裁判員裁判被害国賠が浮き彫りにする「不都合」

     裁判員裁判で急性ストレス障害となった裁判員経験者が国賠訴訟を提起する(5月7日、仙台地裁)に至り、大マスコミはこぞって、参加する国民の「負担軽減」が急務ということを言い出しています。ただ、いうまでもなく、これはあることを前提にしています。この制度が存在する意義を根本から認めて、その是非はいまさら問わない、という前提です。つまりは、制度ありき。その意味では、実際行われてしまう裁判員裁判へ参加する市民たちの現実的救済ということで理解はされてしまうかもしれませんが、そもそも負担軽減によって、この制度を存続させることが妥当なのか、という点では、このベクトルが国民の意思を反映していると即断することはできないはずなのです。

     実は、前記急性ストレス障害になった、裁判員制度の被害者が、前記訴訟で訴えているのは、軽減されるべき負担が軽減されていない制度の問題ではありません。訴状には、こう書かれています。

      「原告は、前述の証拠調べについて、裁判官や検察官がとったその手段方法に過失があると主張するものではない。本来、裁く立場に立つ者は、全ての証拠と正対し、冷静に判断する能力を有し、そのようなことに耐えられるように訓練を受けた者であるべきものと考えるからである。問題はかかる制度の存在であり、かかる制度を制定したことにある」

     証拠調べで映し出された被害者の遺体等のカラー写真やモニター、消防署に救いを求め断末魔のうめき声か聞こえる録音テープ。被害者の女性は、嘔吐や不眠に悩まされ、それらの映像や音声のフラッシュバックにも苦しんでいます。こうした事態を受けて、既に、カラ―の証拠を白黒にして、裁判員のショックを和らげようとする当局の動きもあると伝えられています。しかし、そういう問題ではない、と。

     本来の裁判の在り方としては、むしろ裁く側が証拠に「正対」するのは当然であり、そこを曲げるという筋の話ではないのではないか、ということです。この件にかかわった裁判員のなかには、証拠はやはり「赤裸々であるべき」とする声があったということも報道されましたが、市民の感覚としても、そういうものが存在するということです。

     実は、これは裁判員制度を推進しようとする側には、非常に都合が悪いテーマというべきです。なぜならば、重大事件を訓練も職業的自覚もない、素人に「強制」して裁かせている「無理」、そしてその「無理」が原因で生まれている「負担」を、裁判官裁判ではあり得ない形で「軽減」することに、国民が了解していないことがはっきりしてしまうからです。

     そして、そのことは、この制度が、本来の刑事裁判の目的からして主役であるはずの「裁かれる側」を脇に置き、制度存続のために「裁く側」を中心に配慮する、その根本的なおかしさに国民が気付いていることを示してしまうのです。当然、導き出されるのは、適正さを犠牲にして、国民に「強制」までする制度の価値への疑問です。

     大マスコミをはじめ、制度の推進派は、こうした当然の疑問を「国民参加」の「民主的」とされる大義で、一気に飛び越えようとしてきました。司法への民意の反映、国民の司法への理解増進といった意義を伝えることで、この意義の前に、「裁かれる側」より「裁く側」を重視しても、訓練も職業的自覚もなくても、さらに「強制」であろうとも、「いいんです」と言い続け、極力、国民のなかに生じ得る当然の疑問を喚起しないできた、喚起するような切り口も、その点で国民の意思を聞く問いかけもしないできた、というのが現実です。

     推進派にとっての、前記不都合さは、まさにここを根本的にひっくり返すことにつながる不都合さということもできます。裁判員制度制定に当たり、国民の人権に重大な影響を及ぼす制度でありながら、法案国会提出後、成立まで、わずか2ヵ月20日、実質審議両院あわせて12日間、この短期間に、「強制」にかかわる憲法適合性がほとんど議論されなかった事実を指摘して、前記訴状はこう書いています。

      「刑事司法改革と言っても、一般国民に罰則付きで裁判に駆り出すことを内容とするものであれば、その憲法適合性の問題は容易に考えられることであったのに、国会の著しい審議能力の欠如により、かかる違憲の法律を簡単に成立させてしまった。これは国会議員という公務員の明らか且つ重大な過失である」

     本当の「過失」は、ここにあるのだということです。以前、書きましたが、「民主主義の申し子」などいわれながら、それを国会で通した国会議員たちが、制度の本質的な問題を理解していなかったことをうかがわせる事実があります(「『国会通過』という御旗」) 。 

      「大義」の上に、参加する国民の「負担軽減」をいう論調は、依然、「強制」という制度の本質的問題を飛び越えようとするものにほかなりません。裁判員制度をめぐる本当の「過失」と、さらには推進しようとする側が現実を隠す「故意」という視点から、この国賠と制度の現在をみつめる必要があるように思います。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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