使命感の中にあった「憲法」

      「念入りに耕された土壌に撒かれた種子は風雨にめげず根を張り、すくすくと生育する。他方、挿木となる適当な陽光と湿気があり、常日頃、温かい配慮が続けられないと遂に枯死して根付かない」

     機関紙に掲載された1977年年頭の日弁連会長の会員向けあいさつは、こんな書き出して始まっていました。当時の日弁連会長は、柏木博氏。彼がこんな表現で切り出したのは、実は日本国憲法のことでした。

      「新しい憲法は・・・わが国において挿木に近く、反民主的な伝統的風土のもと枯死の危機が去ったとは到底考えられない」

     この年は、日本国憲法施行30周年の年でした。柏木会長はその年頭に当たり、日本国憲法定着化への弁護士の不断の努力を、警鐘のごとき響きをもった、こんな表現で会員に訴えたのでした。この年の5月、日弁連は憲法30周年を記念した弁護士大会を挙行、宣言を採択しています。

      「憲法の基本原則が幾度か試練の場に立たされたことおよび将来も立たされるであろうことを厳粛に想起しなければならない」
      「そのゆるぎなき定着と発展に向かってわれわれの総力を結集することを誓う」

     日弁連は挿木を枯死させないための存在であり続けることをこの時、誓ったのでした。柏木弁護士は、のちに私がいた新聞社の会長を務められたことから、私自身、個人的にも多岐にわたりご指導を受けた方であり、また、沢山の思い出があります。それだけに、のちに知った同氏の会長時代の、この一文とその年の宣言文は、特に印象深く、記憶に残るものだったのでした。

     その宣言から20年後の1997年5月、日弁連は憲法50周年の宣言を採択しました。しかし、その趣は前記宣言とは大分変わっていました。「国民一人ひとりが国民主権の確立に自覚的に取り組まねばならない」とし、その確立に日弁連も尽力する、と。改憲、反憲法的なものへの危機感や弁護士の使命への強い自覚を促す調子は陰を潜め、代わりに「改革」の季節を象徴するかのように、「国民」の文字がちりばめられていました。60周年の2007年には、テロ対策・治安立法に関連した「人権保障を通じて自由で安全な社会の実現を求める宣言」を採択したものの、これまでのような憲法に関する宣言は姿を消しています。

     憲法施行65年の世界では、国政選挙の公約に堂々と改憲が掲げられ、社会的に注目されている政治家たちの口から、次々にむき出しの改憲欲求が飛び出しています。日本維新の会の石原慎太郎代表は、就任前、日本国憲法は「占領軍が作った憲法は廃棄したらいい」という持論を展開し、「改正」をいう橋下徹・現会長代行に対し、「なまじ法律家だから」と言ったという人物(産経ニュース10月12日)。

     また、改憲を公約として掲げた自民党・安倍晋三総裁は、軍隊である自衛隊を追認するための「国防軍」への改称の必要性などを唱えています。その彼は、以前、こう発言していました。

      「結党時、自民党には大きな目標が2つありました。1つは憲法改正を目的とする真の独立の回復、もう1つは安定的な経済政策を進めて衣食住が足る生活を国民に与えることでした。ただ、当時は日本が貧しかったので、国民生活の建て直しに重点が置かれ、憲法改正が後回しにされたまま、今日に至ったわけです。その結果、国のあり方を問う風潮が、日本には根付きませんでした」(DIAMOND online安倍晋三・元首相 特別インタビュー)

     そもそも、憲法が根付くことなど念頭なく、さらには「改正」の手続きを踏むことさえ「なまじ法律家」の論法だと、いう意識の政治家たちが、今、この国で注目されているという現実です。それが、護憲という言葉がマスコミから消え、足し算の仕方次第で、改憲発議「総議員の三分の二」が目の前に迫っているととれる状況のなかで見ることになっている、あるいはだからこそ、彼らが勢いづいているという見方もしなければなりません。

     柏木会長の言葉と宣言を思い出します。あの時、弁護士に訴えかけた使命、あるいは弁護士が背負っていた使命とは何であったのか、と。日弁連あるいは弁護士が改憲に危機感を持ち、憲法の定着化を云々するのは既にずっと過去の話という人もいるかもしれません。さまざまな思想的な立場の弁護士を擁する日弁連が、憲法というテーマに、より慎重になってきている、という見方もあります。

     ただ、もし、「改憲」がより具体的に進行した時、日弁連はこれまでの決議を過去のものとし、それを現実と切り離して傍観するのでしょうか。あるいは「反対」とはいわず、会内世論に配慮した「懸念」や一部提案を表明するだけなのでしょうか。そもそも日弁連という組織に対して、大衆がこの問題でどこまでどのような期待を被せているのかも分かりません。だだ、少なくとも、これを憲法の「試練の場」として最後まで立ち向かう使命感が、いつのまにかこの国の多くの弁護士から消えてしまっているように見えることに、やはり弁護士の存在そのものが、変わったのではないかと思えてしまいます。


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    テーマ : 憲法改正論議
    ジャンル : 政治・経済





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    改憲というのは、現行憲法の改正規定に基づいて行われるのですよ。現行憲法を守りながら、現在の主権者の考えを憲法に反映させるのが改憲です。

    弁護士さんが個人として反対するのは結構ですが、強制加入団体である弁護士会が改憲反対というのは、筋の通らない話です。
    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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