受験対策なき「プロセス」の建て前

     法科大学院は、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的とし、司法試験はそれを本当に有しているか判定する(「法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律」第2条)。いうまでもなく、これが「プロセス」を強調する新法曹養成の肝の部分です。司法修習による実務能力修得を合せた、この「プロセス」全体が、法曹を生み出すためものであるならば、普通に考えれば、「点」を残している以上、これに合格させるのでなければ、法科大学院は前記目的を達成していないと考えなければなりません。

     この法科大学院が受験対策をしないという建て前であることの現実性については、いまや多くの人が首をかしげています。この法科大学院誕生の背景に、それまでの旧司法試験体制での志望者の予備校依存・受験対策偏重への批判があった。だから、法科大学院がそれをやっては同じになる、逆に言えば、建て前としては、そこを譲りにくい事情がそこにあります。

     ただ、それならば、なぜ「点」が残る制度設計なのか、という疑問は当然出できます。試験対策をしなくても合格するような「学識及び能力」を身につけさせるという、それこそ建て前は分かります。しかし、あえていえば、おそらくそうした能力があっても、「点」の選抜に対して、対策が必要でないとはいえません。そもそも、「点」という一発試験に、「プロセス」の効果測定を求めることも、ある意味建て前であり、どこかで線を引く判定の必要性があってやっていることです。

     つまり問題は、この「プロセス」の教育では、この「点」をクリアすることが、はっきりと実務家になるために組み込まれている以上、その対策を法科大学院が念頭に置かないという理屈は、成り立つのかということです。もし、どうしてもそれができないのならば、「点」の現実を直視する限り、法科大学院は、その部分の予備校依存を現実的に排除できない、あるいは排除をいう資格がない、といわれてもしようがありません。

      「私は、法科大学院では実務家養成をトータルとして行うべきであると思いますから、司法試験の受験のことだけ教えればいいとは思いませんけれども、法科大学院で教育を受けることが司法試験の受験資格になっていて、司法試験が実務家になるための実力を問うものとされているという以上、法科大学院でも司法試験の受験のことも教えるべきで、特に具体的な事例を使って文章を作成させて、それを教師が添削するといういわゆる答案練習、これは司法研修所では起案と呼ばれていますけれども、こういうものは司法試験に合格するためだけでなく、実務家の法曹養成プロセスとしても不可欠だと思います」

     10月30日に開かれた法曹養成制度検討会第3回会議で委員の和田吉弘弁護士は率直にこう語っています。彼の基本的な認識として、現在の制度を大きく変えない限り、司法試験の受験の前提としてそのような法科大学院の教育を強制するということには合理性がない。現在の法科大学院の教育は全体的に見て司法試験の受験にも余り役に立たず、実務をする上でも余り役に立たないという内容が多過ぎる。学生にとっては2年ないし3年の時間と数百万円の費用等をかけて法科大学院での教育を受けないと司法試験が受験できないという現行制度については、一部の例外は別にして、現状ではそれを正当化できるだけの適切な教育がなされていない、というものです。受験予備校化してはいけないなどとして司法試験の受験指導を排除しようとするのは、何とかして司法試験に受かりたいという法科大学院に入学する学生の思いにも著しくかけ離れている、としています。

     このあと、同会議では、少々の受験指導は許しても受験条件化は絶対譲れない、「プロセス」の教育は正しい、という法科大学院制度死守派の方々からの意見が相次ぎ、和田委員の意見が孤立化している観もうかがえます。しかし、どちらの論調が、志望者の意思も含めて、現実を直視しているかは、もはやいうまでもありません。

     そして、予備校化、もしくは予備校の存在を引き合いに出して、法科大学院の存在価値を強調する側から、結局、「点」の方をなんとかしろ、という話を、この会議の外でも聞くにつけ、やはり、この「プロセス」の制度設計自体を根本から考え直すべきところにきているように思ってしまうのです。


    ただいま、「予備試験」「日弁連の『法科大学院制度の改善に関する具体的提言』」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。http://www.shihouwatch.com/

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

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    No title

    河野真樹さんへ

    ブロブ主様。明晰なレスありがとうございました。
    私は度々申していますように司法改革を
    弁護士視点からあまり捉えていないのですが
    今の司法需要が低いのは、弁護士報酬があまり安くなっていない
    ということよりも、司法(裁判)の風通しが悪すぎて
    国民に使いやすい形にまだ全然なっていない事にあると
    思います。どーせ聞き入れられずねじ伏せられるだけだ、
    という「裁判官」「法慣習」に対する、あきらめ感です。

    そして、弁護士はその風通しの悪さを飯の種に
    しているに過ぎないと私は強く感じています。
    私は本人訴訟がもっと無駄にストレスなく行われるようすべき
    と思っておりますので、極論すれば、たとえ言いがかりとも取れるような事
    で訴えられたとしても、高々月一程度くらい
    本人だけで裁判所を通じて話し合いの場につくくらい
    大したデメリットとは私は捉えていません。

    No title

    SBさんへ

    アメリカやドイツにも司法試験の合格者数に上限は
    設けていませんが勿論法学部やローには定員があります。
    それらは線としての選抜を意味してはいるものの、
    これも上限をコントロールしているとも確かに言えなくはないです。

