「採用しない」責任、「採用する」責任

     日弁連や弁護士会から、法律事務所に送られてくる65期修習生採用への協力要請FAXに対し、戸惑う弁護士の声が聞こえてきます。どうすればいいのだ、と。つまりは、何も採用したくないわけではないけれど、現実的にはできない、という話です。

     地方の街弁のブロクでは、こんな本音の悲鳴も書き込まれています。

      「私の事務所のようなマチ弁は、売上の相当多くを占めていた過払いの依頼は激減しているところが多いはずです(法テラスか無料の事務所にいっているんでしょうね)。田舎弁護士の地域では、おそらく1つの法律事務所に弁護士3名というのは、その売上から考えると、採算割れするのではないかと思われます。また、小さな事務所だからこそ、成績優秀で、相性もあう弁護士でなければ、毎日が喧嘩ばかりで大変なことになります(なかには、ネット等で書き込むような方もおられますので、注意が必要です)」
      「『完全独立採算』等で給与の負担がないとしても、新人弁護士が採用できるはずがありません。それ相応の報酬を新人弁護士に支払い、きっちりとした指導をしなければ、お客様が迷惑を受けるばかりです」
      「もう、うちのようなマチ弁では、新人弁護士を吸収するのは無理といわざるを得ません」(「田舎弁護士の訟廷日誌(四国・愛媛)」)

     現実的には、かつて2年指導だった司法修習も1年に短縮されたことから、安心して新人に仕事を任すためには、逆に以前よりきっちりと事務所が指導しなければならない状況なのに、それができない。厳しい競争にさらされて、身銭を切ってまで新人弁護士を雇用し、指導する時間はない、と。つまり、質の確保においても、無理に採用したところで責任が持てないという話です。

     この姿勢に関しては、むしろ「採用しない」ということが、社会に対する責任ある態度のようにとれます。

     ところが、これとは違う姿勢の弁護士たちがいることを、坂野真一弁護士がブロクで厳しく指摘しています。つまりは、それでもニーズはある、と強弁している側の弁護士がとっている姿勢です。

      「私は、この手のお願いが来る度に何時も思うのだが、この問題は、潜在的ニーズがある、弁護士はまだまだ不足している、と仰る(仰ってきた)弁護士の名前を公表してやれば良いと思う。それだけで、すぐに解決する問題のはずなのだ」
      「だって、ニーズがあるなら弁護士を雇用して、真っ先にそのニーズを開拓すれば良いだけだ。弁護士だって自由競争だというならば、その潜在的需要を真っ先に開拓したものが優位に立てるのは、子供だって分かるはずだ。弁護士が不足しているというのであれば、雇用したくても雇用できないからそういっているのだろう。だったら雇用すればいいじゃないか」
      「潜在的需要はホントはあるかどうか分からんがあるはずだ、自分で新人弁護士を雇用する必要はないがまだまだ弁護士は不足している、というのでは、あまりにも無責任な発言だ」

     これは法律事務所に限らず、「企業は弁護士雇用を検討すべき」論を掲げる新聞社にも当てはめていい「隗より始めよ」です。もっとも、これが有効な対策にならないことは、坂野弁護士を含めた多くが知っていることです。つまり、これは皮肉。

     もちろん、現実に採用できる事務所がないわけではありません。「社会制度の中では法曹の一員として重要な役割を担うことが期待されています」「我々の業務の一面には、法律実務家として一種のソーシャル・シンクタンクのような役割を期待され、その期待に応えるために全力を尽くすことも含まれます」「日本経済のみならず日本社会全体に寄与し、貢献するとの気構えもまた必要」として、修習生に門戸を叩くよう求める事務所もあります(西村あさひ法律事務所)。しかし、いうまでもなく、400人を超す弁護士を抱える「大企業」の姿勢を、圧倒的多数を占めている「中小企業」に当てはめられないことは、これまた誰もが知っていることです。

     坂野弁護士がいうような、潜在的にニーズはまだまだある、とするならば、「一緒に開拓しよう」と言って採用してもいいはずなのに、それはしないという弁護士たちが、なぜ、存在するのか。本当は、わが身に置き換えて、現実は全部分かっているのに、それでも掛け声、旗振りだけはやめない弁護士たちが、一体、何を考えているのか――。むしろ、弁護士の「責任ある姿勢」という点からは、そのことの方に興味があります。


    ただいま、「地方の弁護士の経済的ニーズ」「弁護士の質の低下」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。http://www.shihouwatch.com/

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    No title

    SBさん:

    建前としての試験合格をどれほど重視するか、ということだと思います。
    確かに1点差でなにが違うのか、といえばその通りですが、それはご指摘のとおり、試験制度というものに内在する制約であって、一定限度の点をもって合格として能力を認めるのですから、その制約を踏まえても、否定しては試験自体が成り立ちません。資格試験制度においては、不合格は、少なくとも能力を持たざる者、であるわけです。

    で、実際に能力を持たない者と、不合格者が不一致するにしても、その差が大きくなり、かつその差が大きくなる要因が、法曹人口問題や修習所定員問題であるのならば、それは不合理な差ではないでしょうか。

