弁護士の「食える食えない」に巻き込まれる社会

     弁護士の増員と結び付けた就職難というテーマ設定そのものに、疑問を投げかける声を聞きます。就職難が激増政策によって引き起こされても、それをもってして、その政策をやめるという話になるのか、それでは弁護士を食わすために、政策を変更することになるじゃないか、と。つまり、増員反対は保身という結論になります。

     増員政策そのものは、これまでも書いているように、需要が大量に生まれるという状況に対応したものですから、それがなければ、根本的な目的は消失するわけですが、それでも大量の弁護士が「開拓」するという見方と、そもそも増員状態の競争と淘汰によって、良質化や低額化というメリットを国民は得られるという見方によって、この政策の維持がいわれます。

     だから、就職難というテーマは、弁護士会内のいわば新人支援策という位置付けでは成り立ち得ても、競争による淘汰を前提とした場合、問題としては存在しない、というとらえ方になります。つまりは、就職難、あるいは弁護士が食えないという状況は、淘汰の過程になるからです。

     昨日、取り上げた11月26日付けの日本経済新聞・法務面の企画記事「司法試験、年3000人合格どう見る」での、中西一裕・日弁連事務次長と横井朗・慶応大学法科大学院教授のインタビュー記事(「前提が変わってきている弁護士激増論」)で、中西事務次長は合格者が10年で2倍に増え、新人の就職難が発生していることに触れたうえで、「現在の需要下で受け入れられる人数は年1500人が限界」としました。

     既に書いたように年合格3000人の目標設定の是非を挟んだ、対論的なこの企画で、一方の目標見直し不必要を唱えている横井教授は、弁護士に対する、ギルド批判を展開しています。そして、前記見方に立って、このやりとりを見ると、中西事務次長の合格人数限界論そのものが、ギルド的にとらえられ、むしろ「横井氏の主張を補強している」といった声がネット上でみられました。

     これは、この議論での根本的な問題を示しています。競争と淘汰のメリットを前提とする限り、弁護士の「食える食えない」というテーマに置き換えられる増員問題に関する切り口は、通用しないとされる。逆にいえば、多くの一般大衆が、弁護士増員による低額化や良質化のメリットを、本当に信じて、増員と競争を求めているのかには疑問もあるものの、決定的にこの政策のデメリットが伝えられていない、伝わっていないということがあるようには思います。

     増員による質の低下という問題は、本来の「資格」保証という観点からすれば、適正人数を確保してでも、国家が責任として維持すべきことであり、そこは「安全」の問題として、決して大衆に伝わりにくい切り口とは思えません。しかし、現段階では何をもって質の低下といえるのかで見解が分かれるのみならず、そもそも競争・淘汰のメリットをいう立場は、「資格」による質の保証あるいは責任の意味よりも、淘汰の過程での良質化を強調する、むしろそちらにゆだねるという考え方なので、かみ合わない議論になります。

     この立場から提示される見方に対抗して、決定的に社会に伝えられていないと思えるのは、実は弁護士の「食える食えない」というテーマの方ではないか、と思えます。つまり、激増政策というものがもたらす社会、それが前提としてこの国に誕生させようとしている社会が、いかに大衆をこのテーマに巻き込む社会なのか、ということです。

     弁護士が増え、「社会のすみずみ」に乗り出す、弁護士の出番が増える社会。いいがかりでもなんでも相手が弁護士を立てれば、こちらも弁護士をたてなければならなくなる社会。これまで弁護士や司法のご厄介にならないで済んでいた案件を結果として弁護士に持ち込まなくてはならなくなる弁護士依存社会。増員された弁護士は、それこそ食うために、当然にそういう社会を目指してもおかしくありません。そもそも、この「改革」の描いた絵そのものが、それを大前提としてよしとするものです。

     年間25万5000組の離婚の、半数に弁護士が双方関与しただけで、弁護士25万5000人分の仕事が創出されると皮算用している弁護士のことを書きました。弁護士が必要以上に増える社会では、弁護士が事件を作り出すことは当然に考えなければなりません。いわば、必要性を作る社会であり、弁護士が食うために競争する社会は、大衆がそれに巻き込まれる社会とみなければなりません。事件の「掘り起こし」という名の「焚きつけ」が行われることは防げません。そして、そこに日本は絶対にならないかのようにいわれる「訴訟社会」という言葉を当てはめることは、もはや無理がない、少なくとも同じような顔をしているというべきです。

     激増政策かもたらす弁護士の「食える食えない」というテーマの先に、何が待っていて、何が想定されているのかが、伝わっていません。中西次長の言い分は、その意味でも説明不足で誤解されるという評価もできますが、そもそも競争・淘汰論と自己保身論の前に、何を言っても無駄といった無力感を吐露する弁護士も少なくありません。しかし、まずはこの現実がフェアに社会に伝え、そうした社会になろうとも弁護士を激増させろという大衆の判断になるかどうかが問われる必要があります。


    ただいま、「弁護士の競争による『淘汰』」「地方の弁護士の経済的ニーズ」についてもご意見募集中!
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    まとめ【弁護士の「食える食え】

     弁護士の増員と結び付けた就職難というテーマ設定そのものに、疑問を投げかける声を聞きます。就職難が

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    穂積八束が「民法出でて、忠孝滅ぶ」と主張したのを思い出させる議論ですね。

    「弁護士増えて、国民道徳滅ぶ」と言いたいのでしょか。

    しかし、現実に弁護士が大勢いるアメリカの実情なは、ブログ主さんのかつてのコメントによると、以下の程度のようです。

    「アメリカの弁護士の事件漁りに奔走し、競争のなかで、顧客獲得に目の色を変える弁護士の在り方や、そうした社会」

    こんな社会を良いとは思いませんが、それを地獄だと力説されても、ただ困惑するだけです。

    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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