    医師についても、おっしゃるように
    完全なる純粋な需要と供給バランス
    のみに任せているのでないにしても、でも結局医師間には
    相当な競争が既に存在し、需要供給バランスの
    介入する比率はかなり高いと思ってはいます。ですが
    この点に関し私の表現は不完全でありSBさんの指摘は私の忘れて曖昧に
    していた点をより明らかにして頂いた点で素直に感謝いたします

    No title

    >ここまで問題が顕在化しつつあるのに「国民」が困っていないなんて,「満腹中枢」はどこまで麻痺しているんでしょうか。

    問題が顕在化しているとは、寡聞にして知りませんでした。てっきり、弁護士の生活が苦しくなっただけだと思っておりました。

    このままだと東京大空襲に匹敵する大惨事が起こるんですね! これはびっくり!!

    具体的に教えていただければ、私も改心いたします。

    No title

    河野様

    ご返答有難うございます。

    「司法本無事、増員これを乱す」ということですね。河野さんの考えに同意する一般人は、ほとんどいないと思いますよ。

    選択肢が2つしかないなら、私は自信をもって、増員政策に一票入れたいと思います。

    No title

    皆様、コメントありがとうございます。

    一市民さん
    >「質」の問題と「需要と供給」の問題が、ごっちゃになっているのではと

    そうでしょうか。有償・無償をごちゃ混ぜにした需要論が、数の誤算を生み、質を脅かしているという意味で、これを根本的に切り離して考えることはできないように思うのです。
    1については、難しすぎるとは思っていません。そもそも量産の要請がなければ、なにも「アメリカ並みに」という必要性そのものがないように思います。2についても、なにがなんでも増やすという前提がなくなった場合、議論の必要性も含めて話が違ってくるように思います。以前にも即独がいて、ボスのもとで雑用しかやらされずに独立した弁護士もいたとしても、現在、増員に伴う状況下で起きていることと同一には語れないと思います。3については対案としての更新制度の導入とか、懲戒制度の強化などがあり得ることは、ご指摘の通りだ思います。ただ、この前提なるのは、強力な弁護士自治の維持ですが、激増政策がもたらしている経済的な状況は、会員の負担感からそれとは逆の方向に作用しています。

    一般市民さん
    >本当に弁護士増員が過剰であっても、国民が望んでいないなら需要と供給バランスから落ち着いていく面もあります。

    それがいつまで続くのか、その間のリスクはどうするのか、そこを依頼者の自己責任に全面的にかぶせるかどうかで見解が分かれるのではないか、と思います。
    そもそも激増政策によるメリット、低額化や良質化への大衆の期待感を当然の前提とできるかどうか以前に、弁護士増員推進論がいうような、弁護士の出番が増える社会、弁護士に依存する社会を大衆が求めているという前提に立つべきなのかに疑問を持っています。「社会のすみずみ」に弁護士が乗り出す社会を本当に大衆が求めているのか。泣き寝入りや不正解決があっても、中坊公平弁護士がいったような「二割司法」、八割機能不全といった極端な現実がこの社会にあるのでしょうか。少なくとも多くの大衆に、その実感はないと思います。
    有償の需要がないと分かると、それが都合が悪いとする関係者の方々は、学校にも図書館にも弁護士がいた方がいいなどと言い出し、弁護士は年間25万5000件の離婚の仮に半数に弁護士が双方関与すれば、それこそ25万5000人分の弁護士の仕事が創出されるなどと皮算用している。なんで、そんなことに大衆が付き合わなければならないのでしょうか。

    ブログ主様

    ご返答ありがとございます。ただ、ご意見を伺うと、「質」の問題と「需要と供給」の問題が、ごっちゃになっているのではと思えてしまいます。

    弁護士の「質」に対しては、次の3点で問題が生じる恐れがあると認識しています。

    1.試験が易しすぎるので、法的能力の不十分なものが弁護士となってしまう。
    2.試験後就職などでOJTの機会を与えられないので、経験に基づく「質」が得られない。
    3.一度試験に受ければ、その後は何のチェックもなしに何十年も弁護士ができることから、「質」の劣化が生じる。

    1については、日本の司法試験は難しすぎるのではないですか、アメリカ並みにしても、少なくとも大きな問題は生じないのでは、と言っているわけです。これに対して、需要と供給で反論されても、少し困ります。

    2については、こういう問題もあるのかもしれません。それなら、合格者を増やしながら出来る解決方法も探ってみたらどうですか(弁護士補制度。共同受任制度など)と言いたいですね。そもそも、以前にも即独はいました。ボスのもとで雑用しかやらされずに独立した弁護士もいました。そのときには何も言わなかった人たちが、今になってこういう問題提起をすること自体、市民から疑いの目で見られていることは理解してほしいと思います。

    3について、増員派が主張しているのが、市場による淘汰にを通じての質の確保です。これがベストでないというのなら、そうかもしれません。それなら少なくとも、更新制度の導入とか、懲戒制度の強化だとか、何かしらの対案を出してほしいと思います。