    これまで意見がないから不適当、というのは、これまで出ていないから、そういう考え方はないか、という新たな意見を吟味しないと言っているだけで、理由にならないかと思います。

    No title

    説明すると長くなるのでごく簡単に書きますが,あらゆる試験はそんなに厳密に能力を測る機能はなく,合格点の人と,合格点に1点足りなかった人と比べて,合格点を取った人の方が能力が高いかといえば,それは分からないのです。出題内容によっても左右されるし,論文の採点は性質上曖昧さが残ることもやむを得ないでしょう。試験は,点数が高い人が能力も高い可能性が高い,という限度でしか能力を測る機能はありません。

    なお,たからといって「だったらもっと合格点を下げてもいいじゃないか」という論理は間違いで,そんなことを言って合格点を1点ずつ下げていったら全員合格となってしまい試験の意味がありません。線が引けないところにどこかで線を引くのはあらゆる試験に共通する制約です。

    試験で測る能力というのも,基本的な知識,理解,思考力,表現力を見ることができたとしても,それは実務家としての当然の前提に過ぎず,実務家として必要な能力にはほど遠いものがあります。

    そのような試験制度の限界からして,試験合格者数と司法修習の定員を分離するメリットはないと思います。分離したからといってすっきりするものでもないのです。説明すると長くなるので説明し切れてませんが,なぜこれまで諮問機関等で多数意見にならないどころか意見としても上がってこなかったかを考えた方がいいと思います。

    ところで,これまでの議論を見ていると,多額の資金と時間を必要とする法科大学院制度が最大の参入障壁となっており,法科大学院修了を司法試験受験資格から外すべきことはほとんど争いがなくなりつつありますね。

    No title

    SBさん:
    間があいたので読み難いですが、ご容赦。

    合格数問題が司法修習所の収容数問題に転化するだけ、とのご指摘、表面的、結果的にはその通りです。
    しかし、制約要因が能力に起因するのか、予算に制約されるのかという違いは、大きく意味を違えます。

    > また,今年の合格者と,去年の合格者と,一昨年の合格者と,その前年の合格者・・・との優劣をどう決めるか,その優劣を正当化できる根拠はあるか,という難問に直面すると考えられます。

    これは、試験制度に内在する制約だと思いますが、異年度間の試験に同一水準の建前がある以上、問題ないかと思います。
    なぜなら、司法試験の受験年度間において要求される能力が同一という前提があり(建前として崩れることのない前提かと思います。)、私の提示した試験の位置づけの検定試験化(脱競争試験)であれば、異年度間相互の順位比較は純粋に能力比較と同視しうるかと思います。

    実現可能性については、やるかやらないか、の問題だけだと思います。
    メリットについては、質の問題から法曹人口問題を切り分けることができる点にあります。単純に予算の問題であれば、法曹人口問題は国民の支持の有無に直接的に左右される問題となりますし、質の問題は人口問題と切り分けられた試験制度で担保するようになりますので、渾然一体と議論される現在より、余程すっきりとするかと思います。

    電力会社、郵便事業者に比較の意味がないは訂正します。
    いずれも財政的基盤が整備されている例と思われるので、公益性を指摘するのなら、それに見合う財政的基盤の整備か必要です。

    なお、繰り返し指摘しているように弁護士を公益性を担う存在と位置付けるべきかが問題提起であり、その結論を出すのは国民全体です。一国民として単なる民間事業者と位置付けるべきではないとの主張です。

    一民間事業者と位置付けるのであれば、合格者の制限も就職の保障も財政的基盤についても競争に委ねる必要はないでしょう。

    この二項対立だけで結論が出る問題でないことの批判は、そのとおりだと思いますが。

    No title

    人数増員に対して個人的には反対も賛成もしていないのですが、ただ一つだけ気になるのが、英米系法律事務所による日本事務所の支配です。ドイツでは人数増員後、トップ10のほとんどの法律事務所が英米系法律事務所になったそうです。アメリカの弁護士の中には日本の法律事務所も同じことが起こると予測している人もいますし、現在トップ20の日本の事務所のうち5つが英米系です。
    日本では表向き日本の事務所との共同となっているところもありますが、英語のウエブサイトに行けば、完全に英米系事務所のブランチオフィスにすぎません。多分、それが実態でしょう。
    今後、人数増加から経営に行き詰った中規模の事務所が英米系の事務所に助けを求めて建て直しを図るなどということも考えられます。

    英米系の傘下に入ると何が問題なのか、ここでは省略しますが、国民にとって良いことはありません。

    電力会社は、一部のわずかな例外を除き、各地域一社独占ですし、郵便局はつい最近まで民営じゃないでしょ、…制度の枠組みも全然違いますし。比較の意味がないと思いますが…。過渡期の郵便局については、色々と問題はあるようなので、今後の展開はわかりません、ご指摘の状況が維持される保証はありませんよ。

