法科大学院への「評価」としての予備試験結果

     以前、ある会合で会った日本に来ている外国の研究者から、法科大学院をめぐる議論について、こんな趣旨のことを言われました。

      「予備試験という制度が結論を出してくれるのだから、それでいいのではないか」

     あっけらかんとしたこの言い方に、「他人事」のようなお気楽さを読み取ることはもちろんできなくありませんが、それ以上に、外の人間であるがゆえの、素直な見方をそこに感じました。つまり、予備試験の結果は、志望者たちの法科大学院という存在に対する、利用者の決定的な評価だ、と。選択する価値を見出せない制度かどうか、逆に言えば、もし、受験条件化せずに、真っ向勝負をした場合、選択されない制度かどうかの結論を、予備試験の結果が出してくれる――。

     彼のニュアンスからすれば、それは決定的に現時点での法科大学院側の敗北を意味し、それは当然認めざるを得ないのではないか、というものでした。強制しなければ利用されない、だから強制するということは、利用者の評価を無視するもの。そのことを念頭におかない結論は、彼の頭のなかには全くないというように思えました。つまりは、予備試験という制度が、あるいは法科大学院という制度の息の根を止める、と。

     予備試験合格者が219人と、昨年に比べ、ほぼ倍増したという結果に、確実に状況は彼の言う通りになってきているとみることはできます。高い学費や時間を費やさなくても、法科大学院修了者と「同等」の学識、素養は評価される。つまりは、法曹として必要な学識、素養というものが、法科大学院を経由しなければ得られないものではないことを、219人の志望者が実力で実証したとみることもできます。

     ただ、問題はここから先です。果たして結果は、どう描かれるのかという話です。要するに、どうしても息の根を止めるわけにはいかない、というバイアスがかかれば、当然、結果の描き方は違うものになってくる、ということです。

      「『例外』に高まる人気」

     今回の結果を伝える11月9日付けの朝日新聞朝刊は、こんな中見出しを振っていますが、およそその描き方は、前記したようなものではありません。

     経済的な理由で大学院に進めない人向けの例外とされているのに、実際はで受けられる。今年の合格者には大学生69人、法科大学院生61人がおり、それが全体の約6割。学費や時間を節約できる「抜け道」として人気が高まりつつあり、このままでは現行制度が揺らぐ――。そんな認識を示したうえで、「節約」のメリットをいう学生の声を紹介したうえで、法科大学院協会事務局長の中山幸二・明治大学法科大学院教授の「予備試験の受験に大学卒業の条件や年齢制限を設けるべき」というコメントで締めくくっています。

     目線は明らかに、「抜け道」という言葉を使った不当なものという方向です。法科大学院の価値に対する志望者の正当な「評価」として見ていないことは、その改善策が、選択されるような価値を高める話ではなく、依然として、予備試験ルートを絞る提案をコメントとしてあえて載せていることでも明白です。

     別のメディアでは、来年春に別の法科大学院と統合することになった大宮法科大学院の教授という肩書きで、久保利英明弁護士が、やはり法科大学院ルートが揺らぐ対策として、次のように述べています。

      「法科大学院の理念は間違っておらず、司法試験の内容を見直すなどして、法科大学院の卒業生が合格できる仕組み作りを急ぐべきだ」(NHK NEWSWEB)

     合格させる司法試験によって、ルートの「価値」を高めよ、ということですが、これも法科大学院教育自体が選択される「価値」を高める話ではありません。「理念が間違っていない」という前置きとは、つじつまが合わない感じすらします。

     本来「抜け道」というのならば、本来、課されるべきものの課されない「通過」の問題性をはっきりさせる必要があるはずです。つまり、通過しても通過しなくても、能力的にも素養にしても同じであり、のちのち法曹としても支障がない、というのであれば、この「通過」に果たして不当に過程を経ていないというようなニュアンスにつながる「抜け道」という言葉を当てられるのでしょうか。

     2007年閣議決定に基づき、予備試験合格者組と法科大学院修了者の合格率格差均衡策として、予備試験組の母数を増やす、つまり同試験の合格者を増やす措置がとられるとの予想はできましたが(「生まれるはずがない合格率『格差』の原因」)、一方で、なんとしてでも法科大学院本道主義を守るための、更なる冷遇策に傾斜することは予感させました(「『予備試験』をめぐる嫌な予感」

     大マスコミも、法科大学院関係者も、「理念」は間違っていないと言い続けながら、実は正面から「理念」で勝負して、選択されるべきという姿勢を初めからとっていないように思います。そして、今、外国人研究者のいうように、少なくとも時間とおカネに見合う「価値」という意味で、勝負がついてしまってもなお、「価値」を提供できるか不明の「理念」の正しさと、負担を押し付ける本道主義への強制的な誘導策ばかりが主張される、おかしな現実を私たちは目にすることになっています。


