利用された「陪審制」

      「一歩前進」とか「一里塚」といった言い方を、この司法改革の「評価」として、弁護士会の推進派の方々が口にするのを、沢山聞いてきました。ただ、やはりこの表現が多用される状況には、注意が必要です。いうまでもなく、この言葉が導こうとしている「納得」が、問題がある「改革」の正当化、あるいはそれに対する妥協につながるからです。

     もちろん、推進派の立場からすれば、掲げていたものが達成できなかったことへの「言い訳」の役割も果たします。これで終わりではない、先があるのだ、と。一部成果を先取りできたのだから、これで「納得しようよ」という話です。

     しかし、これを「改革」の評価として考える場合、本当にこの先があるのかどうかは重要なポイントになります。なぜならば、これまたいうまでもなく、推進派の「言い訳」の前に、問題のある「改革」が導入されたまま、固定される危険があるからです。つまりは、「一歩前進」「一里塚」のまま。

     こういう話をした場合、おそらく弁護士会内で、真っ先に連想されるのは、おそらく裁判員制度ではないかと思います。日弁連が長年の悲願としてきた陪審制度。しかし、司法制度改革審議会では、その代わりに、日本型の参審制として裁判員制度が提案され、法曹三者一体で推進することになると同時に、前記言い方が始まりました。

     つまり、これは日弁連の「敗北」ではない、と。「国民の司法参加」が実現し、陪審制度への道が開かれことと、同一の制度であることのイメージ化。陪審があたかも世界標準であり、大新聞の社説も書いたような、欧米からすれば「ガラパゴス」である遅れた日本の司法の前進として描く。陪審制度は、裁判員制度導入に、利用され、大きな役割を果たしたといえます(「『上からの』市民参加という性格」)。

     そもそも裁判員制度は陪審制度とは、全く似て非なるものだ、ということが、実は専門家の間ではずっといわています。ただ、裁判員制度自時代にあっては、「似てる」ことが強調され、「違う」ことの意味が、意図的に伝えられていない観があります。

     最近、斎藤文男・九州大学名誉教授が、「裁判員制度の欺瞞」という一文のなかで、そのことを指摘しています(「裁判員制度はいらない!全国情報」第41号)。根本的な違いは、陪審制が持つ「地方住民の人権の防壁」という性格だ、と。

     警察権が州にあり、刑法も州ごとで、州内の事件も連邦裁判所と別個・独立した州裁判所で裁き、一方中央政府(国)は、連邦最高裁を頂点に、国内に連邦下級裁判所を置き、州をまたいだり、連邦政府を相手取る訴訟をそこで裁く形を持つアメリカ。そこでは、もともと地方住民のなかに連邦政府、連邦裁判官にはもともと強い不信感があった。中央の役人裁判官が、刑事裁判で権勢をふるうことの恐れ。そこから陪審員が事実認定をし、全員一致でなければ有罪にできず、裁判官は量刑と判決たけという制度が生まれたのだ、と。中央政府の手先が陪審員を脅迫、買収しても、転ばない正義感の一人、二人はいるはず、だとして。だから、陪審員は、裁判官とは別個の権限と役割を持ち、「お手伝いさん」ではないからこそ、別席に陣取る――。

     斎藤・名誉教授は言います。

      「これに対して裁判員は、裁判官並みの刑の量定にも判決にも加わる。しかも多数決だ。そして、一段高い裁判官席に裁判官と並んで座り、被告人を見下ろして、被告人尋問をする。死刑判決も下す。なのに無責任なことには、裁判員は判決に署名も押印もしない。これは“覆面裁判”“匿名の暴力”だ」
      「陪審制は司法の地方分権を前提として、中央司法官僚の権力支配から地方住民の人権を守るための制度だった。平たくいえば、国の役人裁判官の専横から市民が隣人を守るための手立てだったのだ。ところが、裁判員制度には地方分権の思想も、人権保障の志向も欠落している。似て非なるものだ。にもかかわらず裁判員制度の導入者たちがこれを陪審制になぞらえて鼓吹するのは、陪審制についての無知ゆえか、それとも知りながら、まがいものの裁判員制度を売り込むための“詐欺商法”だったのか、私には判断がつきかねる」

     司法の地方分権は、わが国でほとんど取り上げられていないテーマといっていいものです。斎藤・名誉教授は、唯一の例外は、「みんなの党」代表・渡辺善美氏の実父である故・渡辺美智雄氏で、彼は自著「新保守革命」で道州制とともに、国には憲法裁判所1つあればよく、刑民すべて州裁判所に任せよ、と論じていたと紹介しています。

     いまや裁判員制度を陪審制度に「発展」させるなどという見通しは、ほとんど聞かれず、推進論者でも言う人を見なくなりました。「それでも利はある」「納得しようよ」という意見は沢山聞かれますが、「一歩」先、「一里塚」の地点が、この国の司法の最終ゴールとしてふさわしいと考えた方々の、要望が結局、都合よく貫徹されたのではないかと思うほどに、国民の大多数がいまだ気が付いていないように思える「詐欺商法」の方が気になってくるのです。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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