「大きな司法」論が飛び越えたもの

     1990年代以来の司法改革論議のなかで、「二割司法」と並んで、多くの弁護士を幻惑した言葉として、「大きな司法」があります。「小さな司法」から「大きな司法」へ。この発想は、「二割司法」が描いたような、膨大なこの国の司法の機能不全の存在を前提に、その要因が司法の抑制政策にあるというもので、それが生んでいる現状である「小さな司法」の転換を、司法改革の根本に位置付けるものでありました。法曹三者全体の増員、司法の物的基盤の整備、法律扶助の拡充等、多くの「改革」メニューが、この「大きな司法」と結び付けられて語られました。

     法曹三者のなかで、この言葉に一番反応したのは、弁護士であったと言っていいと思います。非営利的な活動に触れてきた弁護士こそが、国家予算に占める割合0.3~0.4%という司法予算の低さを一番敏感に感じる立場にいたことからも、それは想像できることです。「大きな司法」という言葉をストレートに受けとめ、司法拡大政策を主体的に受けとめる弁護士たちが登場することになった、一つの背景ということもできます。

     日弁連の「改革」主導層の、この言葉の受けとめ方には特徴があります。徹底的に「大きな司法」が社会の要請であるという描き方です。市民生活のなかにある「小さな司法」が生み出している様々な不合理と不正義の克服。それを解消する「市民のための」改革を、日弁連が主導し、担うのだという自覚につながるものです。そのなかで、法曹人口増員論議そのものも、規制緩和論者が唱えるものと一線を画そうとする論調も存在していました。いわく、規制緩和論の立場の増員論は、利潤と効用の極大化を本質とする市場経済原理の経済システムからの要求であるのに対し、日弁連のそれは市民の司法・弁護士へのアクセス障害を除去するための、いわば憲法理念に基づくのだ、という言い方もありました(大川真郎弁護士「司法改革~日弁連の長く困難なたたかい」)。

     さらに、もう一つの特徴を挙げるとすれば、それが自虐的であったという点です。今回の「改革」論議以前も、法曹一元というテーマのなかで、いわゆる給源の問題として、弁護士会が弁護士増員の必要論を唱える局面はありましたが、それを積極的に打ち出してはこなかった。そこに「小さな司法」を生んできた責任の一端がある、という受けとめ方です。前記規制緩和論のなかの増員論との違いのなかで、彼らが弁護士の増員を中心に求めているのに対し、日弁連は法曹三者トータルの増員を要求していることを挙げていた日弁連が、結局、法曹人口増=弁護士増のような「改革」路線に引きずり込まれていった、その一つの要素であるように思います。

     ところが、これらはいわば「描かれた世界」に端を発したものであることが、今、明らかになりつつあります。「二割司法」には根拠はなかった。極端に描かれた機能不全の世界。現実は、法曹人口が増やされ、予算が拡大し、機能不全が解消される「大きな司法」が、この国に実現するという未来ではありませんでした。弁護士だけが大幅に増えた世界に、法曹の需要はなく、弁護士自体が経済的に支えきれなくなりつつあり、むしろ採算性の採れない需要に応える弁護士をこの国から奪い、さらには市民が遭遇する弁護士の質を危ういものに変えつつあります。そのなかで、日弁連が一線を画したはずの規制緩和論から来る論調が、競争による淘汰による良質化、低額化を織り込んで、依然、増員の旗を振り続けています。

      「小さな政府」がいわれても、司法だけは「大きく」しなければならないという日弁連の主張は、国民の負担という問題を、前記したような「二割司法」と、その解消への社会的要請の存在によって飛び越えるものでもありました。しかし、それが「描かれた世界」から出発したものだったことによって、果たして国民がその負担を自覚し、合意していたのかという問題が浮き彫りになっています。財政的な負担のみならず、そもそも弁護士や司法に依存しなければならない社会、私人間の話し合いになにかにつけ弁護士が介入する社会、さらにいえば、需要がない状況で繰り広げられる弁護士の「生き残り」策に付き合うことも、果たして市民が望んだのか、望んでいるのかということも問われるべき状況になっています。「訴訟社会」という文字も、そこには浮かんでくるはずです。

      「司法予算を増大させるということは、司法を利用しない人にも司法予算を負担すべきということを意味する。司法にかける費用はなるべく小なくて済む社会を築くべきである。また、個人の収支にしても司法関係に大きな部分をさかなければならないような社会を目指すべきではない」
      「適正な限度の『小さな司法』原理の下でも、これからの国際化・高度複雑化社会においては、紛争解決機能としての司法の役割が増えることは避けられない。その意味で、『小さな司法』原理の下でも司法予算のある程度の拡充は不可欠である。そうであればこそ、適正な限度の『小さな司法』原理をあくまで採用して国民に対し少ない財政的負担増で済ませられる社会を目指すべきてある」(武本夕香子弁護士『弁護士人口論の原理と法文化』「司法改革の失敗」)

     経済的に大量の弁護士を支えるだけの需要が果たしてこの国にあるのか。市民は弁護士に依存する社会を求め、本当に司法におカネを投入する用意と覚悟があるのか――。「描かれた世界」を基にした「大きな司法」の発想あるいは正義によって、こうした問いかけをしないまま、等身大の市民の意思を飛び越えた結果が、現在の状況であるように思えます。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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