    ただいま、「予備試験」「日弁連の『法科大学院制度の改善に関する具体的提言』」についてもご意見募集中!
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    No title

    ご指摘の通り「抜け道」思想は不適当ですね。機会均等のための試験である以上、そのような制度批判は邪道です。予備試験合格者の合格率が高いことに対して、ロースクール関係者は自己反省する以外の道は無いと思いますね。

    その通常の知性って面白いですね。

    No title

    弁護士増員反対派に目くその屁理屈があれば、ロースクール擁護派にも鼻くその屁理屈があると示しただけです。

    どちらも同じように見苦しいと、通常の知性がある人なら気が付くはずなのですが。

    オウム返しもいいですが、ボクはロースクール擁護派ではなく、特に必要だとも思っていませんので、あるべきロースクール像を問われても困ります。
    ただ、司法試験が法曹に要求される能力を図る実質を備えているのであれば、司法試験の結果は大きな指標ですが??

    弁護士不要論の立場の方には質問するだけ無駄でしたね、失礼しました。

    No title

    ロースクールの業務には競争による淘汰に馴染むものとそうでないものがあると理解していますが、どの程度それを理解されているのでしょう。

    競争による淘汰は、よく指摘されますが、その結果、生き残るべきロースクール像としてはどのようなものを想定されているのでしょうか。

    まぁ、弁護士をロースクールを通じて公費で育成する必要がないという立場にたてば、それも構わないということになり、それも尊重されるべき見解のひとつですが、弁護士は、現状、司法の一翼を担う立場ですから、この国の司法の在り方の政策レベルでの議論を抜きにしてはできません。

    ロースクール以前の路線は、理念と現状が不和を起こしていたのですから、すでに政策レベルでの議論は終わっているということはできないでしょう。

    弁護士の業務には競争による淘汰に馴染むものとそうでないものがあると理解していますが、どの程度それを理解されているのでしょう。
    競争による淘汰は、よく指摘されますが、その結果、生き残るべき弁護士像としてはどのようなものを想定されているのでしょうか。

    また、既得権益保護のためであることの裏付けは、何ら提示されていません。
    請求による登録抹消の大半が登録5年以内の新人であること、すなわち淘汰の対象となっているのが、OJTの機会もろくに与えられないままの新人であることをどのように説明されるのでしょう。
    現状が新規参入の障壁になっている、そして、それは増員によって解決されないことはどのように説明されるんですか。

    なお、司法試験や修習で能力を確保すべきという主張は、現状を理解しない主張です。
    司法試験科目は所詮主要7法分野だけですし、扱う法典も実務で触れるものより大分限定されています。そして、これにすら対応しきれていない者が9割以上なのが現状です。加えて実務では試験で問われない実際の運用についての知識も問われます。

    司法修習にしても、現在の人数、期間で十分な能力を確保することは不可能です。

    まぁ、弁護士を公費で育成する必要がないという立場にたてば、それも構わないということになり、それも尊重されるべき見解のひとつですが、弁護士は、現状、司法の一翼を担う立場ですから、この国の司法の在り方の政策レベルでの議論を抜きにしてはできません。

    現在の路線は、理念と現状が不和を起こしているのですから、すでに政策レベルでの議論は終わっているということはできないでしょう。

    No title

    >増員反対派の弁護士が見苦しいとされる理由は、何なんでしょう。


    増員反対派弁護士は、「自分達は競争にさらされるべきではなく、保護されるべきとの発想」を持っていることが見苦しいのです。

    既得権益保護のための増員反対であることは明らかな中で、「本気で」「主張」してるなら「笑い者」だし、「筋悪とわかりながら主張してるの」なら、「見苦しい」ですね。

    増員反対派の弁護士が見苦しいとされる理由は、何なんでしょう。

    増員反対派の弁護士が見苦しいとされる理由は、何なんでしょう。

    No title

    >自分達は競争にさらされるべきではなく、保護されるべきとの発想はどこから出てくるのだろう。。

    本当に法科大学院関係者は見苦しいですね。疑いの余地がありません。

    しかし外から見れば、増員反対派の弁護士さんも、同じように見苦しいんですよ。

    まさに、目くそ鼻くそを笑うです。

    法科大学院本道主義者と合格者増員派は親和的で、合格後の弁護士は競争で淘汰されればいいという立場だったような…
    自分達は競争にさらされるべきではなく、保護されるべきとの発想はどこから出てくるのだろう。。

    法科大学院擁護派の方々は、本気で報道のような主張をしてるのだろうか、それとも、筋悪とわかりながら主張してるのだろうか??
    前者なら笑い者だし、後者なら見苦しい。

    というか、どんなルートで法曹界に来ようと能力さえ備えてればいいはずなのだが??
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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