたことでも明らかなように、日弁連・弁護士会の「改革」は、現にある、あるいは潜在している司法救済の必要性を強調し、これに対し、規制緩和の中の「改革」は、主にその未来の必要性に立脚したといえます。

     宮本弁護士は、前記論文で、こう書いています。

      「同じく司法改革を掲げながら、それが同床異夢であるということは始めから意識されていた。日弁連が規制緩和型の司法制度改革に乗ぜられたという批判は当時から、そして現在もあるが、同床異夢の意識を持ちながら尚かつ司法制度改革の流れに乗っていくのが正しいと決断したというのが実相である」

     1994年6月、「改革」に向けた財界からの第一弾のメッセージとして、その後の論議に大きな影響を与えることになる「現代日本社会の病理と処方」を発表した経済同友会。その彼らが、19年後の今日においても、「改革」に対するメッセージを発しています。法曹養成制度検討会議の「取りまとめ」を受けて、6月25日に発表された「法曹養成制度の在り方に関する意見書」。このなかで、述べられている柱は、概ね次のようなことです。

     ① わが国の法曹養成制度の根本的な問題点は、日本とアメリカの法曹養成制度の違いを整理しないまま、アメリカのロースクールを模範として法科大学院を導入した点にある(日本では裁判実務家育成に主眼が置かれ、法廷弁護士中心だが、アメリカの弁護士のうち法廷弁護士になるのは10%程度。アメリカには法学部と司法修習は存在しない。アメリカでは法曹一元のもと、弁護士としての実務経験を重ねてから裁判官へ転身)。
     ② グローバル競争が激化し、法律知識やリーガルマインドを持ったビジネスパーソンのニーズが高まっているが、このような人材の層は薄く、これが日本の経済社会の弱点。今後、日本企業と日本経済の産業競争力を強化していく上で、リーガルバックグラウンドを持った人材(広義の法曹)を多数育成し、優れたビジネスパーソンを輩出することが重要。
     ③ 狭義の法曹(裁判官、検察官、弁護士)には、法曹有資格者の一部がなっていく姿を目指すべき。アメリカと同様に裁判実務家・狭義の法曹以外の新たな分野に、法曹有資格者が進出し、社会の隅々に法の支配の精神を行き渡らせるとともに、日本の企業と経済の競争力を強化していくことが望まれる。
     ④ 法曹有資格者の活躍のフィールドの広さを考慮すれば、年間3000人程度の法曹有資格者を吸収することは可能。将来的な法曹有資格者の活動範囲の裾野の広がりに鑑みれば、年間3000人という目標を現時点で撤回するべきではない。問題視されるべきは、法曹有資格者が様々なフィールドに進出するために、言い換えれば、企業による法曹有資格者の採用を拡大させるためには、どのような法曹養成制度を実現しなければならないかという点である。
     ⑤ 法曹人口の拡大を通じた市場原理が働く環境の整備によって、高い質を備えた法曹を確保することが可能となり、身近で頼りがいのある利用しやすい司法制度が実現する。
     ⑥ 具体的に必要なのは、法科大学院の裁判実務家前提の教育の見直し、明らかに能力・資質が劣る者意外の法科大学院卒業生の司法試験原則合格、司法修習廃止、実務経験の新二回試験受験要件化、法曹一元実現・弁護士実務務経験者の裁判官への登用、企業負担軽減のための弁護士会費減免・公益活動義務緩和。

     企業ニーズとして大量な法曹有資格者が必要になるとする未来像。そこでは、合格3000人は「現実性を欠く」目標ではなく、依然吸収可能である、と。法曹養成は裁判実務家ではなく、ビジネスローヤー養成に主軸を置く。法科大学院は残り、司法試験は形式化し、司法修習は消える。そして、モデルはどうやらアメリカ型。

     彼らの主張を見ていると、結局、これまでに失敗が明らかになった「改革」は、「市民の司法型」の方で、「規制緩和型」にはまだ未来がある、といっているようにも聞こえてきます。市民の需要は大量の弁護士を経済的に支えられない。これは有償・無償のニーズを混在してとらえ、かつ、「二割司法」といった極端で膨大な潜在需要を描きこんで激増政策を受け入れ、現実はそれらでは経済的に支えられないことを前提に必要な条件を議論しなかった「市民の司法型」の失敗ですが、結局は、「規制緩和型」の方が目的を貫徹しようとしているということです。そして、彼らの主張のどこにも書かれていないことでも明白なように、市民ニーズは二の次に追いやられ、気が付けば、現実的には弁護士が増えるなかで、アメリカ型の「訴訟社会」も出来上がっているかもしれません。

     今でも、この「同床異夢」の「改革」の本質をあいまいにしたまま、「理念は正しい」という方々が弁護士会には沢山いますが、宮本弁護士の一文にあったように「乗ぜられた」のではないかということを、いよいよ正面から疑わなければならない段階に入っているように思います。


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    雑誌「世界」2000年3月号は、司法改革特集でした。
    http://www.iwanami.co.jp/sekai/2000/03/directory.html

    そこに宮本康昭弁護士も登場しています。

    鼎談で、小田中教授と枝野議員は、司法制度改革が規制緩和・撤廃の構造改革の一環であることを明確に意識していたのに対し、宮本弁護士は牧歌的なことを言われていたという記憶があります。

    当時、せめぎ合いという言葉はよく使われていましたが、結局、日弁連が目標としたものは何一つ獲得できず、執行部が「成果」だと宣伝したものもイミテーションに過ぎず、ほぼ完全敗北に終わりました。

    それでも、日弁連執行部は司法制度改革審議会意見書を「成果だ。」と強弁し続けているため、自縄自縛に陥いりました。司法審意見書以後、日弁連執行部の、せめぎ合いの相手が、新自由主義構造改革ではなく、会内の批判派に変わりました。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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