    サービス残業の件については、再就職の難しいこの御時世に会社に籍をおきなが訴訟に訴えることが当人にとってどれ程勇気のいることか想像してください。
    にもかかわらず、第三者の弁護士が提訴を無理強いするんですか。。
    当人の訴えにくい状況がおかしいは、正論ですが、それは日本の社会構造の問題であって法律家の責任ではないと思いますが…

    サービス残業とかの違法行為を強いても訴える人間がいないから、違法行為をする。違法行為をすれば儲かるからだろう。
    訴える人間が一定数いれば企業の社会的評価、金銭の出費、訴訟費用など割りに合わないから駆逐される。それは大多数のサラリーマンの救済につながる。泣き寝入りする人間が多いのは弁護士の使い勝っての悪さも原因の一つだ。

    電力会社は独占する以上どんな僻地に住んでいても電気を供給している。郵便局は採算が合わなくても僻地にも手紙を定額で届ける。
    弁護士は法律事務を独占だけして割りの合わない仕事は引き受けない。しかも参入規制には一生懸命だ。結果多数の国民は泣き寝入る。
    権利の上に眠るものは保護しないなどというのは大多数の国民は知らない。公益を担う弁護士を強調するならば訴訟に至るか否かはともかくこの点をもっと国民にアピールしろ。逆に民間事業者としての立場を強調するならやはりアピールして仕事を獲得せよ。いずれにしても国民の権利救済につながる。
    ここにいたっていないのは、どっちの立場であれ弁護士の努力が足りない。

    なお、エントリとの関係で言えば、公益的な存在であることを前提とするのならば、品質を確保するための制度設計を国費を投じてすべきであり、経済的負担を過度に強いる現状の制度設計は疑問であるということです。

    泣き寝入りの関係は、批判が当を得ていないですが、反論しておきます。

    まず、先の問題提起は、弁護士の制度的な位置付けを確認の上で議論をすべきだというものです。
    公益的な存在であることを前提とした制度構築をすべきなのか、単に民間事業者としての制度構築をすべきなのかということに尽きます。

    そして、従然は公益的な存在として制度は構築されていたこと、充分か否かはともかく、公益的な活動はしてきたことを指摘しました。
    公害事件などは、共通理解の得られる著名なものとして指摘しただけで、これがすべてだとは言っていません。

    ブラック企業の問題やサービス残業等の現状があるのは事実ですが、これが弁護士のせいだというのは、論拠のない空論です。
    そのような企業が存在できる現在の法制、あるいは、その救済制度の不備、つまりは政治の問題です。
    政治について弁護士が門外漢なのはいうまでもないことでしょう。

    泣き寝入りを強いているといいますが、その手の事件の受任拒否の実態があるのなら、指摘は当たりますが、そのような裏付けは統計上も私は知りません。

    権利を実現したければ、個々の国民自身がまず行動を起こすことは当たり前です。
    それとも、「あなた、サービス残業させられてますよね、訴訟を起こしましょう」と回ることまで要求してるのでしょうか??そのような社会は、勘弁してほしいですが。

    弁護士は、あくまでも依頼者を前提とするものです。依頼できない事情は、個々様々であり、そこを無理やり紛争化させるのは、弁護士のあり方として疑問です。

    なお、付言すれば、未払賃金訴訟などは多く存在します。少なくとも訴訟を通じて社会への未払賃金にかかる問題提起を間接的にしているといえます。

    繰り返し、一点指摘しておきますが、そもそも自分の権利は自分で守るものです。弁護士は、その実現のため行動を起こした人に助力する存在です。
    それが制度を変えてきたという例は多く存在します。
    権利の上に眠る者は保護されないという大原則を確認すべきでしょう。

    No title

    とおりすがり氏の考えによると,「司法試験合格者数を何人にするか。」という問題が「司法研修所の定員を何人にするか」という問題にスライドするだけのように思えます。また,今年の合格者と,去年の合格者と,一昨年の合格者と,その前年の合格者・・・との優劣をどう決めるか,その優劣を正当化できる根拠はあるか,という難問に直面すると考えられます。実現するメリットも実現可能性もあまり感じません。

    No title

    SBさん:

    司法修習のキャパシティは、司法試験とリンクさせる意味がありません。実質的に司法修習所入所試験、ということ自体が、そもそもの問題かと思います。
    司法修習を無くすことは私も反対ですが、司法修習のキャパシティのために能力のある者を落とす意味は全くありません。

    今年は3,000人、今年は500人、では運営できないとは思えません。
    あぶれた人がいれば、それは成績上位者から受け入れるようにすればいいだけであって、足切りする必要性は乏しいでしょう。合格者(能力のある者)が少ない年に、前年までの合格者(能力のある者)が修習に行くことになるだけです。

    No title

    合格者数の目標を設定しなければならないのは司法修習があるからでしょう。司法試験は実質的には司法研修時入所試験です。今年は合格者3000人,今年は500人,では運営できません。

    司法修習をなくすことはできないし,するべきではありません。司法試験はよくできた試験ですが,机の上の勉強では限界があり,実務とは距離があり過ぎます。法科大学院はたった3か月の前期修習すら代替できないというとんでもなく非効率的な教育システムである一方,OJTである実務修習の教育効果は顕著です。

