弁護士増員をめぐる優先順位

     危険を回避しようとする時には、優先順位ということが問われます。商品やサービスを社会に提供することに責任を負っている側が、そのことによる危険の可能性に直面した場合、今、第一にやるべきことは何なのか。そして、どの程度徹底すべきことなのか、ということです。

     提供を受ける側からすれば、当然のその優先順位に対する姿勢は、提供者側の危険に対する認識、あるいは責任の自覚を測るものにもなります。提供者からすれば、危険の可能性を低く見積もって、できるだけ方針は変えたくないという本音があっても、万に一つの危険が取り返しがつかないダメージを被提供者に与えると考えるならば、提供中止なり徹底したリコールなりの方策をとってしかるべき、ということになり、そこは言うまでなく、提供者に対する評価の基準になります。

     また、しばしば言われるように、その万に一つが提供者にとっても取り返しがつかないダメージにつながることを考えれば、前記本音などは問題にならないということになります。

     提供者はこの危険を前に、一体、何を一番に考えているのか、あるいは考えていたのか――。「できるだけ」などという言葉や、時には堂々と自己責任という都合のいい考え方に逃げ込みを図るものも見られるわけですが、この問いかけは、多くの場合、有効に作用します。

     司法改革、とりわれ法曹人口や法曹養成問題に対する日弁連・弁護士会の姿勢を見ていて、しばしば考えさせられるのは、実はこのことです。

      「今、日本弁護士連合会が目指すもの」というタイトルで、法律雑誌NBL8月1日号(№982)が山岸憲司会長のインタビューを掲載しています。このなかで、山岸会長は、「弁護士の活動領域の拡大」に積極的に取り組む姿勢、「法の支配を社会の隅々にまで及ぼすために」に企業・官公庁に活躍の場を広げる必要性を主張し、一方で企業側に弁護士の有用性に対する認識が深まっていると感じる、とし、企業ニーズに合う弁護士研修充実の必要性も指摘しています。一般的な「社会の要請」としてのニーズ論も「潜在的なニーズはある」と「思っている」とし、顕在化への弁護士の意識改革の重要性を言っていますが、媒体の性格とはいえ、全体的な印象は、やはり「企業ニーズ」の強調です。

     しかし、一方で彼はこう言います。

      「新人弁護士は、所属事務所の内外を問わず先輩弁護士から指導、助言を受けながら実務を担当することによるOJTを経て、法曹としての市民の要請に的確に応えていくのに必要な経験と実務処理能力(質)を備えていくので、弁護士の質を維持するためにOJTの確保は極めて重要です」
      「ところが、あまりに急激過ぎた司法試験合格者数の増加により、そのようなOJTの機会が得られない新人弁護士たちが増えています」
      「就職難により、OJTの機会が得られない新人弁護士がこのまま増えていくならば、法曹として必要な経験・能力を十分に修得できていない弁護士を社会に大量に生み出していくおそれがあります」

     この認識のもとに、彼は弁護士増員のペースダウン、急増から漸減という主張、まずは司法試験合格者「1500人」という日弁連方針につなげています。

     ここで問われてくるのが、前記優先順位、あるいはそれを決定付ける危険に対する認識度のように思えるのです。つまりは、「市民の要請に的確に応えていくのに必要な経験と実務処理能力(質)」を備えていない弁護士を社会に大量に生み出すことへの危険の認識です。

     潜在的ニーズを前提にする考え方には、それを開拓する大量の弁護士を必要とするような見方が、大マスコミを含めて、「改革」推進論のなかにあります。いわば「眠れる大鉱脈」に対し、とりあえず「鉱夫」を増やせという考え方です(「検証なき『増員』路線の失敗を認めない人々」 ) 。  

     ただ、山岸会長はこの考え方の無理は認識しているようです。このインタビューでも、彼は「無償のニーズやボランティアのニーズは山ほどある」が、「それが弁護士の業務につながっていくのか、あるいは法律扶助の問題なのか見極めていく必要がある」としています。有償・無償の弁護士ニーズをごちゃまぜにした、これまでの「改革」論議のおかしさ、そうしたニーズに仮にこたえる大量の弁護士が必要というのならば、当然現実的にはそれを支える基盤が必要ということに気付いているということです。

     さて、日弁連・弁護士会が、問われる優先順位は何なのか。そこにどのような危機意識と責任が反映されるのか。不確定な有償のニーズの掘り起こしを前提に、どこまで「質」の危険を重くみるのか。そして、誰を守ることを第一に考えるのか――。山岸新執行部になって、「改革」路線、増員基調への回帰ムードもいわれ、「さらなる減員」どころか、日弁連はきっちり「1500人」提案を貫けるのかを不安視する声も聞かれます(「変わりつつある日弁連内ムード」) 。

     結局、会内の意見を分けているのも、ここの認識、危機意識の違いといっていいように思えます。ただ、冒頭の見方に立って、かつ、少なくとも「市民のための改革」というのであれば、優先順位の答えは、既にはっきりと出ているというべきです。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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