「あるべき論」の落とし穴

     弁護士の議論は、「あるべき論」に傾き過ぎている、という指摘を、弁護士界を外から見ている人の口からよく聞きます。

     「あるべき論」が悪いのか、といわれれば、そうはいえません。あるべき姿を目指して、議論をするのでなければ、意味がないという人もいるでしょう。あるべき姿を「理想論だ」「夢物語だ」と、蹴飛ばしてばかりいては、世の中は何も変わっていかないかもしれません。

     ただ、「あるべき論」には、弱点があります。いうまでもなく、それは「現実」です。あるべき理想の前にたちはだかる、多くの現実的問題をどうするか、あるいは理想論に向かうために生じる弊害・実害をどうするか、その被害者をどう救済するのか、という点。ここがともすれば、二の次になるのが、「あるべき論」です。

     要するに、現実の頭越しに、遠い先の「理想」が語られる。そして、さらに肝心なことは、クリアできない現実の前に、実は「あるべき論」そのものが成立していない場合もある、ということです。

     「弁護士は『改革』という言葉に弱いんです」

     今回の司法改革の問題性が弁護士界外でも指摘されはじめたころ、ある弁護士が集会でこう語ったことを覚えています。「改革」の問題性がテーマとなっていた集会で、その弁護士自身もそれを指摘する側の人間でしたが、「じゃあ、なぜ日弁連や多くの弁護士が、その『改革』に加担したのか」と問われると、彼が開口一番、口にしたのは、先の言葉でした。

     その時、彼が言いたかったのは、弁護士の「善意」だととれました。「改革」のスローガンである「国民に身近な司法」とか「利用しやすい司法」は単なるお題目で、本当は別の目的があり、あるいは別の目的のために遂行しようとする勢力が弁護士会上層部とつながり、国民を欺いた「改革」を推進している――こうした事実だけは、少なくとも存在しないと。

     多くの弁護士は「善意」から「改革」の効果を信じて推進してきたけれど、予想が大きく外れたのに、それを認めないだけなんだと。

     厳しく日弁連執行部の姿勢を攻撃する彼も、この時は、「改革」に乗っかってしまった弁護士たちの弁護人でした。

     この「改革」という言葉に弱い、という姿こそ、前記した「あるべき論」に突き進んでしまいがちな弁護士の姿のようにみえます。なぜならば、弁護士増員、法科大学院など、今回の「改革」の現実を見る時、やはり「あるべき論」の落とし穴がそこにあったようにも思えるからです。

     「弁護士を増やすことで、よりよいサービスが提供される」「点からプロセスに法曹養成を変える」。こうしたスローガンのもと、突き進んだ「改革」は、弁護士の供給と需要のバランス、質の低下を含む弁護士増員の実害、法科大学院の乱立と教育の格差、多様な人材確保の破たんなど、そのプロセスで起こる問題をどこまで念頭においていたのでしょうか。

     実は「あるべき論」がぶち当たる現実の壁に対してとられる方法は、大きく三つあると思います。一つは「我慢しろ」。今、耐えることで必ず道は開ける、という態度。もう一つは、「それぞれに対策を講じなければならない」という態度。つまり、ここでもう一度「あるべき論」を使うわけですが、実際に有効な対策が講じられなければ、実質、一つ目の「我慢しろ」と同じ意味です。そして、最後は「こんなはずじゃなかった」。やってみなきゃ分からなかったという、対策に値しない弁明、責任逃れです。

     どこかで見た感じがしませんか。今回の「改革」をめぐる議論のなかで、これらすべてを見た感じがします。

     2008年に自民党の「法曹の資質について考える会」が出した意見書の結びにこんな言葉が書いてあります。

     「司法制度改革は夢見る改革であってはならない。現実の生身の国民の生活に最も良い結果をもたらすべきで、現実離れするようなことがあってはならない」

     「あるべき論」が目指す「夢見る改革」には、どこまで「善意」の抗弁が通用するのでしょうか。

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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