反省なき「改革」を支える人々

     司法試験合格「3000人」方針撤回の現実化を踏まえ、郷原信郎弁護士が、この「失敗」への姿勢というテーマに関して、自身のブロクで、鋭い指摘を展開しています。タイトルは、「法曹養成改革の失敗に反省のかけらもない『御用学者』」

      「法曹資格者の大幅増員」を目指した法曹養成改革は、法科大学院への補助金という膨大な財政上の負担を生じさせながら、法曹資格のとれない法科大学院修了者、法曹資格をとっても就職できない司法修習修了者を生み、資格がとれないリスクが志願者減、人材の質低下、それで合格者が増やせないという悪循環に。さらに弁護士の需要は高まらず、就職難とワーキングプア弁護士が急増――。

     郷原弁護士は、こうしたまさに「改革の当初の想定とは全く異なる」状況を指摘したうえで、この失敗に対し、「誰が反省し、誰が責任をとるのか」という問題を提起しています。このブロクでも書いてきましたが、弁護士会内の推進派も含めて、この責任という視点が全く欠落している、そもそも前記したような現実を前にしても、失敗そのものを認めない方々が、依然支えようとしている、この「改革」の実相があります(「顧慮しない『改革』路線の責任」 「『失敗』を認めない日弁連会長」)。

     郷原弁護士は前記タイトルつながることとして、自身が総務省顧問としてかかわり、今回の法曹養成制度検討会議の「中間的取りまとめ」に先駆けて、「3000人」方針撤回の方向を示唆した総務省の政策評価(「『支障ない』と評価された合格3000人未達成」)に対し、法科大学院協会側から強い「横槍」が入った事実を改めて明かしています。

      「このような総務省の政策評価に対する法科大学院協会側の反発の中心になっていたのは、司法制度改革審議会の中心メンバーとして法曹養成制度改革を主導してきた大学教授だったようだ。この大学教授は、典型的な法務省の『御用学者』で、検察不祥事からの信頼回復のための法務省の『検察の在り方検討会議』にも委員として加わり、刑事司法に関して長々と大学の講義のような発言を行ったり、検察に厳しい意見を述べる江川紹子氏や私の意見に対して異論を述べたりして、会議の議論が抜本的な改革の方向に向かうことに抵抗してきた」
      「そして、今回の政府の法曹養成制度検討会議にも委員として加わり、『司法制度改革審議会報告書の提言の方向性は間違っていなかった』『現状で合格者が2000人にとどまっているのは、受験者の能力がないからに過ぎない』などと述べて、司法試験の年間合格者数を『3000人程度』とした政府目標を撤回することに反対している」
      「自分が主導して進めてきた法曹養成制度改革が根本的に誤っていたために、制度が立ち行かなくなり、国に膨大な財政上の損失を与え、多くの若者達を露頭に迷わせる結果になったことについて、何の責任もとることなく、反省をすることもない。そればかりか、その誤りを是正する政策評価の動きに対しても『学問の自由』を盾にとって抵抗し、制度改革の見直しを遅らせようとする。それが、法学の世界の『大御所』の実態なのである」

     実名こそ挙げていませんが、少なくともこのブログをこれまでお読みになられていた方で、この人物が誰なのか、分からない方はいらっしゃらないと思います。「改革」を前記したような失敗にとどめず、さらなる失敗の未来に向けて推し進めようとしている方々がいること。そして、彼らがどういう立場の方々であること。多くの国民が知らない、大マスコミが伝えようともしない現実です。

     ただ、一点、郷原氏の指摘のなかで、気になるのは、ニーズ拡大のための法曹の変革の必要性に言及している点です。いわく、旧来の司法の世界は社会の周辺部分で機能し、普通の人のトラブルではなく、異端者のトラブルを対象にしてきた。「社会の要請に応える」ことを目指すのであれば、個人や組織が法令を使いこなすことをサポートする、「法令と社会的規範の相互関係を把握し両者のインターフェース(接点)の機能」を果たしていくことが求められる、と。郷原氏は経済社会が法曹をそうした存在に変えていくことの必要性をいい、その前提を欠く「改革」の失敗の必然性にも触れています。その点でも、法曹の変革の必要性を、弁護士の精神論や「競争」に丸投げするような、「改革」論調とは明らかに異なります。

     ただ、もし「社会の要請に応える」という視点に立つとしても、彼が挙げる法曹教育以外の、経済社会の中心部で使いこなせる法曹というものへの具体的道筋、とりわけ無償性を伴う大量の個人のニーズに対応するために必要となる経済的基盤が、どう担保されるのかが見えないところが、大きな問題であると思います。「増員」でなんとかなるとしてきた「改革」路線に対して、そこに何が提示できるのか、という問題です。

     郷原弁護士が厳しく指摘した反省なき「御用学者」の姿は、その彼にとどまらず、「改革」の失敗を認めず、同弁護士も提起している前提に目を向けない弁護士会内推進派や大マスコミの姿勢ともつながります。彼らもまた、結局のこの「改革」の無責任の構造を支え続けていることを、まず、自覚する必要があるように思えます。


    ただいま、「法曹養成制度検討会議の『中間的取りまとめ』」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。http://www.shihouwatch.com/

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    No title

    現状をどうにかすべきですが、井上・佐藤・岡田・高橋・久保利は絶対に許してはいけない存在です。

    No title

    彼らがいまさら反省したとか間違っていたということは考えにくいのですから、とりあえず、まずは黙ってもらうことが一番の目的でしょう。そのためには、反省しろというのではなく、逆に彼らの逃げ道を用意することだって必要かもしれません。
    最終目的は彼らに反省してもらうことではなく、現状をどうにかすることでしょう。

    No title

    ↓ 論点が違ってませんか?
    改革の当初の想定とは全く異なる状況になっていることが明白になっているにもかかわらず、現実を直視しないで、その事実を認めようともせず、反省もせず、さらに改善を妨害しようとする井上正仁らを無責任だと非難しているのであって、「責任者を出せ」、「反省しろ」、「謝罪しろ」、「頭を下げろ」というのとは違うと思いますが。

    また、当時の経緯を単位会の執行部としてある程度知っていますが、彼らが役人たちによって担ぎだされた神輿だったとは到底思えません。明らかに主犯です。

    No title

    「責任者を出せ」、「反省しろ」、「謝罪しろ」、「頭を下げろ」というのは、日本人の悪い癖です。失敗した人を見つけ出して、皆で袋叩きにする社会。皆が失敗を恐れて、改革をしないのは、こうした日本人の傾向のせいでしょう。

    司法改革で主導的な役割を果たしたとして名前があげられる弁護士や学者がいますが、失敗したときに矢面に立たないために役人たちによって担ぎだされた神輿かもしれません。真実は分かりませんが。

    反省や責任の所在を追及するのではなく、制度を変えることに全力を尽くすことが重要だと思います。

    No title

    よろしく
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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