    No title

    ここまで問題が顕在化しつつあるのに「国民」が困っていないなんて,「満腹中枢」はどこまで麻痺しているんでしょうか。
    太平洋戦争でも早くから敗戦は明らかでも国民が実感するのは目の前で空襲や原爆が落とされるようになってからですからね。それでもなお敗戦を認めたがらないひともおられたようですが。

    No title

    >医師も別に数をコントロールしてる訳ではなく
    法曹とは違ったどんな背景があれ、やはりそれは需要と供給バランスの
    自然な結果だと思うのです。

    参考までに医学部の定員や医師の数は国主導でコントロールされています。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/06100604/002.htm

    No title

    11-25(21:14)さんへ

    >日本では法教育がほとんどされていないように思います。
    >そのため市民側の判断する目が養われていないように感じます。
    >高等教育までで裁判手続きに関して教わる機会はないので当たり前ですが。
    >ですから、正当な訴訟活動をしない法曹の淘汰の前提として
    >法教育を通じて市民の目を養うことが必要ではないでしょうか。

    私の個人的意見で大変恐縮ですが
    私見として、それらは小学生にパソコン教育や英語教育を施すのと
    同じ観点から、有害でさえあると私は感じます。
    法がどうあるべきかの本質は、法教育で知ることはできないからです。
    その理由は散々このコメント欄に書き込んできたとおりです。

    No title

    河野真樹さんへ

    失礼致します。
    私は産業界も法学者も実務家も信用できませんので、どういう
    主導権争いや政治的思惑が裏にあったかには興味がありません。
    ですが、つまり経緯はどうあれ、
    本当に弁護士増員が過剰であっても、国民が望んでいないなら
    需要と供給バランスから落ち着いていく面もあります。
    医師も別に数をコントロールしてる訳ではなく
    法曹とは違ったどんな背景があれ、やはりそれは需要と供給バランスの
    自然な結果だと思うのです。
    (私は法曹増員は裁判官などを増やす面からも必要だと思いますし
    法曹増員が弁護士の観点からしか語られないのは残念に思います。)
    また、アメリカ型の行き過ぎを懸念されておられますが
    日本はまだまだ泣き寝入り大国と私は感じています。

    繰り返しますが質(?)の担保はテストの点数を開示さえすれば、
    既存の「法曹の質=試験の点数」という立場の人にとっても
    その「質」はいくら点数の低い人達の増員によっても
    駆逐される事はない、という自信に行き着かないと、
    矛盾してておかしいと私は感じてしまうのです。

    (法規解釈の屁理屈の偏重傾向についても私見として大きな
    懸念を持っていますがこれはこの記事内に関しては
    この際二の次です)

    No title

    >弁護士の皆さんも歯医者が増えると国民が困る、質が確保できてないから合格者減らそうと歯科医がいくら言っても『はぁ?国民のためではなく自分達の利益ためだろ?』といった感じではないですか?

    最近は歯学部志望者も減少しており,定員割れが生じているようです。いくら何でも志望者が減少し続けて人材が集まらないような業界に未来はなく,入り口でそれなりの競争が生じる程度の魅力のある業界にはすべきです。歯科医師は一般の事業と違って巨額の学費を含めた先行投資が必要ですから,一般の事業とは同列に論じることはできません。歯科医師が増えるのは望ましいことですが,あまり増えすぎてもメリットは感じません。あまり増えすぎると長期的にはデメリットが多いでしょう。

    国民をひとくくりにすることは困難ですが,弁護士ももっと競争すべきだと考えている一方,法律の知識が危うかったり経験がほとんどないような弁護士が氾濫する状態を望んでいるとは思えず,おそらく医師が総合病院や大学病院で相当年経験を積んでから開業医となることがほとんどであるように,弁護士もある程度経験のある人が増えて欲しいと考えるのが一般的な国民の考え方ではないかと推測します。ですから司法制度改革でも需要の増大を予測して法曹を増やすことにしたのでしょう。その予測は外れましたが。

    大衆の意見とはいうけど本当に国民が何を望んでるのかを把握してるのか少し心配になってきました。
    弁護士に競争を望んでいるのは明らかだと思いますが。
    誰も国民は不利益をこうむっていません。それより受けた恩恵がはるかに大きい。弁護士が大変でも、『そうなんですか〜』といったもんでしょう。
    弁護士の皆さんも歯医者が増えると国民が困る、質が確保できてないから合格者減らそうと歯科医がいくら言っても『はぁ?国民のためではなく自分達の利益ためだろ?』といった感じではないですか?
    一国民として言いますがほとんどの国民は弁護士に対しても同じだと思いますよ。確信をもっていえます。
    つまり国民の共感を得ない意見はいくら言っても無駄、それどころか逆効果でしょう。