    No title

    前提として、私は法曹人口又は合格者数の増員派でも、維持派でも、減員派でもありません。それを念頭に置いて、以下、ご覧下さい。

    まず、合格者数を人為的にコントロールしようという点に問題があると考えます。
    それは実際的な需給(経済だけでなく、必要としている人に対する需要という点を加味して)に全く一致させることは出来ない、むしろギャップをもたらすことになるからであり、そのギャップは弊害を生みます。需要過多であれば司法救済に頼れない者を生み、供給過多であれば市場撹乱者を生みます。

    このギャップを完全に生まないようにすることは、現実的には不可能です。
    しかし、一定の時間をかけることであれば、是正は可能になります。それが市場原理がキチンと機能した場合の結果です。これを人為的に行うことは、理論上は可能でも、実際には不可能なことは、並みいる共産主義国が敗れ去った歴史で証明済みです。その点から、現在のような、合格者人数論自体がナンセンスだと思っています。

    減員論者からの現状批判は、合格者そのものの質の問題、OJTの問題、職の確保の問題が主な点と理解しています。そのうち、OJTの問題、職の確保の問題については、上述の市場の問題であると考えますので、合格者そのものの質の問題が市場解決が困難(典型的なレモン市場の問題)な問題であると思います。
    この点は、司法試験から司法修習に至る過程が、そもそも質の保証をするべき存在であり、その合格枠を議論することがナンセンスであると考えます。
    すなわち、質の確保ができないのであれば、合格者が例えゼロであっても合格させるべきではなく、人数で調整するような問題ではないからです。

    増員論者からの現状批判は、需給問題について、隠れた需要がある、掘り起こしが必要、といったものですが、それらは減員論者から批判されるように、自ら率先して雇用すべし、との反論には無力です。しかし、むしろそれは当然のことと思えます。下記のコメントでもありましたが、資格取得が生活保障ではないことは明白であるので、現状合格者の就職難が生じるのは当然と言えば当然であると言えます。

    生活の安定があってこそ、公益活動に従事できるというような意見もあります。
    しかし、そもそも弁護士の犠牲のもとに成り立つ公益活動、という仕組み自体を見直すべきです。法律扶助の拡充によるべきであって、公益活動のために弁護士の生活を確保するというのは、全くの詭弁であって論理必然性はありません。

    なので、法曹人口問題が議論されるたびに、本質以外の議論がなされているように思えます。

    心の問題だってさw
    呆れてものも言えんわ。

    モメ48氏は何を言いたいのか?つまり私怨で俺が弁護士を叩いていると言いたいのか。私は知り合いの弁護士は人間的にも仕事も評価している。
    政策議論として意見を述べているんだ。叩いているのは既得権を守りたいという本心を詭弁を用いて正当化しようとするような弁護士だ。
    そのような視点ではずっと国民から叩かれるだろう。それは別の考えを持つ弁護士にも迷惑となるという事は理解するべきだ。
    もっと国民の声に耳を傾けろ、都合のいい意見しか見えないからそのようになる。自分らに対する都合の悪い意見は私怨だと。それではずっと国民の理解なんて得られないだろう。

    No title

    10-22(01:54) の匿名さんや893-5910さんがやんわりと示唆していますが、私には昨日書いたように、ななしさん達からは、自分の不当な要求を弁護士に断られた個人的怨嗟しか感じられません。
    本当に、「競争こそが国民の利益になる」と信じている人であれば、競争を否定して莫大な血税を大学利権に浪費してる司法改革こそを、徹底的に批判するはずです。
    ところが、それは全くしないと。ただただ 「弁護士の合格基準を下げれば下げるほど国民の利益になるんだ-」と連呼するばかり。

    書き込みだけから判断すれば、ななしさんのような性格の依頼希望者といかに関わらずにすませるかこそが、弁護士にとっては重要でしょう。
    ましてや競争が激しくなればなるほど、利益にならず時間とエネルギーだけは浪費させられるタイプの顧客と付き合うことなど、できなくなります。

    ななしさんや一市民さん、さかいBさんに対して言えることは
    「合格基準や弁護士の価値がいくら下がっても競争が激しくなっても、あなた達の心の問題はなにも解決しません」 です。

    今の状態で国民が要求している公益を果たしたというなら、それは大きな隔たりがある。公害訴訟などの一例をこなしているから、役割を果たしていると思うなら勘違いも甚だしい。
    なぜブラック企業が生まれるのか?なぜサービス残業などどいう言葉が存在するのか?なぜインターネットで名誉毀損やプライバシー侵害が日常的に起きているのか?被害者は泣ねいりをしているのではないのか?それらの被害者が弁護士に解決を頼みにいけてるのか?行けないならなぜか?よく考えてみるべきだ。司法権は弁護士の既得権のためではなく、国民の権利として存在する。

