いまさらの「市民が冤罪加害者」論

     誤判・冤罪防止というテーマが取り上げられる場に、最近、必ずといって登場する新たな切り口があります。

      「市民が冤罪の『加害者』になる」

     いうまでもなく、裁判員制度の登場で、市民が強制的に裁きの場に引っ張り出される時代には、現在の捜査や証拠の扱いを前提にすれば、市民が誤った判断をしかねない、ということです。足利事件や検察の証拠改ざん、さらに東電OL殺害事件などの結果から、途端に不安視するような見方を大マスコミが始めた観もあります。

     しかし、この論調には、正直、違和感を持ちます。一つは、これが裁判員制度で強調されることです。「プロの裁判官ですら誤る、ましてや市民では」というニュアンスが込められているようにとれる切り口ですが、逆にプロでも誤ってしまうような判断の「お膳立て」の話を、市民が参加して途端に問題視することになっている奇妙さです。

     市民が「加害者」になる以前に、無実の市民が「被害者」になる視点で、裁判員制度以前に、取り上げられなければならないはずのものが、今、この切り口で取り上げられる奇妙さでもあります。今回の司法改革が、この国の司法が抱える最大の問題ともいえる誤判・冤罪というテーマを一顧だにしていないようにとれることともつながります。それとも、推進論者は、今、こうして取り上げられることが、この制度の効用とでもくくるのでしょうか。

     そして、もう一つの違和感は、こういうことは先に言え、ということです。市民を「主役」と持ち上げて、民意の反映で、あたかも誤判もなくなる、プロの裁判がこの国の司法をおかしくしているかのように(もっとも、そもそも裁判所がこれを全面的に認めたわけではないのですが)、その効用を伝えながら、今になって誤判の「共犯者」になるかもしれない、と。

     これまでの司法の現実を見れば、大マスコミも、この危険は当然分かっていたことですし、制度反対論者のなかにも、これを指摘する声はありました。強制して参加させるために、制度の意義と市民の能力を持ち上げた結果、こうした危険性をいう声には蓋がされたのではないか、と思えます。

     そもそも、死刑関与の現実味にしても、誤判関与の危険性にしても、参加する市民の「責任」にかかわる部分については、制度スタート前のマスコミ論調は、極めて抑制的でした。世論調査などで参加への消極的な市民感情がはっきりしていたなかで、推進論としては、やぶへびな切り口を意図的に控えたように思えます。

     冒頭に掲げた切り口には、別の不安感があります。それは、この「お膳立て」の話が、さらに「分かりやすさ」ということへの傾斜を生むことです。
     
     9月25日に仙台高裁秋田支部が言い渡した秋田・弁護士刺殺事件で一審裁判員判決破棄・差し戻し判決。その理由は、「起訴内容になかったことが重要事実として認定」されていた、というものでした。そして、これが裁判員制度を意識した争点の「分かりやすさ」追及の結果ではないか、という見方が出ています(千日ブログ ~雑学とニュース~ : 裁判員制度の問題点3 審理短縮を目的とした拙速さ、素人への配慮による誤判・誤審の誘引)。

      「分かりやすさ」がはらむ危険とは、言い換えの巧妙さが生む危険とともに、結果が理解されやすいことが「分かりやすい」ことにつながる危険でもあります。裁判員がその事案の重大性かゆえに妥当な結論を無意識でも想定していれば、そこに至る説明は「分かりやすく」、それを回避する説明が「分かりにくい」ようにとらえることの危うさでもあります(「『分かりやすさ』の落とし穴」)。

     また、ある弁護士は、こう書いています。

      「刑事裁判、とりわけ否認事件は、本来複雑なものである。神様でなければ分かる筈のない『真実』を、残された証拠と証言から必死に拾い上げて真意を確定し、かつ、有罪の場合には適切な刑罰を決定する。そのような作業が単純な筈はない。とりわけ、決め手となる直接的な証拠が存在しなかったり、多数の関係者が登場する事件であれば、審理は必然的に複雑なものとなる。関係者の間の証言がくい違うのであれば、誰のどの部分の証言にくい違いが存在し、いかなる理由でいかなる人物の証言を信用すべきか、確定していく作業も必要となろう。極論すれば、このような刑事裁判の場において、『わかりやすさ』というのは、『丁重な審理』の反対語である」
      「国民のための司法を実現するためには、複雑なものを単純化するのではなく、それがなぜ複雑のか、なぜ複雑であることが必要なのかについて、専門家の立場から粘り強く説明していく以外にない」(「わかりやすい裁判」氏家義博弁護士、「裁判員制度はいらない!全国情報第37号」)。

     竹﨑博充最高裁長官は、5月の憲法記念日の談話のなかで、施行3年の裁判員制度に言及し、「法律家の側では、こうした裁判員の高い資質を前提とした過度に詳しい主張、立証が次第に増加し、当初の分かりやすい審理という理念がやや後退しているのではないかという問題も感じ」るとしています。これからも裁判員制度は、「お膳立て」の「分かりやすさ」が中心テーマにされそうです。

     しかし、そうした動きをみるにつけ、「加害者」にもなる市民には、本当伝えべきことが伝えらていないような気持ちになってきます。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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