「医師」に例える思惑

      「社会生活上の医師」という言葉に一番飛び付いたのは、ほかならない弁護士であったように思います。司法制度改革審議会が、法曹のあるべき姿として例えたこの言葉は、同会の意見書にも、「国民がその健康を保持する上で医師の存在が不可欠であるように」という前ふりがあるように、医師という存在が持つ、国民にとっての「身近さ」「日常性」あるいは「予防」という要素をそのまま法曹、とりわけ弁護士に被せたものですが、それがいかに弁護士にとって魅力的であったか、ということでもあると思います。

     弁護士を医師に例えることの、いわば無理はこれまでも書いてきましたが( 「弁護士は医者と同じ?」 「『改革』の『誤ったメッセージ』」)、おそらくそれはどこかで分かっていても、「社会生活上」という限定付きで、何やらこの例えが、「言い得て妙」的な受けとめ方がされ、それが少なくとも弁護士の自覚として、あるいは目標として、表明するには、非常に座りのいいものと、(ここが肝心なところですが)弁護士が感じた、ということだったように見えるのです。

     ただ、弁護士の意識のなかにあったのは、それだけだったのか――。少し別の解釈をすることもできます。

     弁護士による「改革」路線批判の「決定版」として、以前ご紹介した「司法改革の失敗」(花伝社)のなかで、著者の一人である武本夕香子弁護士が、この弁護士を医師に例えることのおかしさを、正面から取り上げているところがありますが、このなかにこういう説明が出てきます。

      「医師の闘うべき相手は病気という『絶対悪』であるのに対して、弁護士が闘うべき相手は生身の人間で、必ずしも『絶対悪』といえるような存在ではないこと等において、弁護士を医師と同列に扱うことはできない」

     これが、どういうことを意味するのか――。弁護士が相手にしている依頼者の主張は、必ずしも客観的事実と合致しているわけではない主観的事実を反映したものであり、弁護士の闘いはそのぶつかり合い。一方の主観的事実と他方の主観的事実が符合しないのも、その双方の主観的事実と客観的事実が別物なのも当たり前。相手側主張にもそれなりの正当理由がある場合も多く、勧善懲悪事件が必ずしも多いわけでもない。そんななかで、弁護士が増えるとは、どういうことになるのか。武本弁護士はこう続けます。

      「我々弁護士がありとあらゆる事件を裁判にすれば、被告として呼び出される人がそれだけ増えることを意味する。弁護士が容赦なく徹底的にトラブルを見つけ出して闘うということは、すなわち訴えられる相手がそれだけ増えるということにほらない」
      「弁護士が社会のありとあらゆるトラブルを見つけ出して法廷の場に持ち込み、或いは、法改正を行うことにより業務拡大を行い、弁護士数の急増を支えることはできるかもしれない。が、果たしてそれで良いであろうか。市民は、そのような社会を求めているのであろうか」

     この医師は「絶対悪」と闘い、弁護士が「相対悪」と闘うという違いこそ、武本弁護士は「決定的」な違いであるとしています。そして、これが、実は弁護士が冒頭の言葉に飛びついた、もう一つの理由ではなかったのか、と思えるのです。多くの弁護士は、実は自らが「不幸産業」であることを強く自覚しています。その気持ちが強いほどに、その決定的な違いに着目せず、共通項をつまみ出すような表現に魅力を感じてしまうということがあったのではないか、という想像です。逆のこともいえます。一方で「改革」が「社会のすみずみ」に弁護士が乗り出すことが、国民のために良いことと描く以上、武本弁護士も説明するような、その負の効果を覆い隠すような表現もまた、どうしても必要であったととらえることもできます。

     司法審がこの表現を使った時、もちろん弁護士の自覚を促すことが念頭にあったことは想像できますが、当然、マスコミを通じて社会に流れるこの表現が、「改革」がもたらす、歓迎すべき弁護士の未来像として受けとめられるという読みもあったと思います。

     ただ、今にして思えば、前記例えには、そこに弁護士の実態とは違う、「改革」とあるいはそれを受けとめようとする弁護士にとって都合のよい思惑と、大マスコミを含めて、前記「決定的」違いを伝えなければ気付かれまいとするような、大衆に対する侮りを見るような気持ちにさせられるのです。


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    No title

    弁護士が税金で保護される?
    一体どこの国の話をしてるんですかね
    日本では、弁護士を税金で保護するようなシステムは全くありませんよ
    法科大学院も司法試験も自分で学費や受験料を支払ってますし、
    司法修習ですら費用自己負担です
    国選弁護制度や民事法律扶助は依頼者保護の制度で費用も低廉
    その程度のことも知らないで国民の多数の代表気取りとか片腹痛い

    No title

    どれぐらい経ちましたっけ。
    司法修習なんか無駄だと、刑事弁護士どころか検察官まで公然と侮蔑してひと騒ぎ起こした渉外弁護士の卵がいましたね。あいつ、もう修習終わって、晴れて弁護士バッジつけて念願の書類イジリで大儲けしてるのかな? 

    No title

    >そういうことに味方する弁護士がいても良いと思います。しかし、そういう弁護士を、何故国民全体の税金で保護しないといけないのでしょうか?

    立場が変わればわかります。
    このコメントには,例えば,自分は絶対に,刑事被告人にはならないという前提があるのでしょう。
    ところが,その前提は,簡単に覆されてしまうことは,人類の歴史が証明しています。
    とんでもない冤罪事件に巻き込まれた時(もっとも,そう思っているのは本人だけで,それ以外の全国民は,彼を犯人と思っています),自身と親族を除く全国民が彼を敵視しても,弁護士は彼を守らなければなりません(それが仕事ですから)。
    そして,その冤罪事件に巻き込まれる可能性が,等しく全国民にあるから,国選弁護制度があったり,司法修習制度があったりするのだと思います。

    No title

    >この医師は「絶対悪」と闘い、弁護士が「相対悪」と闘うという違いこそ、武本弁護士は「決定的」な違いであるとしています。


    相対悪というのは、国民の一部は悪だと思うけれど、他の国民は良いことだと思う事柄ですよね。

    そういうことに味方する弁護士がいても良いと思います。しかし、そういう弁護士を、何故国民全体の税金で保護しないといけないのでしょうか?
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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