「弁護士流」の扱われ方

     6月14日付け週刊ポストが、こんな刺激的なタイトルの記事を掲載しています。

      「この国の政治を歪めている『弁護士政治家』の研究」

     刺激的とは書きましたが、このタイトルは正直見ただけで、何を取り上げようとするのかは大体、想像できてしまいました。刺激的なのは、括り方の問題で、実はそこでいわんとすることはベタというべきかもしれません。ただ、そこが、いまや当たり前の弁護士の扱われ方という意味で、この記事の一番の読みどころだったように思います。

     案の定というべきか、話は件の「橋下発言」からです。弁護士でありながら、杓子定規に法律を振りかざすのではなく、時代にそぐわないものを変える、枠組みにとらわれない斬新さが売りだった橋下徹氏。

      「その橋下氏が今回の『従軍慰安婦』発言で苦境に陥った時、釈明と自己正当化の論理で『弁護士病』を発症したことは、橋下氏を『政治家』として見ていた人々に一種の落胆を与えたのではないか」

     この「弁護士病」ということが、記者が言いたいことの一つのキーワードです。釈明と自己正当化を繰り出す手法。そのプロとして弁護士流がしばしば登場する「弁護士政治家」の政治に読者の目を向けようとしています。そこで記者が「弁護士政治家」の共通する具体的な手法として挙げているのが「論点のすり替え」です。

     軍への性的サービスはつきものという前提で、合法な日本の風俗の活用を沖縄米軍に提案したような主張、少なくともそうとられたことに対して、「誤報」として報道機関に責任を転嫁し、日本の慰安婦制度を反省すべきだが、各国の兵士が女性の人権を蹂躙した事実に真摯に向き合うべきだという趣旨だったと論点を変えた――。

     こういう「論点のすり替え」が「弁護士政治家」の言動には、過去にも見られたのだと。2010年の尖閣列島での中国漁船衝突で、「国内法で粛々」という言葉とともに、那覇地検の対応に任せ、中国船長を処分保留釈放させ、強制送還させた当時の仙石由人長官が、国会で追及されると「捜査に対する政治介入」や「指揮権発動」を挙げた振りかざし、弁明したこと。翌2011年の東日本大震災で、直後、放射能拡散データ―での被害想定を公表せず、例の「ただちに」影響はないなどとする「安全」情報を流した当時の枝野官房長官が、国会で追及されると、「被害者の誤解」「情報発信というより政府の情報集約とそれに基づく想定ができなかったこと」などとしたこと(「『弁護士流』とされた官房長官会見」)。

     いかにも結果責任が問われている場面で、それを違法合法という尺度を絡めた、自己の責任に対する弁明を巧みに繰り出す。そんな「弁護士政治家」の姿を私たちは見てきたのではなかったのか、というわけです。さらには、小沢一郎氏の陸山会事件でも、民社党内の弁護士政治家たちが、強制起訴を理由に同氏の政治活動を封じ込めた「弁護士政治家の正義」と、瑕疵の違法性を問うことよりも、有権者への責任を果たすことが重要という「政治家の正義」のぶつかり合いがあったとしています。

     一見すれば、この記事は弁護士流、あるいは「弁護士病」が出てくる「弁護士政治家」は、政治家として問題、要は弁護士という職業の人間は、政治家には不向きであるという目線の提示に読めます。ただ、これは別に昨日今日いわれている話ではなく、ずっといわれていたことではあります。

     以前、触れましたが、かつてある著名弁護士議員が、弁護士を前に、「もし、議員になるならば、弁護士が板につくまえにした方がいい」という趣旨ことを言っていたことがあります。もちろん、これを弁護士の公明正大性の話ととれば、それこそ永田町の論理に巻き込まれろというのも変な風に聞こえますが、要は裁判や法的な場面の議論で繰り出す弁護士流は通用しない世界、政治の世界に来るからには頭を切り替えろということでした。

     前記ポストの記事では、橋下氏の「論点すり替え」と弁護士の手法との関係について、長瀬佑志弁護士のこんなコメントを掲載しています。

      「弁護士は民事の法廷で非を認めたらば負け。こちらが不利だと判断すれば、論理構成を変え、争点を変えようとすることもあるが、政治家として法廷での論理やテクニックで国民の信頼を得られるかといえば、少し違うのではないか」

     政治の世界で目立つ弁護士政治家の、こうした問題性の指摘は、立法の世界での弁護士活用の可能性を強調したい弁護士会側の意向には、そぐわず、弁護士こそ能力的に活かされるという主張は、弁護士の体質的問題で足を引っ張られる現実があるようにも見えます。ポストの結論も政治家になるなとはいわないが、「ひまわれバッチ」をつけたままこられては、立法府は劣化する、というもの。体質的な「弁護士流」をなんとかしてからこい、という話です。

     ただ、この記事が伝えるもう一つ、気になることがあります。それは、当然のようにふられる、いわば社会的認知として、もはや容易という前提に立っているようにとれる「弁護士病」という扱いです。政治家の中に、それを見つけ出すことができることの問題性を掲げたこの記事ですが、弁護士の方は「弁護士病」で片付けられるのかどうか、そこは弁護士への信頼ということでは、何の問題もないのかということです。法律の理屈を振りかざしても、社会の実態を知らない弁護士の存在を、この記事でも郷原信郎・関西大学特任教授が指摘しています。

     この記事を読んだ読者が、国政では困るが、本業ではどんどん「弁護士流」「弁護士病」でやってくれ、と果たして思うのか。もはやベタといえるような扱いを見るなかで、弁護士への信頼とはそういうものなのか、その辺が気になるといえば気になります。


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    No title

    >「弁護士は民事の法廷で非を認めたらば負け」

    そういえば兵庫県明石市長(弁護士)も、議会で虚偽答弁を非難されたときに「弁護士は謝罪しない」と反論して大紛糾したと聞きます。
    弁護士の信用失墜につながりかねない発言でしたが、さすがに懲戒請求は出ませんでしたね。

    No title

    弁護士もすっかり悪役になりましたね。
    このブログのコメント欄を荒らしている人たちも満足ではないでしょうか。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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