「国民の信頼」が果たしてしまう役割

     弁護士界における司法政策や法曹一元論の理論的指導者の一人だった、松井康浩弁護士(1922年-2008年)は、その著書「司法政策の基本問題」( 1987年)の最後に、気になる一文を残しています。この本は、1964年の臨時司法制度調査会意見書以降の、司法官僚体制の強化、弁護士制度や司法試験制度、司法修習制度の変質をはらむ、その実施に対する強い危機感のもとに、書かれているものですが、彼は最後に、なぜ、司法反動政策がとられるのか、というテーマを掲げます。

     彼は、ここで、司法権の独立、裁判官の独立が規制され、司法は現実には内閣の直接、間接の影響下にあり、その内閣は与党により、与党は財界により規制されている、という認識のもとに、「裁判所の階級性」ということを挙げ、「中立性=非階級性は幻想にすぎない」と喝破しています。ただ、最も気になるのは、そこから先です。彼が最後の最後に言ったのは、そういった「裁判所の階級性」がはっきりしている政策・判決を支えるのは、実は裁判所の中立性に対する国民の信頼の高さだと言っているのです。

     例えば、当時の青年法律家協会所属裁判官に対する排除の論理につながる裁判所側の主張は、そうした団体に所属することが、裁判の中立性や「公正らしさ」ということを外形的に損なう、というものでした。しかし、松井弁護士をはじめ、同協会側からすれば、彼らこそが、憲法学会の通説に従って、自衛隊違憲の判決を出し、それに属さない者たちが判断を回避しつつ、自衛隊合憲的効果を作出している、と。つまり、どちらが憲法に忠実で、公正な司法なんだ、というわけです。そして、同協会所属への前記中立性、公正さへの疑義ということ自体、与党・財界・最高裁の独断である、という見方につながっていました。

     しかし、およそ「支配層の利益」擁護、階級性というものが絡まない、圧倒的多数の一般民事事件において、裁判所は基本的に当事者に対して中立であり、そのことに対する国民の信頼は高い。だから、「この国民の信頼があるからこそ、これに依拠して、階級性をあらわにした反動判決ができる」と、松井弁護士は言っているのでした。

     この松井弁護士の切り口は、現在の多くの国民には、およそピンとこないものかもしれません。ただ、この一文の最も気になる点は、そうした国民の司法に対する一定の信頼が、前記したような案件における司法の非中立性や非公正さの隠れ蓑になってしまう可能性にほかなりません。「反動」とか「階級性」といった言葉が社会的に使われなくなっても、果たして、松井弁護士たちが懸念したような状況が、この国から一掃されたのか、という疑問もなければならないように思うのです。

     これを今、現在の司法で起こっていることに当てはめると、どういうことになるのでしょうか。司法に対する国民の信頼の基盤を作るための「民主的」手続きとして、刑事分野に導入された裁判員制度、反権力的な意味での存在意義を乗り越え、弁護士自身が「規制」ととらえはじめた弁護士自治、増員政策によって生き残るために、民事分野での顧客獲得に目を奪われはじめている多くの弁護士――。

     今日、もし、松井弁護士が懸念しているような状況が、依然この国から消え去っていないとすれば、それを国民に向けて発信し、国民に喚起する役割をまず、担うことができるのは、マスコミと弁護士かもしれません。少なくとも大マスコミにそれは期待できず、もはや多くの弁護士にも、そうした問題意識がないとすれば、国民が疑うこともなく、松井弁護士らが懸念した「目的」は貫徹されることになると言えます。

     むしろ、その司法への信頼が高いとされた一般民事の分野で、果たして弁護士の信頼が高いのか、現実問題として、多くの不祥事が社会に伝えられ、自浄作用なき弁護士自治の存在意義のなさ、という側面が強調されるなかで、強い危機感に支えられていた松井弁護士の一文を目にすると、本当に大丈夫なのか、と問いかけたくなるのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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