    No title

    一市民様

     ご指摘の通り、3の立場ととれます。ただ、従来の制度を基本にして改善策を模索する方がよいと考えている点では、1とも2ともいえなくはありません。

     しかし、基本的なことですが、弁護士増員政策の根本的な根拠は、あくまで事後救済社会になるこの国で、大量の法曹の需要が発生するということです。そのために「質量ともに」という表現で、現実的には大量の弁護士の産出を、あたかも社会的要請のように描き込んだのが、この「改革」です。最高裁が司法研修所を中心とした法曹養成の路線をまげて、法科大学院制度導入を受け入れたのは、この「数」の大決定があったからです。法曹養成制度による「質」の確保は困難だから、競争と淘汰によって「質」を確保させるために増員政策が必要、という描き方を正面からしたわけでは、そもそもないのです。市場に委ねるとしたのは、合格者数の下りの、3000人の目標設定にかかわる部分で出たことで、逆にいえば、その数は、需要にあわせて、下方修正も上方修正も可能という話です。

     数の見込違いの、別に国民が望んだわけでもない激増政策で、修養環境を含めた従来の形を破壊して、より悪化する形で国民にしわ寄せくること、あくまでそこまでしてやる必要があるかどうかを問題にしているのです。少なくとも大マスコミも、それを正面から国民に問いかけていません。

     その意味では、「それなら、合格者数を増やしてみてはどうでしょう」というよりも、現に目標よりも下回る現在の増員状況で、見通しの外れと危険性がはっきりしているということを申し上げているのです。

     改善策というのであれば、従来の制度に戻し(あるいは法科大学院修了の受験条件化をやめ、選択的ルートの余地を残しても)、司法修習の充実と、弁護士修養期間の回復と確保、そのための適正規模の人口政策ということになります。社会に放出する前に、資格による「質」の確保が一定限度保証されている状況は、弁護士と一回性の関係になる大衆にとっては、それこそ最低限のニーズだと思います。

     また、医師やアメリカの弁護士を比べるご趣旨はよくわかりませんが、アメリカの弁護士の事件漁りに奔走し、競争のなかで、顧客獲得に目の色を変える弁護士の在り方や、そうした社会そのものを望むのかの問題ですし、医師についていえは、医師で法曹養成検討会議に参加している国分正一・東北大学名誉教授もいうように、38兆円に近いお金が国民医療費として使われ、毎年1兆円ずつ国民医療費が増えているという現実のなかで、医師ばかりではなく、増えている骨接ぎの人たちも生きていける、食えていける分野と、弁護士の財政的経済的な基盤の違いを超えて、要するに食えるかどうかの話を超えて、両者比較できるようには、とても思えません。そもそも「社会生活上の医師」といくらくくったところで、弁護士と市民の関係も、業態も、医師のようにはなり得ません。

    実はほかの資格業の規制緩和と同じ道を歩んでるにすぎない。
    全く心配する必要がない。新人の研修云々も国民の利益云々も同じ主張は叫ばれてた。
    でも結局国民は不利益を被らなかったからね。
    国民の支持を得るのは今の理論では無理だろね。

    >一市民さん

    共感いただきありがとうございます。
    個別のユーザーの批判が正当でない場合もありますが、マクロ的には、まさに指摘のとおりです。
    そして、ロースクールを経て、現状を見ている人間として、少なくともロースクール制度と増員が前記解決手段として合理性を欠くことは痛感しています。
    若手はOJTの機会を得ることが出来ず、ベテランも生活のために事件の数をこなさなければならず、個々の事件への手抜きを感じることが多々あるからです。

    そして、前向きな議論をということですが、僕自身は、これに対する適切な回答を現在持ち合わせていません。
    少なくとも、現状の悪化を避けるために方針のこれまでの方針を見直すべきとは思っていますが。

    弁護士に限らず、組織や集団では、その中で自己研鑽をしない、没落していく層というのが一定存在すると思います。

    企業などでは、そーいった人物にどのように対応しているのかが、1つの参考になるのでしょう。

    また、日本では法教育がほとんどされていないように思います。そのため市民側の判断する目が養われていないように感じます。高等教育までで裁判手続きに関して教わる機会はないので当たり前ですが。
    ですから、正当な訴訟活動をしない法曹の淘汰の前提として法教育を通じて市民の目を養うことが必要ではないでしょうか。

    前向きな議論の回答にはなっておらず、申し訳ありません。

    さらにもう一つ

    そうなりますと、増員反対派の主張は、次のいずれかにならないとおかしいでしょう。

    1.これまでの制度で、問題はなかった。
    2.これまでの制度に問題はあったが、増員以外の良い解決方法がある。
    3.これまでの制度に問題はあったし、特に良い解決方法は思い浮かばないが、増員政策(特にロースクールと結びついた)は、現状よりも悪いことは明らかだから、反対すべき。

    私の理解では、ブログ主さんは上記3の立場だと考えたわです。

    そこで、(ロースクールはともかく)弁護士増員がそんなに悪いというのなら、日本の法曹よりはるかにやさしい試験で、はるかに沢山の合格者を出している日本の医師や、アメリカの弁護士について、どのように考えるのですか、という問題提起をしたわけです。

    コメント欄の中で議論したいわけではありません。ブログ主さんのご見解をお聞きしたいと思っています。

    もう一つ!

