中坊弁護士の時代

     中坊公平氏が、まだ弁護士であったころ、彼と元東京地検特捜部検事の堀田力弁護士の「司法改革」に関する対談を企画したことがありました。その冒頭、堀田氏は、彼に、こんなとても印象的な言葉をぶつけたのでした。

      「中坊ゴルバチョフ説というのがあるのをご存知ですか」

     ソ連でペレストロイカ(改革)を断行したミハイル・ゴルバチョフが、国際的な評価が高いのに対して、国内的には不評であることに、社会的な評判に対して、弁護士界内で批判がある中坊氏をなぞらえる説があるのだ、と。この時は、中坊氏は、知っているとも知らないとも言わず、顔を曇らせることもなく、にこやかに返していました。しかし、今にして思えば、この現実にこそ、あるいはその後、彼が終生背負うことになった誤算があったように思えるのです。

     彼の人生には毀誉褒貶という言葉が、しばしば被せられますが、その言葉通り、彼の評価は大きく割れています。「ミスター司法改革」といわれ、弁護士会の「改革」路線には「中坊路線」とまでいわれるような「改革」功労者・指導者としての評価がある、一方で、弁護士・会あるいは法曹界を混乱に陥れた「A級戦犯」という評価もあります。また、司法試験合格3000人を含めた彼の提唱した方針は、内部に抵抗者を抱えた弁護士会と、それを取り巻く政治状況の大きなギャップのなかの、ぎりぎりの選択だったというとらえ方もあります。

     大マスコミの中坊氏に対する評価は、今でも「市民派」であり「平成の鬼平」であり弱者の見方ですが、弁護士界のなかには、その印象とは全く正反対の権力体質をいう人が古くからいました。彼が社長を務めた住管機構が行った警察と連携した情報収集や強力な債権回収、さらには、その先にあった詐欺容疑での告発、そして廃業までを、その体質のなかで語る人は沢山います。また、その一方で、彼によって経済的にも恩恵を被り、また彼の路線に旗を振った、「チルドレン」とされる人々を含めた弁護士たちの存在。廃業した彼が、大阪弁護士会に再登録を希望したときに、彼らが必ずしもそれを後押ししたわけではなかったことなども含めて、中坊氏に対する一種の同情論まで、存在しています。

     これは、彼にとって、やはり想定外の運命だったと思います。彼の評価は、彼の推進した「改革」への評価とその責任ということに、まず、直結していますが、毀誉褒貶の始まりは、彼の拠って立っていた弁護士会の分裂にあったというべきかもしれません。彼の根本にあったのは、弁護士が一丸となって自ら打って出る「改革」、そこに日弁連会員がまとまるという想定です。当初、反発があっても、「改革」の成果とともに、反対派も合流せざるを得なくなるという自信というべきかもしれません。

     実は、あまり知られていない事実があります。日弁連会長に就任して間もない1990年6月、中坊会長が日弁連全委員会に提案した「司法制度改革10年計画」という私案の存在です。日弁連の「正史」には、どこにも記録されておらず、いまや多くの弁護士に聞いても記憶にない、その提案には、陪審制度導入、裁判官人事への国民意見反映、民事裁判制度全面改革、行政訴訟制度改善などを掲げつつ、こうした「改革」実行への、日弁連・弁護士会の組織体制強化、その前提となる自治強化として、倫理規定明確化と綱紀・懲戒の厳正化を強力に進めることがつづられていたのでした。

     当時、取材した時、「10年計画」という名称が、それまでの弁護士会の方針策定であまりみられない表現として印象に残りました。ただ、今にしてみれば、それこそ司法制度改革審議会に至る十年の弁護士会について、この時、中坊氏のなかに、実は明確なビジョンがあったことを、この計画は教えていると同時に、「改革」一丸への確固たる想定があったことをうかがわせます。その一丸の過程では、陪審制もさることながら、弁護士会長年の悲願である「法曹一元」というテーマも、重要な役割を果たすとみていたと思います。

