危機意識を喚起しない姿勢という「不安要素」

     司法に国民の常識を反映させる「民主的」な制度として描かれている裁判員制度。しかし、これをなぜ、今、市民を直接参加させる形で、しかも強制までして実施する必要があったのか。こう問われた時に、明解な回答ができる市民の方が明らかに少ないと思います。そもそもこの点について、「必要であると思うか」という問いかけを、政府もマスコミもしないまま導入されたのが、この制度です。前記そこまでする必要性について、納得したというよりも、よく分からないまま、いつのまにか参加させられているのが現実だと思います。

     仮に「民主的」と規定された制度でも、それが国民の意思を問わずに強制されることが「民主的」なのか、という矛盾を指摘することはできますが、それがゆえに、むしろここでわれわれが見逃していけないのは、むしろこの「強制」そのものに目的があったのではないか、という点です。つまり、「強制」に対する国民の耐性、その実験もしくは形成そのものが目的ではなかったのかということです。

     このことを考えるうえで、有益なある学習会が、先日、東京で行われました。テーマは「戦争と『司法参加』」。講師の武内更一弁護士は、歴史的に当時の国家体制のもとでは「画期的」と評されている戦前の日本の陪審制の本当の狙いが、国内治安強化と国民の動員による戦時動員体制作りの一環であったことを明らかにするとともに、国民の要求から生まれたものではない現代の裁判員制度また、「戦争に備える国民動員・統合と国内秩序維持のイデオロギー・「国民」が自ら社会・国家を守る意識を形成するため」のものである、としました。

     裁判員制度推進派が、日本にも「国民の司法参加」の歴史があったとして、肯定的に評価される陪審制にしても、本当は別の目的があったことが、導入にいたる当時の日本が置かれた政治状況から説明されていました。そして、それを現代の裁判員制度に置き換えたとき、組織犯罪対策と称される治安立法、刑罰強化立法、国旗・国歌法、教育基本法「改正」などと結び付けることも、さらにいえは、にわかに浮上してきた改憲への動き、その向こうに確実に射程に入っている9条「改正」を重ね合わせることも、容易です。

     裁判員制度強制の理由について、いまだ明解な回答を持ち合わせない多くの国民にとって、これは決して分かりにくい話ではありません。ただ、ひとえに、そうした危機意識が極力喚起されていないだけ、と言うべきです。そこには大マスコミの姿勢という問題があります。

     実は、この学習会で興味深いやりとりがありました。なぜ、大新聞が、裁判員制度について、こうした視点を国民に提示しないのか、このことについて、会に出席していた大マスコミの関係者が「弁明」する一幕がありました。彼は、彼を含め、こうしたことに問題意識を持っている記者はいること、記者自身の勉強不足があることを指摘しましたが、それに加えて、ここで非常に重要な発言をしていました。

     政府の発表、司法制度改革審議会の意見書には、「そうは書いていない」こと。つまり、裁判員制度を含め、司法改革について、そこで述べられている「民主的」な意義、「この国のかたち」の再構築も、統治客体意識からの脱却、司法の国民的基盤の確立など書きならべられている文言をそのまま「良いこと」と受けとめ、その真意を読み取っていない、そこから先を「イデオロギー」に基づくものと位置付けているということでした。これに対して、会場の弁護士からは、この「改革」の動きそのものがイデオロギー的ではないか、として、大新聞の「見ない」姿勢を批判する声も出ました。

     これは、「民主的」という大義を掲げる錦旗に、「弱い」大マスコミの姿勢ととれる以上に、もはや「改革」のイデオロギーに取り込まれ、協力者としての規定路線を行くその姿を浮き彫りにしています。いうまでもなく、それは国民の前にフェアな判断材料が提示されない、喚起されるべき危機意識が喚起されないことを意味します。それは、迫りくる改憲というテーマについても、大きな不安要素として考えておく必要があります。

     ところで、弁護士会のなかにも、これに果てはまる姿勢の方は沢山いらっしゃるようにお見受けします。「民主的」な大義に「弱い」方々、司法審意見書や政府方針の文面をそのまま「良いもの」と理解し、信奉している(あるいはそういう建て前)の方々。そういう方々の姿勢が、法律専門家として、結果としてどのような役割を果たす可能性があるのかも、前記不安要素と併せて考えておかなければならないようにも思います。


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    テーマ : 刑事司法
    ジャンル : 政治・経済





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    そうかなあ。

     裁判員制度には私も反対の態度を取っていますが,戦前における陪審制の狙いが,戦時動員体制の一環であったという歴史観には賛成できません。仮にそうであれば,陪審制が戦時中の昭和18年に施行停止されたことの説明が付きませんし,裁判員制度導入の経緯から普通に考えれば,同制度は単なる学者の思いつきに振り回され,法曹増員を正当化する理由の一つとして導入されたものと理解すべきでしょう。
     裁判員制度の弊害は様々なものが指摘されていますが,反対運動が左翼的なイデオロギーと強引に結びつけられることにより,一般国民の側にはかえって「裁判員反対運動=左翼」というイメージが定着してしまい,正当な指摘までもが国民に無視されてしまうのではないかと懸念しています。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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