    「これまでの制度に問題はあった、それに対する良い解決策も浮かばない。」

    そういうことでしたら、合格者数を増やして、市場の判断に任せてみるというのは、一つの有力な選択肢でしょうということです。

    それによって、非常に大きな損害が発生することが明らかなら、そんな選択を取るべきではありませんよね。

    そこで、当方の最初の問題提起に戻るのです。

    「試験をそんなに難しくしなくても、日本の医師も、アメリカの弁護士もそれなりにやっていました、回復不能な損害は出していないのではないでしょうか。それなら、合格者数を増やしてみてはどうでしょう。説得的な理由を述べないで、ただ反対する弁護士さんは、既得権益を守りたいだけではないかと推測されますよ。」

    論理が飛んでいないこと、理解していただけたでしょうか?

    >優れた判決は優れた訴訟活動を前提に成り立つのです。

    私もこの意見に賛成します。優れた訴訟活動ができる弁護士を、広く国民が利用できるためにはどうするのが良いのかという問題ですよね。

    単に増員しさえすれば良いってものでもないというのも真理でしょう。今のロースクールに問題があるのも、その通りかもしれません。

    その一方、以前のシステムも相当問題があったはずです。一回の難しい試験で選抜された弁護士が、その後は安定した殿様商売の中で、お客様を無視した活動をしていたと、批判されていました。弁護士になった後は全く勉強しないで、新しい法律の知識がゼロの弁護士が沢山いたじゃないですか。

    ロースクール反対、増員反対は結構なんですが、それなら、これまでの問題点を克服するために、どういう方策をとるのでしょうか。市民は、前向きな議論を期待しているのです。


    ご本人は、独自の司法制度を打ち立てたいんでしょう。現在の制度を維持でも改善でもなく、ぶっ壊して理想郷の制度を打ち立てたい。
    もう、このブログの範疇を超えてますね。議論のための議論というか、酷い有様ですね。確かに、誰もついていけないでしょうね。

    僕は試験結果と実務家の能力が連動するなどと一言も指摘していません。

    民事訴訟における判断の基礎資料は当事者の主張と立証です。
    ここに現れないものから判断することは物理的に不可能です。裁判所の求釈明の趣旨を当事者が理解し、再度検討して必要な資料を提出してくれる保証はどこにもありません。求釈明の趣旨を適切に理解してもらうためにも当事者サイドに優れた専門家が必要だと思います。
    また、積極的釈明の前提となる問題意識の端緒は、当事者の主張立証の中にあります。その意味でも優れた訴訟活動が前提となって適切な求釈明が可能になると思います。

    ですから、優れた判決は優れた訴訟活動を前提に成り立つのです。

    情報公開制度については、あなたが指摘するものが理想的である可能性は否定しませんが、それを構築、維持するに見あうだけの需要がないと思われるだけです(需要がないとの認識が僕の無知かもしれないことも既述のとおりです)。

    もっとも、量刑判断などは画一的なものではなく、個別の事案に左右される性格が強いため、データベースの開示にそれほど大きな意味はないと思いますが。

    No title

    11-25(18:04)さんへ

    あなたがブログ主というなら話は別ですが
    批判したいなら根拠を添えて下さい

    No title

    11-25(18:02) さんへ

    試験の点数開示によって、試験の点数を信仰する顧客がそれのみを基準に
    選んだのに裏切られるという事は、既存の古い制度では顧客全員が
    丸々裏切られてしまうという事ですよ?

    またあなたは「日本の民事訴訟の原則である当事者主義」なるものの
    合理性を理解していないと思われます 。

    積極的な問題の理解と純粋な中立との間に
    厳密な境界などあるはずもありません。
    ドイツなどでは原告の主張を原告が説明した根拠と
    全く異なる観点からその主張を認めるようなことも
    珍しくないと聞いています。
    (積極的)釈明権などと言った態度もあれは原告被告の
    ためだけにあるのではなく裁判官自身のためのものでも
    あるはずです。事柄の状況をより積極的に裁判官自身が
    理解するために必要だからです。
    それによって失われる不公平性などありません。
    かつ弁護士によって判決が変わるなどという
    まことしやかに言われていることは決して望ましい形では
    ないと思います。

    法律は学問でないと断言して、既存の制度をすべて否定する、わけのわからん人たちはほっておこうぜ。
    こんな一人勝手な主張、理論もボロボロだし、増員派からも反対派からも、学者からも、一般人からも支持なんかされねーよ。どっか別のところで吠えてくれ。

    全てを個々の依頼者の判断に委ねるということは、国が制度的に担保すべき最低限の法曹の質というものは存在しないということになりかねないと思いますが。

    裁判官さえしっかりとしてればというのは、さすがに日本の民事訴訟の原則である当事者主義に無知と指摘せざるをえません。
    優れた判決は、当事者の優れた訴訟活動を前提に成り立つものです。

    No title

    11-25(17:54)さんへ

    >それを構築、維持するためのコストが需要に見あうものではないでしょう

    量刑判断などのブラックボックス化してしまいがちなものが
    ガラス張りにされることは有意義です。
    またこの情報公開の過程で既にその情報で弁護士が不要になる
    顧客層も発生すると思われます

    勿論近未来の話かもしれませんが
    ネットが存在する前から最高裁国民審査といった権利を保障する発想は
    元々あるのです。

    No title

    11-25(17:43)さんへ

    法的言語を用いれば直ちに合理的な訳でもなければ
    日常言語も用いて説明すれば直ちに感情的だ、という訳でもありません
    今の日本の法慣習は屁理屈に傾きすぎていて
    結局素朴な合理性を伴わない権威の押し付けになっています。
    あたたが考えている以上に法そのものは瑣末なハズです。