     彼は、「野戦の指揮官」に自らを喩えていますが、より彼の自覚のなかにあったのは、彼がしばしば使っていた「牽引車」という言葉ではなかったのか、と思います。自らが「改革」の強力な「牽引車」となるという意識は、指導性への自覚であると同時に、必ずや付いてくるものの存在への強い意識の表れでもあります。もちろん、引っ張っていく先には、弱者や庶民のための司法がある、ということを、彼は弁護士会内外に「改革」のイメージとして発した、少なくとも弁護士会外については、それが成功したからこそ、彼はゴルバチョフにはならなかったということになります。

     ただ、もう一つ、マスコミが振り返ることもない彼に関する事実をここに書きとめておかなければなりません。1998年12月の住管代表であった中坊氏による、強制執行妨害罪での安田好弘弁護士の告発です。これは多くの弁護士を驚かせました。この告発の根拠が、警察の逮捕令状の発布を根拠にしていたからでした。日弁連会長まで務めた弁護士が、警察の逮捕方針をなんの躊躇なく丸のみして、刑事告発を求めるという現実です。

     翌年の保釈記者会見で、私は安田弁護士にこのことについてどう思うか尋ねました。彼は、次のように答えました。

      「気がつかないうちに警察が住管を支配している。警察の力はそれほど大きくなっている。人数といい、予算といい、その人達がもつネットワークの広さといい、そして外郭団体といい、あるいは退職後に就職すべき場所といい、今まで利害団体などなかったものが二重にも三重にも、そしてほかの分野にも警察の力が広がっていく。住管でさえも、警察の要請に従わざるをえなかった、というのが現実じゃないですか」

     その支配の中に、中坊氏がいた事実が、分かりやすく大衆に伝えられることはありませんでした。別の顔は、意図的に伝えられず、彼のイメージは固定化されていったように思います。7年後の彼の廃業に際しても、大マスコミの表現には彼を傷つけまいとするような配慮がみられました。「改革」の「牽引車」であり弱者の味方である彼を傷付けることは、この「改革」まで傷つける。彼は、既にそういう存在であったととることもできます。

     彼は、元弁護士として、この世を去りました。そして、「改革」路線に、弁護士は一丸となれず、弁護士の増員も法曹養成も、彼が「牽引」したい方向にもってはいかれませんでした。「司法改革」批判が強いことを、見舞に行っていた司法審会長の佐藤幸治・京都大学名誉教授にこぼしていたという話が報じられています(5月6日付け朝日新聞朝刊)。弁護士としても、「改革」の「牽引車」としても、また二つのイメージで語られる自分にも、本当は彼はとても不本意だったのかもしれません。

     影響力のあった人物の他界に際し、「ひとつの時代が終わった」という表現が使われます。ただ、中坊弁護士の時代が終わっても、それに続く列車は走り続け、彼がこの世にいなくなっても、まだ止まっていません。しかし、彼がイメージづけたところとは明らかに違う方向へ走り続ける列車は、「牽引車」である彼としては不本意なのか、どこに誤算があったと思うのか、その本当の気持ちを尋ねることはもうできません。

     ご冥福をお祈りいたします。


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    No title

    毀誉褒貶とは片腹痛い。
    誰がどう論評を加えようと、中坊に対する評価が変わることはない。
    少なくとも売買価格を偽って抵当権を抹消させた行為は詐欺そのもの。
    その時点で弁護士として最低である。

    No title

    死人に鞭を打つ行為を嫌うのは感情として分からんでもないが、じゃあヒトラーも亡くなったから賞賛されてしかるべきなの?という話でしょ。
    私にとっては、司法改革を推進し、3000人構想の中心人物、法曹一元かなんか知らんが、今のばかげた司法試験合格者2000人時代に関与した人間というだけで肯定的な評価はあり得ない。

    あくまでも個人的意見だが、中坊公平を非難・批判する声が、故人だからという理由だけでかき消されるのは相当とは思わない。
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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