    弁護士の果たしてきた公益的な活動として公害、薬害、再審事件など著名な例については指摘しました。国選弁護、当番弁護も公益的活動の一例です。

    正義の観念は主義、主張によって左右される相対的なものなので、弁護士が真に救済すべき正義を感じられなかったとき、そのために頑張れないのは当然です。あなたが泣き寝入りをさせられたと感じる方は、残念ながら自身の正義を共感してもらえる弁護士と出会うことができなかったということでしょう。泣き寝入りを強いられた事件が実際にあったのか、それがどのような内容かは不明ですから、なんとも言えませんが。
    また、弁護士が司法の一翼を担うということには、法的解決の必要なの紛争とそうでないもののフィルタリングをするという作用も含まれています。
    いたずらに訴訟に巻き込まれることが、真に国民の利益になるものではないと思います。

    そんな問題の実例を知りたい

    不思議です。
    本当に法的紛争を抱えた依頼者が、高額な報酬を用意できずどの弁護士にも断られて泣き寝入りした、などという事実がそれほど多いのでしょうか? 私はそんな実例を知らない。企業法務が専門だとか称して飛び込みを最初から断っている(そのくせ公益活動と称して国家権力や独占資本と強烈に癒着する仕事はいくらでもやる。冤罪事件や公害事件や欠陥商品問題なんて眼中外で、権力犯罪の片棒も平気で担ぐ)事務所は知っていますが。国民の方が無知で、弁護士に頼めば片がつくのにそれを知らずに泣き寝入りした、というのならまだ考えられますが。

    少なくとも、私がやむを得ず門を叩いた弁護士は、実に些細な困り事にも関わらずちゃんとやるべきことはやってくれた。些細な件とはいえこっちが驚くほど些細な報酬しか要求しなかった。

    執拗に書き込んでる名無しさんにうかがいたい。あなたか、あなたが直接話を聞いた人に、法的紛争にも関わらず何人もの弁護士に話を持ち込んで全部断られた、それも報酬を理由に、なんて件がいくつあるのかと。

    弁護士は司法権を担うあるいは公益的な存在だから民間企業と違うと言うならばその役割りをまず果たすべきだ。
    ほとんどの弁護士は個人企業として儲からない仕事をしてこなかったではないか。
    泣き寝入りする国民についてどう思うのか?「どうぞ泣き寝入りして下さい」というのか?与えられた特権にふさわしい公益としての役割りをはたしていないだろう。
    義務を果たしてから権利を主張しろ。そしてそれを果たしてこなかったから叩かれる。
    弁護士の自分達は特別と言う考えは既に通用しなくなっている事はまず自覚するべきだ。

    No title

    通常の民間事業者と同じ発想で語るのであれば,すでにお客を掴んでいる既存の大多数の弁護士にとって,増員であろうが,なかろうが,どうでもいいのではないのでしょうか。
    自己保身を図る解決策としては,新規参入者(新人)をイソ弁として採用しなければいいだけの話なのです。
    自宅開業即独作戦は,経費を浮かすという点では利がありますが,対外的な信用を得にくいので,新規顧客をつかむことができず,さらに,弁護士は,何もしなくても弁護士会費だけで年間50万円は必要ですから(なお,弁護士会費が最低レベルの東京三会です。地方では,もっとかかります。),最終的には,厳しいだろうと思います。

    既存の弁護士としては,現時点では安泰なので,事件のパイが同じ大きさで推移していくと想定した場合,新規参入者が干上がって撤退していくのを,ただ,眺めていればいいだけの話です。

    にもかかわらず,既存の多数の弁護士が憂いているのは,自身の業界が,新人が,OJTも積めず即独し,すぐに廃業するような業界になってしまうというのは,極めてまずいのではないか,非常に困るのではという漠然とした危機感にあると思います。
    そして,そのような業界には,当然,優秀な若い人材は集まらないところ,三権の一つである司法権を担う法曹界が,そんなことであっては,日本の将来は10年後,20年後どうなるのか,という危機感もあるのだと思います。

    ですので,競争原理がどうとか,弁護士だけ参入規制が認められるのはおかしいとか,他の民間企業がどうとか,潜在的需要がどうとかいう批判は,話がズレていると感じるところです。

    三権(立法・行政・司法)の一つである司法権を担う法曹界に,優秀な若い人材が集まらないような状況(ロースクール制度も含めて)があるのに,それを改めない(改めようとしない)現状について,将来の法曹界はどうなるのか,という問題意識(憂い)について,真摯に検討・考えているのか,携帯電話、タクシー、歯科医師、家電やスーパーなどの小売業と法曹界は同じでいいではないかと考えているのかの違いではなかろうかと思います。

    後者の「同じでいいではないか」という人たちと,前者の「将来の法曹界はどうなるのか,という問題意識」を持つ人たちで,同じテーマについて意見を交わしたところで,咬み合わないのだろうなと思います。



    再掲

    先のコメントで伝えたかったことは、現在の司法制度との兼ね合いで弁護士をどのように位置付けるかという議論が欠落しているということ

    理念だけで片付く問題ではないけれども、法科大学院制度、給費制、司法修習、就職問題いずれにも通じる問題だと思う。

    現在の増員反対論の高い学費を払ったのに、多額の負債を抱えさせられて、就職がないとの論拠がいずれも説得力がないのは、そのとおりだと思います。
    自己の利益追求のための投資であるから、それが見込み違いだったというのは、自己責任で片付けられるでしょう。

    実質が伴っていない問題はあるとして、公益的な存在だからこそ、それにみあうだけの高等教育が必要であり(それにともなう投資も)、国費で要請する合理性もあって、その後のojtも確保されるべきと言えるのではないでしょうか??