    さらに私は法科大学院をこのまま推し進めるのであれば
    アメリカのように法学部を廃止しなければ
    完全にならないと思います。

    アメリカやドイツでは合格者数に上限はないと聞いています。
    散髪屋でもカリスマと呼ばれ何ヶ月も予約待ちのところもあれば
    閑古鳥のなく店もあります
    散髪屋も資格者数をしぼれば殿様商売になるでしょう。
    (誰がやっても大差がないお仕事は安定がより大事ですが)

    あなたが指摘する情報公開制度は、理想的かもしれませんが、それを構築、維持するためのコストが需要に見あうものではないでしょう(僕の無知かもしれませんが、その需要を知りません。)

    技術的に困難ではないというのは、他の情報公開制度が、なかなか構築できないことに鑑みても、さすがに前提を欠くかと…

    No title

    >そもそも高い評価を受けるべき仕事はどのようなものかに
    >ついては判然としませんね。

    顧客が基本的に個々に判断すればいいと思います。
    ただ私見ですが裁判の根幹は判決ですから
    裁判官の質や判決文の内容そのものを国民全体で評価・牽制する
    仕組みの方が大事です。
    弁護士は、裁判官さえしっかりして貰えば、重大な問題は発生しないと
    いう形を目指すべきと思います(本人訴訟のより簡素化の支援)

    法律以外の教養が必要であることは間違いないですが、その教養を駆使して問題を法律的に整理するために、高度な法的知識が必要なことも揺るがない事実です。

    欧米諸国の試験制度が簡素なことは、欧米諸国の実務家の法的知識の貧弱さを意味するものではないでしょう。
    また、法科大学院ではあなたが要求されるような質を確保するための学習は提供されていません。法律知識の提供ばかりです。

    加えて、そのような質を備えた実務家を要請するために増員が整合的かは…
    一般教養も試験制度に組み入れた方がよほど合理的でしょう

    No title

    >情報公開が不十分だといいますが

    検索機能が充実していない意味が半減しますし
    有料も頂けませんし、そこまで足を運ばないといけないのも頂けません。
    その他様々な情報と連動させることも大切です。

    更には完全ID制にしてそれらに疑問・批判を書き込めて
    司法がそれらをランダムに抽出しそれに回答するなど
    マルチシステムも必要です。
    (また当事者限定でamazonのように裁判官や弁護士に対する直接的評価や
    批判とそれに対する法曹の釈明機能なども将来的にあればいいかも
    知れません。)技術的に必ずしも難しいことではないはずです

    そもそも高い評価を受けるべき仕事はどのようなものかについては判然としませんね。

    No title

    名無しさんへ 追伸

    >法曹が備えるべき質の定義がされないまま議論がされますし

    私自身の考える法曹の質については
    法的問題においても法的知識が本質ではなく
    豊かな教養や大局観が大事と思います。

    具体的に言えば欧州では法曹を目指す人であっても
    法的知識そのものよりも
    社会学や経済学・心理学との格闘により多くのエネルギーが
    注がれると聞いています。
    アメリカはそれを更に強調した制度になっていて、法学部がそもそも
    存在しません。そして欧米では司法試験は極めて簡素です。

    情報公開が不十分だといいますが、裁判資料のほとんどは裁判所において有料で閲覧可能です。
    関心がある方は閲覧すればいいだけです。

    No title

    名無しさんへ

    そもそも、お仕事そのものが評価されるべきであり、
    その情報公開が不十分なのが問題と思います。

    No title

    SBさんへ 追伸

    医学部の比較についての件ですが
    あなたは大学でまともに「ゼミ」をしたことがないのが
    モロバレですよ。
    大学に入っても試験の問題集と解答といったレベルから抜け切れない
    でいるからあなたは高校生の時よりも更に知性が退化しているのですよ。

    テストの「お勉強」なら確かに何も大学まで行って
    立派な先生について学ぶ必要など一切無いですからね。

    No title

    SBさんへ

    真の独創性やオリジナリティが存分に要求される
    学問や芸術の「研究」の世界と、
    単なる法実務の「お勉強」を混同しないで下さい。
    あなた方こそ実務家と予備校の先生で共同し
    勝手に法実務検定を立ち上げ試験の点数を名乗り上げ
    顧客に問えば良いのです。

    もっとも(私は法学など学問と思っていませんが)
    それら試験のスキームも試験を勉強する参考書も
    法学者が土台を築いたものですが。
    法学者と実務家の反駁など我々にとって目くそ鼻くそです。
    試験マニアのコンペを趣味で
    おやりになる事まで私は反対しません。

    法科大学院の卒業生の殆どが資格を得られる体制と
    法曹増員が実現した後に「院に必ずしも行かなくて
    良いようにしてくれ」と主張されて下さい。
    もっとも、そうなった後ではあなた方の主張の目的の
    大半が消滅しているでしょうが

