「受験回数制限」をめぐる評価の仕方

      「諦めさせるのも本人のため」というような言い方が、昔から司法試験という制度については、言われます。個人的には、それを聞く度に本人の自由で、余計なお世話ではないか、という気持ちの方を強くもってきた方ではありますが、一方で、この言い方はわが国最難関とされてきた制度だけに、それなりの説得力を持った感があります。法曹だけが仕事ではないのだから、他の世界で自分を生かすことも考えるべきだ、と。本人のためを思えばこそ、という趣旨の前に、「余計なお世話」の評価が分かれることも、仕方がないようには思えます。

     しかし、この言い方が、時々、現在の「三振制度」などといわれている受験回数制限(法科大学院修了後5年以内3回)に被せられるのを耳にすると、やはりどうしても違和感を覚えます。「悪名高い」制度ではありますが、前記した趣旨から制度の存在意義をいう主張に出会うのです。

      「私は、『5年以内に3回まで』という部分については、絶対に維持すべきだと思います。司法制度改革において、唯一成功した改革は、この受験回数の制限であるとさえ考えています」

     横井盛也弁護士が最近の自身のブログで、こう述べています。詳しくはお読み頂ければと思いますが、彼が前記したように考えるのは、結論的にいえば、新司法試験体制によって、志望者にとっての早期転進の環境が大幅に改善されたということのようです。約5万人もの受験生が合格率3%程度のバクチのような試験のために、長期間、猛烈な試験勉強をし、大半の受験生は、挫折と失望を経験し、就職の機会を逃したり結婚・出産の機会を逃した人なども多数いたはず。旧試では合格者の受験期間の最多は3年目と、10年目以上だったが、新試の受験回数制限で1年目が最も多くなった――。

      「勉強したくてしているのだから本人の自由と言ってしまえばそれまでのことですが、多くの有為な若者が、本来、社会に貢献することで自己実現を図り、社会経験を積んで大きく成長すべき青春時代を受験勉強に費やすことの社会的損失は、決して無視することはできないと思います」
      「受験回数を制限すれば、ベテラン受験生は存在しなくなり、受験者数が減ることの恩恵を全員が平等に受けることになりますし、早期の転進も図りやすくなります」

     本人のためだけでなく、社会的損失を防ぐためにも、妥当というのが、同弁護士の主張です。制度の必要性としては言われていたことで、その意味では、効果が現実化しているということになります。なるほど、と思われる方もいるかもしれません。ただ、どうしても違和感を持つのは、少し目を離して「改革」全体を見れば、そういう話になるのか疑問に思えるからです。

     以前も書きましたが、「5年以内3回」という期間設定は、司法試験を法科大学院教育の効果測定という位置付けにすることが前提です。法科大学院の教育効果が薄れないうちに受験させる、逆に、それ以上の時間の経過は、法科大学院の効果測定として意味をなさない、ということです。その本音は、法科大学院以外の効果が、合格を決定付けることがあからさまになることを避ける意味で、「受験条件化」と同様に、法科大学院本道主義のために設けられたのではないか、ということは以前、書きました(「『受験回数制限』がこだわったもの」) 。

     しかも、この制度は、それこそ法科大学院の「効果」のうえに受け入れられたものではないかと考えられます。つまり、多くの人間が合格できる教育を施すという前提です。修了者の「7、8割合格」が当初、掲げられた法科大学院という制度にあっては、このカリキュラムできちんと学んだならば、合格できるという前提のもと、それでも3回チャレンジして合格できない者が制限の対象になるというところに、制度妥当性の前提があったように思えるのです。

     その意味で、「効果測定」の前提を満たしていないのは、現実の法科大学院の方で、彼らこそ、あたかも「有効期限」を設けているような制度を志望者に課す「資格」を疑われてしかるべきではないか、と思えるのです。

     かつて5万人が受験していた司法試験も、いまや法科大学院を目指す志望者自体が、その半数以下になっています。法曹界が志望されない原因は、「改革」がもたらした法科大学院というプロセスの負担と、弁護士の経済的な困窮といった複合的な理由が考えられますが、この受験回数制限が志望者へのカセとして、法曹界選択の有無のどちらにより影響している条件かは、考えるまでもありません。いってみれば、志望者減という早期の転進現象です。「三振」後にもう一度、法科大学院に入り直す「二打席目」が用意されているとして、制限としての効果そのものへの疑問もいわれますが、その負担ということも当然、あらかじめ想定されることです。

     社会的損失というのであれば、志望者減こそ、有為な人材が来なくなる「改革」全体がもたらしている「効果」として注目すべきであり、そのなかで「受験回数制限」がどういう役割を果たしているかを考えなければなりません。この制限には、旧試「丙案」以来の、官側の若年者確保という狙いが被せられているという見方もできますが、「若くて優秀」という彼らの積年の目的からしても、「改革」全体の効果として、やはりこの制限のメリット以前の問題になってきているはずです。

     こう見たうえで、「本人のため」という言葉を聞けば、「余計なお世話」の評価は、大分変わってくるように思えてなりません。もっとも、法科大学院にも行かず、法曹界を志望しないことが「本人のため」というであれば、違う評価になりますが。


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    No title

    彼は,ロー卒のようですね。
    司法試験の合格者数の削減,それが無理ならば2回試験の合格者数の削減,さらにそれが無理ならば弁護士登録数の抑制を主張されておられます。

    失礼ながら,芥川龍之介作「蜘蛛の糸」の「犍陀多(カンダタ)」を想起してしまいました。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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