裁判員裁判「求刑プラス4年」判決の意味

     またもや求刑を上回る裁判員裁判の判決が出されました。香川県琴平町の老人ホームで、男性入所者ら2人を刃物で刺すなどして死傷させたとして、殺人と傷害の罪に問われた元入所者の87歳の被告人に対し、求刑を4年上回る懲役16年(9日、高松地裁)。起訴前の精神鑑定で妄想性障害と診断され、検察側が「心神耗弱」、弁護側は「心神耗弱か、心神喪失」と主張し、双方とも完全責任能力はなかったとしていたのを退け、同能力を認めての結論です。

     この件に関して、事実を論評抜きに伝える報道が目立つなかで、どうしても我々に突き付けられていると思えるのは、このプラス4年の意味です。一体、ここに、この裁判員裁判の何を読み取るべきなのか――。

     鑑定医の意見に拘束されず、検察官・弁護士の主張にもよることなく、市民の判断が示された、と、ここをストンと読み込んで、あるいは、ここに従来の裁判とは違う、この裁判の意義を受けとめるべき、という見方もあるのかもしれません。ただ、見方によっては、それとは全く別の像も浮かび上がってきます。

     妄想性障害の影響を低くとらえる以上、心神耗弱を前提とする検察側の求刑では足りないという、単純な発想も考えられますが、影響を低く見積もる根拠は、「市民の常識」が反映した結果なのでしょうか。求刑通りでも、出所は満期ならば99歳。あえて103歳まで懲役を科す必要性をどこに見出したのか、という疑問も、そこに「市民の常識」の反映としての、罪の重さに相当する科刑があったという解釈になるのでしょうか。

     裁判員に直接、ここをどう考えたのかを聞きたくなります。報道では、判決の妄想性障害の影響を低くとらえる見方とともに、「気が短い被告人の性格」に起因した、という判断が示されています。専門家の知見や判断を排して、「性格の問題」だとする判断が決め手になったのだとすれば、そこは相当な根拠が示されない限り、やはり危険なものをはらんでいるように思えるのです。

     7月30日にやはり求刑を上回った、殺人罪に問われた無職男性に対する大阪地裁の裁判員裁判判決でも、アスペルガー症候群の影響を認めながら、再犯の恐れと社会秩序の維持を掲げて、検察側の懲役16年の求刑に4年が上乗せされています(「危険性を露呈した裁判員裁判」)。今回の判決では、表現そのもののなかに、大阪地裁判決のような、明らかな治安維持に傾斜した保安処分的色彩ある判決文の下りがあるとは伝えられませんが、少なくとも今回も同様に、「科学的知見」よりも、「健全な社会常識」と位置づけられる、市民の「心配」が、求刑を超えた量刑の根拠になったのではないか、という疑念は払拭できません。

     大阪地裁判決では、判決の問題性に言及しながら、このケースでの裁判員に対する説明不足などの裁判官の責任をいい、極力、裁判員と裁判員制度を傷つけまいとする論調が見られました(「裁判員制度の本当の脅威」) 。今回は、そういうことにすらならない可能性があります。何を根拠としたか国民に伝わらないまま、専門家の知見が「市民の健全な社会常識」の御旗のもとに排除され、刑期が上乗せされても、「心配」「不安」という点で納得・処理されていく裁判に、社会がならされていく危険性を感じます。

      「求刑を上回る判決は、よほどのことがない限り妥当ではない。裁判員裁判の悪い判断が出た」(NHK NEWSWEB) 

     今回の判決に対する弁護士側のこんなコメントが報道されています。裁判員裁判の「悪い」面が出た判断ではないかという目線が必要です。


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    テーマ : 刑事司法
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    No title

    河野様、コメントいただきありがとうございます。とりいそぎ。

    No title

    >責任能力という考え方は、欧米諸国から輸入した近代法における諸原則の一つ

    外国に例を求めるまでもなく、古来日本においても廃疾や篤疾を限定処罰していたようですね。

    「凡年七十以上、十六以下及廃疾、犯流罪以下収贖。八十以上、十歳以下及篤疾、犯反逆殺人応死、上請。盗及傷人亦収贖。余皆勿論。」(名例律)

    現代日本の社会では、なぜ、上記のような考え方が弱まっているのか
    その原因を究明することが大事だと思うのです。

    今回の判決の意味

    裁判員裁判で、求刑を上回る判決が出るとか、専門家の意見では無罪なのに有罪の判決が出るといった事件の多くは、被告人の責任能力が問題となっているものであり、今回の事件もそうです。
    判決理由で示されている表向きの理由は、(鑑定医の意見にかかわらず)妄想性障害の影響は低いということなのでしょうが、一般市民の中には、そもそも「被告人の責任能力を理由に刑を減軽するのはおかしい」と考える人が相当数おり、今回の裁判でもそのような考え方を主張する裁判員が多かったのではないかと思われます。
     責任能力という考え方は、欧米諸国から輸入した近代法における諸原則の一つであり、法律の専門家の間では、議論の余地もなく無条件に肯定されている(これを否定するような人は司法試験で落とされる)ため、なぜそのような考え方が法律で採用されているのか、その趣旨にさかのぼって一般市民にわかりやすく説明するという試みは、これまで全くと言ってよいほどなされてきませんでした。
    責任能力に関する法運用のあり方という問題は、裁判員制度の是非にかかわらず、これとは別の問題として検討する必要があるように思います。

    ありがとうございます

    とおりすがりさん
    もうひとりのとおりすがりさん
    コメントありがとうございます。

    もうひとりのとおりすがりさんに、適切にご説明頂いていたので、そのうえに申し上げるのを控えてしまいましたが、求刑を上回ること自体が常に妥当でないということではなく、最初にとおりすがりさんがおっしゃっているように、問題は「理由」です。そこに指摘したような払拭できない疑念があるということを書き、結果として、もうひとりのとおりすがりさんに引用して頂いたことを懸念する、という趣旨であり、またコメントにつなげた「『悪い』面が出た判断ではないかという」ことへの目線というのも、その疑念とつなげて書いたつもりでした。

    今後ともよろしくお願いします。

    ああ、すみません

    ご指摘の後の数行に反応しています。
    最後に、「裁判員裁判の「悪い」面が出た判断ではないかという目線が必要です。」というのがあるので、NHK NEWS Webのコメントに賛成の姿勢、と読みました。穿ち過ぎ、というのであれば、それはそうかもしれません。

    とはいえ、批判するという意味ではなく、純粋に河野氏の見解を聞きたいものです。

    とおりすがりさんへ

    とおりすがりさんへ

    文章をよくお読みなさい。河野さんが問題とされているのは、

    「何を根拠としたか国民に伝わらないまま、専門家の知見が「市民の健全な社会常識」の御旗のもとに排除され、刑期が上乗せされても、「心配」「不安」という点で納得・処理されていく裁判に、社会がならされていく危険性を感じます。」

    ということでしょ。求刑を上回ること自体か不当とは言っていませんよ。

    No title

    「求刑を上回ること」自体は、価値中立ではないでしょうか?
    価値判断が必要なのは、求刑を上回ることに対する「理由」であって、理由如何で「求刑を上回ること」は是認されるかと思います。

    何故、「求刑を上回ること」が妥当ではないのでしょうか?
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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