    >何をもって質かの基準を変えることが司法改革

    へぇ、そーだったんですか。
    オフィシャルには聞いたことのない指摘でした。

    それでは、従前は、どのような点を質の基準とし、この司法改革で、何を質の基準と変えたのでしょう。
    そして、その基準はそもそも変える必要があったのか、法科大学院制度によってその目的は実現されたのか…。。

    この手の議論では、法曹が備えるべき質の定義がされないまま議論がされますし、そもそも政策目的達成手段としての増員策の合理性も焦点が当てられませんよね。

    弁護士の窮状は関係ない、増員が必要だという指摘については、増員自体は達成目的ではなく政策実現手段であることをいい加減自覚したらどうでしょう。

    どーも最近は増員自体が自己目的化した議論がされている気がします。

    正直、弁護士が窮状に陥りつつあることがどーでもいいのと同じくらい、弁護士がどの程度儲かっているのかなんて一般の人にはどーでもいいことなんだと思いますが。

    おそらく、ユーザーとしてのコストに不満があるのでしょうが、きっと安かろう悪かろうでも不満をおっしゃるのでしょう。

    弁護士の側には専門家としての意識の高さとホスピタリティーを求めたいですが、他方で、依頼者には他人の仕事の価値を正当に評価する姿勢をもってもらいたいものです。

    No title

    羽生善治氏はこんな事を言っています(『決断力』)。

    最初は他の人の棋譜を並べたり,定跡を覚えるのが大切。真似から理解へのステップが創造力を培う基礎になる。
    自分の頭で考え,工夫する,その苦労や努力だけが自分の力になる。
    どの世界でも,教える行為に対して,教えられる側の依存度が高くなってしまうと問題である。


    勉強というものは孤独の中でしなければ本当の力は身に付かず,法科大学院を強制するのは余計なお世話です。行きたい人はいけばいいし,行きたくない人は行かなくてもいい。また,臨床が全てと言っても過言ではない医師と,書面作成が中心である法曹とでは仕事の性質が違います。

    ただし,医師の世界でも医学部強制はやめるべきだとの意見があり,傾聴に値します。
    http://agora-web.jp/archives/799263.html

    No title

    新しい詭弁の特徴のガイドライン
    http://ronri2.web.fc2.com/kiben.html

    こちらの方がより真面目ですね。

    どちらも揶揄はしてませんよ。
    本心でそう言ってるんです。
    国民の支持もなく政治力を使って給費性を復活させようとした愚かさとかね。
    国民の支持があればすぐ復活するし、なければ既得権と叩かれる。それだけです。

    No title

    申し訳ないですが御託は結構ですから我々のどの根拠が
    なぜいい加減なのか具体的に述べたらどうでしょうか?
    大きな意味で国民のため、社会全体のため以上に
    優先されるべきものは何もないと言えます
    あなたの言動は単なる曲解を軸にした揚げ足取りです
    法において素朴な合理性以上に優先されるべきものがあれば
    是非挙げて下さい

    もも48さんへ

    どちらを揶揄されているかもわからないコメントに嗤います。

    国民一般の支持をどうこういうのは、議論からの逃亡でしょ。
    司法には無関係な人が多数だから、
    深く考えずに茶飲み話的に言うことはあっても、それが適切な指標なのかは無関係。おめでたい議論だ。

    SBさん、かなり笑いましたけどこのブログでは不謹慎だと思います。




    大事なのは国民が何を指示するかですね。

    No title

    No title

    自説の結論に行く前の、論理が飛んでいることを
    指摘してもそれを見ない反論に付き合いきれないだけです。
    弁護士どころか、法科大学院側の学者にも理解されない主張でしょう。
    どうぞ独自の理論がまず支持されるところを見つけて、そこでご活躍ください。

    青空さん

    >そんなことに答える暇はありません。

    お忙しいんですね。(議論に負けると、急に忙しくなるタイプの方でしょうか?)

    お仕事の方、頑張ってください!

    No title

    それでも地球は回っているというのが学問の世界です。
    ですが法の世界は所詮偉い人が何を言ったかで決まる世界ですね。
    判例の権威に無批判に依拠したり
    青空さんあなたのような人物を見ていると
    これでは司法試験合格者が予備校の金太郎飴のような答案を
    書くしか能のない思考停止した人間という批判が服を着て歩いている
    典型例としか思えません

    No title

    青空さん

    >そんなことに答える暇はありません。

    あなたが主張したことに対して、その根拠はあなた自身が説明しなければ
    いけません。
    あなた自身が合理性を説明出来ないものを、あなたの主張の根拠に
    持ってきてはいけません。
    あなたのような人を法律しか知らない法律バカと世間は呼ぶのです

    無理ですね

    そんなことに答える暇はありません。
    弁護士の既得権益論にたどり着く前に、理論が飛んでいます。
    どうぞ、日本の法学者に同じ質問をしてください。

    青空さん

    絶望的に話が通じませんね。

    学者先生が採点雑感で何か述べたから、それがなんだというんでしょう?