    弁護士が単なる民間事業者という理解も国民の権利利益の担い手という理解もいずれも間違っていないと思います。
    前者を強調するならば、弁護士を特別扱いせず、自由競争による淘汰にさらせということになるのでしょう。
    もっとも、その場合、国民には弁護士が従然、手弁当でやってきた公益的活動を期待しないでいただきたい。多くの薬害事件や公害事件、最新事件などは最終的に裁判所を動かしたものについては、多くの利益を弁護士にもたらしたかもしれないが(私は弁護士ではないので推測です)、おそらくそこに至るまでの時間や労力に照らせば、何ら経済的合理性のないものだったと思う。
    生活が成り立たないのに弁護士に公益活動を求めることはできない。採算のあわない仕事を断ることも、仕事を獲得するために個々の事件について当事者の気を悪くしないようポーズをとった訴訟活動をすることを決して非難できない(これがうまくいくことについて他の業界の方の理解を得ることは難しいようですが)。
    だって、民間事業者だもの。

    なぜ弁護士を特別扱いするのかという意見がありますが、弁護士は司法制度の一翼を担う公的な存在との理解のもと、当初、日本の司法制度は作られました。
    ですから、弁護士の現状、これに伴う質の低下は、日本の司法制度、すなわち紛争の裁定制度をいかに構築するかという問題に密接に関連しています。

    時代は変わった、弁護士に司法の一翼を担わせる必要はないというのも国家的にはひとつの選択でしょう。
    ただ、その場合、弁護士なんて制度として必要なのかという問題に立ち返るわけですが…。

    コメントの承認制ではないことから、ブログ主は広く意見を募集していると思ってる。違うなら承認制にするか、反対意見は書き込まないようにとの注意があるだろう。この点についてモメ48氏はブログ主でもないのに推測でものをいうのはどうか?
    携帯電話、タクシー、歯科医師、家電やスーパーなどの小売業、競争によって値段が下がりあるいは質が向上するのは歴史的事実として証明されている。それは国民の泣き寝入り減少につながる。少なくとも法曹の参入規制の強い状態のもとで国民の泣き寝入りが解消されたという事実はない。

    ななしさんへ2

    もう一度言いますが、管理人さんは現実の政策についての記事を書いています。
    現実の政策は、「競争激化させる」ことを目的とは、していません。
    現実の政策とは全くかけ離れた、
    「とにかく合格基準をユルユルにして弁護士をもっともっと競争させるべきだ」
    とのご意見をお持ちであれば、このブログで私や管理人さんに絡むよりも、
    政府を批判する主張を、ご自身で展開すべきでしょう。
    お門違いなことを理解して下さい。

    ななしさんへ

    ななしさんへ
    あなたは、「泣き寝入りしてきた人達」 が、とにかく弁護士の競争が激しくなれば救われる、
    との前提に立っていますね。
    しかし、その論拠は全く、一つも、示されていません。

    モメ48氏へ
    弁護士に貧乏になれなんてことを望んでいない。(なかにはそういう人間もいるだろうが。)そういう目で国民を見ている限り、叩かれ続けるだろう。
    競争して国民の利益として還元しろ、と言ってるんだ。競争を免れてきたおかげで弁護士は不当に利益を得て、その分国民が損しているの事実が弁護士が叩かれる理由だ。切磋琢磨した結果、全弁護士が儲けたっていい。
    今まで泣き寝入りしている国民を弁護士は見捨ててきたのではないか?
    参入規制の下で高い金額をとり、客を怒鳴りつけ、面倒な仕事は断り、なかには適当な仕事をするものも、犯罪に手を染めるものもいた。それでも弁護士業を続けられるという事が当然だとなぜ思う?

    No title

    >一市民さん

    あなたと全く同じことを言っている弁護士の人もいるようです。
    http://d.hatena.ne.jp/ypartner/20111119/1321697762

    あまりに論法が似てますが,気にしないようにしましょう。

    それはそうと,弁護士以外の人が必ずしも弁護士激増が適切であると考えているとは限らないようです。
    http://www.moj.go.jp/content/000102296.pdf

    構成員名簿
    http://www.moj.go.jp/content/000101560.pdf

    検証不能な経験則をもって相手を論難するのもいいですが,私は可能な限り事実と証拠をもって主張したいと思っています。

    大人げないですが

    >「需要がいっぱいある」 という名目で大増員政策やってるわけで。
    >需要がないのであれば、大増員政策を続ける理由はありません。


    国家権力がどういう理由である政策を採用しようとも、市民が独自の立場で、独自の根拠から、その政策を支持したり批判するのは当然のことですよね。

    もめ48さんの意見は、お上の決めた政策理由について、一市民の分際でどうこう言うなというものなんでしょうね。

    さすがに、国に泣きついて参入規制をおねだりする方は、考え方が違います!

