弁護士のポストへの「思い」

     かなり昔のことになりますが、東京のある弁護士を囲んで会食をしているときのことでした。彼はいわゆる「会派(派閥)人」といわれるような方で、東京弁護士会会長を狙っているという、あくまで噂がある人でした。席上、そういう話も聞こうと思っていたところ、別の同席者が「先生は最高裁判事(に就任すること)にはご興味はないのですか」という予想外の質問を、彼にぶつけました。

     彼の顔色が、一瞬にして変わりました。彼は、真剣な顔をしてそれを否定して、「僕は東弁会長がいいんです」ときっぱりと言いました。彼は、私のような記者から業界にそうした情報が流れることを恐れたのか、私に対して、最高裁判事云々といったことは「絶対に書かないでくれ」とクギをさしました。記者がいる前で、なんてことを言い出すのだ、といった調子でした。

     そのとき、同席者が、どうしてそんなことを言ったのかははっきりしません。確かにその弁護士の人物としての印象は、最高裁判事のイメージを被せることができない方ではありませんでしたが、あるいはその時の弁護士の反応から類推すれば、ひょっとして彼の周りに、実際にそんな話があったのかもしれません。とにかく、彼は、そんな話で、自分が東弁会長になる芽を奪われるのを恐れたことは間違いありませんでした。

     以前、最高裁入りが決まった弁護士が、その準備をするときに、「自分は今、自分がやってきた弁護士という仕事の『お葬式』をしているんだ、という気持ちになった」という話を、ご本人から聞いたことがありました。他ポストへの魅力を抜きにしても、根をおろしている仕事を一端清算して、任官するのは、やはり弁護士にとっては、大変なことでもあります。そこには、たとえ最高裁判事という顕職であっても、違うとらえ方があって、また当然のことなのです。

     冒頭の弁護士は、その後、うまく会派間の合意を取り付けて、ほどなく東弁会長に就任しましたが、このエピソードには、会長ポストを目指す者が神経をとがらせなければならない会派間・会員間の厳しい足の引っ張り合いの現実を読み取ることができたのと同時、弁護士よるポストに対する思い入れの違いというものを感じさせられました。

     さらに昔のことで恐縮ですが、こんな話があります。その年の日弁連会長候補の適格者として、ある人物の名前が上がりました。東京の弁護士会会長、日弁連人権擁護委員会委員長、法律扶助協会会長の要職を歴任し、弁護士間の交遊関係も広く、人望もある彼を推す声が強かったのは、当然ではありました。

     当時、日弁連会長席は、東京三弁護士会と大阪弁護士会の、いわゆる持ち回りが完全に定着していて、同一弁護士会内からの出馬はともかく、その年は、彼の所属する弁護士会の「番」という風に大方みられており、彼については東京の他会、会派からも、彼ならば、という話になっていました。

     しかし、彼は頑として、出馬を固辞しました。所属弁護士会内は一致して彼を推し、他会までも彼に、というムードの中で、多くの人が彼の説得役を引き受けました。東京の別の弁護士会の元日弁連会長までが、彼に出馬を懇請してほしいと、関係者に頼み込んだという話も残っているほど、彼しかいないという空気だったようです。

     目の色を変えて、日弁連会長になりたいと思う方もいることを考えれば、そういう方々には、なんとも羨ましくなる話かもしれませんが、ただ、多くの説得も、彼については無駄に終わりました。

      「僕は相当に弁護士会へのお礼奉公はしたつもりだ。もうこの辺で勘弁してもらいたい」

     日弁連会長になれるのにならなかった弁護士、として、のちに彼のことを、弁護士界では、「日本一無欲な男」と評されもしました。しかし、彼はこっそり後輩の弁護士にこう話していたそうです。

      「日弁連と役所側との間が、うまくいっていない今、出馬して昔の後輩たちと、争うのもいやだからなあ」

     官側での経歴があった彼の、これが本音だったのかもしれません。当時の、今よりも官側と先鋭的に対立していた日弁連のトップに立つことは、彼にとっては、やはり重荷だったとも、また、そこにむしろ今、自分がトップに立つことが日弁連という組織にとってふさわしくないという、彼自身の強い自覚があったともとることはできなくありません。

     今でも、弁護士のポストへの「執着」めいた話も聞こえてはきますが、その思いには、昔も今も一様には語りきれないものを感じます。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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