    それなら、その学者先生に対して同じ質問をするだけです。

    ・日本の司法試験だけなんでそんなに難しいのか、
    ・実務と関係ないほど難しいのではないか
    ・医師国家試験よりはるかに難しくする理由はなんなのか
    ・アメリカの弁護士試験より難しくしないといけないのか

    学者先生に代わって、あなたが答えてください。

    No title

    何度も言いますが
    何を持って質とするかを変えようというのが司法改革です
    学者が言ってる学者が言ってるとあなたはおっしゃいますが
    学者がひとくくりの一枚岩だと思っているのですか?
    そんなものは推進派の総意ではないです。
    例えば推進派大御所の佐藤先生はそんな事ひと言も言っていないと思いますよ。

    あなたのような事を言われて納得する人はいません。
    そもそも全く私たちの記述に即したレスになっていません
    弁護士ってやっぱりバカだなぁと思われるだけです

    志願者?

    一市民さん

    論理が飛躍しているのはそちらですよ。
    資格試験である以上、質は要求されます。
    その質を担保する、との掛け声で始めた制度が、
    制度を始めた側が主導で作っている試験で一定水準に達していないなら、
    それは何か問題があるからです。

    それを抜きにして、
    志願者の主観に合わせて合格させろ、
    利用者の声があるから問題ないんだ、
    というのは本末転倒です。

    それから、妙な誤解があるようですが、試験作成も採点も、
    その厳しい採点雑感も書いているのはほとんど学者です。
    弁護士の意見が反映される前段階で、法律学者が実務に必要だとしている
    試験結果に問題を指摘している状況のあるのです。
    こうした実情を顧みずに、質は関係ないかのように全員合格、
    弁護士の既得権益論は明らかだと言われても、
    それは偏見としか言えません。



    No title

    青空さん

    色んな立場の人が色んな政治家的発言をなさる中で
    その誰かの発言だけ取り上げても何も意味はありません。
    「点数的に考えてこれ以上合格者を出したくても出せない」
    などという意見は推進派の総意ではありません。

    一市民さんのご指摘されたように、欧米の司法試験は極めて簡素です。
    法教育そのものについてもそうです。法律ばかり勉強してたらバカになります。
    法学は学問ではなく、日本のような法律漬けの法学のカリキュラムは
    法律バカを産み出すだけです。小学生にパソコン教育を固執させるのと
    一緒です。欧米は大学受験に2次試験すら存在しませんが
    学問的価値の生産性は日本より遥か上です。

    結果や一生懸命さというのはもっと身になる方向に
    若い貴重なエネルギーを使わせてあげるべきです。
    あなた方や実務家の有志と予備校の先生で勝手に試験マニア検定を
    お作りになってその検定証書を持って、顧客の判断に委ねればいいだけです。
    「ああやっぱり試験の点数は質と直結しているな」という安心感や評判が
    顧客にもしも広がるならそれで何が不服なのでしょうか。

    青空さん

    私は、志願者はどう思っているかということについてコメントしただけですよ。まったく関係ないことを言われても困ります。

    ただ、日本の司法試験だけなんでそんなに難しいのか、実務と関係ないほど難しいのではないか、医師国家試験よりはるかに難しくする理由はなんなのか、アメリカの弁護士試験より難しくしないといけないのか、といった本質的な問題について、何等回答がいただけないのは、非常に残念ですね。

    一般人から見れば答えは明らかです。既存弁護士が既得権益を守るために、参入規制を望んでいるからです。

    本末転倒

    先の2コメントのご指摘はおかしいと思います。

    学者中心とした試験委員が、司法試験問題を作成し、
    採点もしています。

    法科大学院もその中枢は学者が担っており、
    司法試験委員とは直接かぶっていなくても、
    ほぼ似たような人たちです。

    同じような人たちが中心に法科大学院を運営し、
    その理想の到達点として、コンセンサスが一定程度えられた
    試験を、同じような人たちが作って採点しながら、
    さんさんたる結果しか出ていないことが採点雑感から明らかになっています。

    主観的に理想の教育をしている、といっているだけで
    その到達点として設定された試験をクリアできないのであれば、
    それはそのかけ声と異なり、
    何かプロセスがおかしい、と指摘せざるを得ません。

    運営している側が主観的に理想の教育をしていると言っているから、
    あるいは生徒が主観的に一生懸命やっていると言っているから、
    全員合格させて良い、などというのは本末転倒のおかしな話です。

    社会では常に結果が求められます。
    主観的には皆、一生懸命なのでしょうが、
    結果を出せていないのならば、評価されないのは当然です。

    資格を取る、と言うことはどこかでこれを判断する制度が必要で、
    熾烈な紛争を対象にする法曹で、高い質が求められるのも当然でしょう。

    >しかし、どちらの論調が、志望者の意思も含めて、現実を直視しているかは、もはやいうまでもありません。

    志望者としては、ロースクールさえ卒業すれば、司法試験にはほぼ間違いなく合格できるシステムを望んでいるとしか思えないんですが?

    そうでないと言うのなら、もっとしっかりとした論証が必要ですよ。

    No title

    医師国家試験のように
    卒業生の殆どがほぼ全員資格を得られるようにしたら
    何も問題ないはずです。

    「点数から見て多くを合格させると質が落ちる」とか反論する人がいるようですが
    そもそも、何を持って質とするかの基準を変えることが司法改革です
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
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    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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