    あんた、どこまで国家権力が好きなの?


    北朝鮮に行ってください

    モメ48さん

    だからあ、なんで弁護士だけ特別なんですか? 需要に合わせて供給する国家がいいのなら、北朝鮮に行ってください。

    資本主義の世界は、競争の世界です。他人の競争によって、豊かな生活を享受できているのです。

    他人の競争の果実だけもらい、自分は参入規制のもと、ぬくぬくと暮らしたいとは、ただただ、呆れ返ります!

    貴方のような人たちは、一体どこまで心根が卑しいのでsしょう。

    No title

    「需要がいっぱいある」 という名目で大増員政策やってるわけで。
    需要がないのであれば、大増員政策を続ける理由はありません。

    ブログ主さんは、現実の政策についての話をしてるわけです。
    現実の政策とはまったくかけ離れた、
    「需要があろうがなかろうがとにかく弁護士という肩書きついてる人間を大量増産させろ。それで金儲けの下手な弁護士やその家族が食えなくなってる姿をもっともと俺に見させろ。」
    これは政策論ではありません。ただの醜い怨嗟です。

    ロースクール廃止して、司法試験一発勝負でいい。
    ハイリスク・ハイコスト・ローリターンから、ローリスク・ローコスト・ローリターンに転換すればいい。
    ローリターンと言っても、司法試験合格そのものの価値が下がるだけで、裁判官や検察官の価値は下がらないから、優秀な人材が司法試験を受けなくなることはない。
    合格自体の価値は低いが、コストや時間もそれほどかからないので、とりあえず合格しておいて、裁判官や検察官を狙おうとする優秀な人材は必ずいますよ。

    xyz氏へ
    裁判官、検察官として採用しなければいい。
    法曹の人が考える優秀=学歴
    これも世間と違う。バブル崩壊とともに捨て去られてる。
    世間の優秀=実力のある人。これが当たり前。

    No title

    このハイリスクローリターンの状況では、優秀な人は法曹を目指さないでしょう。有名大学でも法学部の人気が凋落しているとのことですから。
    弁護士は変な人に頼んでしまったとしたらそれは消費者の自己責任で済むでしょうが、裁判官や検察官は無能な人がなると非常に困ったことになると思うのですが。このあたりは一般市民の意見を代弁しているらしい人たちはどう思っているのでしょうか。

    No title

    ロースクールと貸与制と高額な弁護士登録料及び会費には反対していますが、法曹人口増加については特に反対していません。最初の3つは新規参入を阻む三重悪だと思っています。
    ロースクールや貸与制に反対している弁護士は同じ理由で反対しているわけではないのです。

    ロースクールを叩くのは、法曹人口減らしたい弁護士の方便ですからね。合格者が減るんならロースクールだろうが旧来の司法試験だろうがどっちでもいいんです。
    ローがあるので合格者を減らせない(と思い込んでる)からロースクールを批判しているんです。ロースクールがあろうがなかろうが規制緩和という流れがあるかぎり永遠に法曹人口増加は続くのにね。

    因みに、ロースクールを廃止すべきというのは、議論するまでもないことでしょう。
    弁護士は、ロースクール志願者激減を根拠に、食えない資格ではダメなどと主張したりします。
    しかし、あれだけ莫大な時間とカネを投資させる制度では、資格取得=就職確実くらいでないと、志願者が集まらないのは当然です。
    以前の司法試験みたいに、誰でも受けられる試験にすれば、資格取得=就職確実でなくとも、志願者は確保できますよ。
    ロースクール関係者が言うように、合格者を増やせば、志願者も増えるというのは、確かに妄言です。
    ロースクール進学という投資を要求する限りは、弁護士は、食える資格でないといけないのです。
    そこで、やはり弁護士が食えないのは、問題だなどと主張するのは、問題のすり替えでしょう。。
    悪いのは、ロースクールの存在なのですから。

    市民感覚として、医師不足を肌で感じない。公認会計士など利用する立場にないんでよくわからん。でも医師も公認会計士も減員主張は既得権益者と叩かれてますね。弁護士程ではありませんが。
    そりゃそうだ。自分達の利益ために言ってるのが見え透いてるからね。

    No title

    >「法的需要が増大する。その対応のためにも、法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題である。」これが今の法曹人口増加論なのです。

    そういう人が本当にいたのか、現在でもいるのかについては、当方はわかりません。そんなことは、どうでよいことです。

    弁護士さんの多くは、「人間不平等起源論」と「社会契約論」の違いが分かっていませんね。

    このブログのコメントを見る限り、多くの一般人が問題にしているのは、「何故、弁護士増員が起こったか?」ではないんですよ。そんなこと、弁護士さん以外、誰も気にしていません。

    一般人が気にしているのは、「弁護士増員は正当化できるのか。その理由は何か。」でしょう。そして、「弁護士のみを特別扱いできないから、弁護士増員は正当化できる。」というのが、多くの一般人の答えです。

