「転進」を促進する理由 

     法曹志望者に、早期転進を促すという、「効果」の意義をめぐるやりとりが、受験回数制限に関して法曹養成検討会議の第6回会議に出てきます。以前も書いたように、もともと一筋縄ではいかない司法試験をめぐり存在した、「余計なお世話」か否かにかかわる問題です( 「『受験回数制限』をめぐる評価の仕方」)。

     当日の議論では、松野信夫・法務大臣政務官(当時)がまさに「余計なお世話」という言葉を使って、この制度に疑問を投げかけています。ただ、彼の指摘でも分かるように、少なくとも受験回数制限についていえば、あくまで「本人のため」というのは、存続派があえて付け加えている理由のひとつで、むしろそれ以外に、もっと重要な意義を感じている方がいることも明らかです。つまりは、合格率の低下や、法科大学院以外の教育効果が合格の決め手になることがはっきりすることに対する、法科大学院本道主義の側からの懸念です。

     だから、ことこの議論では、どうも「本人のため」という、一種の目配りの強調で、別に法科大学院のことばかりを考えているわけではないのだという響きを持つことになるわけで、そこが逆に「余計なお世話」に触れる無理筋な主張にも見えてしまうのです。

     この点で、委員の久保潔元・読売新聞東京本社論説副委員長が、松野政務官の発言に反論する形で、次のように述べています。

      「やはり20代、30というのは、人生の中で最も様々なものを吸収できる、あるいは吸収すべき期間ではなかろうかと思います。そういう中で、一定の転進を促すということがあってもいいのではないだろうかと思うわけです。先ほど大きなお世話だという意見もございましたけれども、国の制度として設ける以上は、そういう(世代のあるべき姿等の)考え方に基づいて一定の制限を設けるということには合理性があるのではないかと思います」

     国家として、20代30代の「あるべき姿」に基づいて、転進を促すことがあってもいいではないか、ということです。この発言内容をするっと、飲み込んでしまう人もいるかもしれませんが、ただ、これは「本人のため」とは別問題。「人生の中で最も様々なものを吸収できる、あるいは吸収すべき期間」を他に活かすことを促すことを、国の制度としての合理性を掲げていう以上、いわば国家としての損失という理屈です。どちらかといえば、個人として「余計なお世話」という部分でひっかかって飲み込みにくいものに、「国家」をくっつけて飲ませようとしている、合理性とは、そういう納得の仕方を求めているようにとれるのです。

     しかし、果たして、そういう問題だろうか。あるブログが、こう書いています。

      「世の中には、たとえば小説家を夢見て一生その日暮らしをする人や、起業に失敗して借金まみれになる人、役者やミュージシャンを目指して『貴重な二十代の時間を浪費』(余計なお世話!)する人もいる。結果はともかく、各々の夢を叶えるべく努力する人たちがいて、その人たちが競い合うことがそれぞれのカテゴリーを発展させ、社会に活力を与えてきたのだ。社会経済的観点からも、彼らの挑戦は決して無駄ではないはずだ」
      「彼らの人生は他人が同情するようなものでは決してないし、結果についてはまさに自己責任以外の何物でもない。しかし、司法制度改革は、自由競争に参加することが可能なフィールドが開かれていたにもかかわらず、それを失敗とみなし、その責任を自由競争の存在に転嫁したのである」(「やりなおし司法試験」)

     それこそ自己責任を引き受けて、挑戦する、その突破力が、生み出してきた成果や活力もあるではないか、と。そして、法科大学院修了の受験条件化を含めて、国家の制度としての「合理性」をいうのであれば、多様性を確保するはずの機会保証という観点が、軽視されすぎていることは否定できないように思います。

     なぜ、こうなっているのか。実は、こういう制度を生み出した、あるいは指向している「改革」派のなかにある意識として、ずっとこの世界で秘かに言われている、ある「推測」について、前記ブログ氏は言及しています。

      「もしかしたら、結果についての自己責任を受け入れられなかった人たちのルサンチマンが生み出した制度が新司法試験なのかもしれない」

     前記したような挑戦の意義を自覚し、その失敗も自己責任として引き受けられなかった人が、制度が悪いとして、チャンスを与える機会保証の公平さや意義よりも、国家制度としての「不合理性」にこだわっているのではないか、という、あくまで推測の話です。

     もちろん、そんなつもりは毛頭ないという反論と反発が、彼らからは返って来ると思います。ただ、そんな「誤解」を招かないためにも、少なくとも転進促進は別に「本人のため」にいっているのではない、ということだけは、はっきりさせておいた方がいいように思います。


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    弁護士になってからの転進も大事!

    直接は関係しないことかもしれませんが,
    今月号の「自由と正義」に興味深い特集がありましたので,ご紹介します。
    16ページ以降 「特集1 即独・ノキ弁のいま 座談会 即独・ノキ弁,大いに語る」
    の最後の方に,

    「ご飯を食べていくための手段としては弁護士以外にもあるわけで,最終的には弁護士を続けるのか続けないのかという話から始まるわけです。ご飯を食べていかなければ行けないでしょう。では,弁護士以外に何ができるの?できないなら弁護士でやっていくしかないだろう。どうやっていくのか考えようという話です。」
    と即独の方がおっしゃっています。

    しかし,本当は,自らの命と生活を守る為には,たとえ弁護士になってからでも,「転進」を促すことが会ってもいいのではないかと思うのですが,いかがでしょう?
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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