    ごく普通の読解力があればそのくらい読み取れるはずでしょう。

    それにもかかわらず、バカの一つ覚えのように、「需要がないのに増員はおかしい」と言い続ける弁護士さんの存在自体が、いかに常識はずれなものか、いい加減に気がついても良い頃ではないでしょうか。


    No title

    >相当なお金と労力をかけてもOJTすら受けられないとなれば,志望者は少なくなり,入り口での競争が無くなって資格の意味も無くなります。

    そんなことはないでしょう。試験に受かりやすくなれば、沢山の人たちが司法試験に殺到するとしか思えません。

    仮に志望者が減れば、OJTも受けやすくなるとともに、競争も緩やかになるでしょう。そのこと自体が、志望者を増加させる要因になります。

    市場にゆだねるというのはそういうことです。何の問題もありません。

    「資格の意味」ってなんですか。文脈から判断すると、「合格さえすれば、その後の生活が保証される」ことを「資格の意味」と言っているとしか思えませんね。

    世間の常識とは大きく乖離していることに、早く気が付いて欲しいものです。(仕事が来ないという弁護士は、増員が原因ではないと思いますよ。その思いあがった非常識が原因なんです!)

    No title

    就職の保障といかないまでも,取得に相当なお金と労力が必要な資格は,OJTが可能な程度には合格者数の調整をしています。

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/07112604/010.htm

    http://www.j-cast.com/2011/11/15113144.html

    相当なお金と労力をかけてもOJTすら受けられないとなれば,志望者は少なくなり,入り口での競争が無くなって資格の意味も無くなります。今の法曹養成制度がそれです。

    弁護士会が採用支援をするのはわかるけど採用が決まらない人がいて何が悪いんですかね?
    司法試験の合格=就職の保障ですか?
    就職活動から競争です。これ世間じゃ常識。ちなみにOJTを受けさせないと使い物にならない云々も他の職業も同じ。でもそれを理由に参入規制してくれというのは法曹界のみですな。

    No title

    >そういう意見は全く無視して、現実にはありもしない「法的需要があるのだから、増員反対はおかしい。」という意見を攻撃して、何がしたいんでしょうか?

    そのとおりです。現実にはありえないですよね。そんな意見。
    ところがあるんです。その名を「司法制度改革審議会意見書」といいます。
    国が設置して有識者を集めて何と63回も会議を開き,出てきた結論がこれです。

    「今後、国民生活の様々な場面における法曹需要は、量的に増大するとともに、質的にますます多様化、高度化することが予想される。その要因としては、経済・金融の国際化の進展や人権、環境問題等の地球的課題や国際犯罪等への対処、知的財産権、医療過誤、労働関係等の専門的知見を要する法的紛争の増加、「法の支配」を全国あまねく実現する前提となる弁護士人口の地域的偏在の是正(いわゆる「ゼロ・ワン地域」の解消)の必要性、社会経済や国民意識の変化を背景とする「国民の社会生活上の医師」としての法曹の役割の増大など、枚挙に暇がない。
     これらの諸要因への対応のためにも、法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題である。司法試験合格者数を法曹三者間の協議で決定することを当然とするかのごとき発想は既に過去のものであり、国民が必要とする質と量の法曹の確保・向上こそが本質的な課題である。
     このような観点から、当審議会としては、法曹人口については、計画的にできるだけ早期に、年間3,000人程度の新規法曹の確保を目指す必要があると考える。具体的には、平成14(2002)年の司法試験合格者数を1,200人程度とするなど、現行司法試験合格者数の増加に直ちに着手することとし、平成16(2004)年には合格者数1,500人を達成することを目指すべきである。さらに、同じく平成16(2004)年からの学生受入れを目指す法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、新制度への完全な切替え(詳細は後記第2「法曹養成制度の改革」参照)が予定される平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることを目指すべきである。このような法曹人口増加の経過を辿るとすれば、おおむね平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模(法曹1人当たりの国民の数は約2,400人)に達することが見込まれる。 」
    http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/iken-3.html

    「法的需要が増大する。その対応のためにも、法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題である。」これが今の法曹人口増加論なのです。

    笑い話ですよね。びっくりすることに今でも壊れたレコードのように同じことを言い続けている人が一部にいるんです。

    相変わらずピントがずれてますね

    こちらのブログのコメント欄で、増員反対について批判している人たちの主張を読んでいるんでしょうか? 

    「法的需要があるのだから、増員反対はおかしい。」なんて意見は、一つもなかったはずです。

    主たる批判は、「弁護士だけ、参入規制が認められるのはおかしい。」というものでしょう。

    そういう意見は全く無視して、現実にはありもしない「法的需要があるのだから、増員反対はおかしい。」という意見を攻撃して、何がしたいんでしょうか?

    増員反対などと、私利私欲で主張している弁護士は、所詮その程度の人たちなんでしょうね。

    なぜ圧倒的多数を占める法律事務所が中小なのかが、そもそも問題だ。
    統合すれば経費も事件も新人教育も全て分担できる。
    一人で好きにやりたい弁護士多すぎ。
    新人が増えればそういう考えの事務所も増えるだろう。
    いいことだ。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
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    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
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    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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