「不幸産業」としての弁護士

     20世紀を代表する報道カメラマン、ロバート・キャパは、こう語ったといわています。

      「戦争写真家の切なる願いは、失業だ」

     彼は「戦場」ではなく、そこにいる「人間」を撮り続けたカメラマンではありましたが、戦争がなくなれば、少なくとも「戦争写真家」という仕事はなくなるという表現で、平和への思いを語ったといえます。同時に、自分たちの仕事が続くということは、戦争がなくなっていない、ということを示しているわけで、やはり、自らの仕事が、人々の不幸や苦しみと深くかかわっていることを強く自覚していたことがうかがえるのです。

      「弁護士は不幸産業だから」

     こんな言葉を、以前から弁護士自身の口から聞くことがありました。もちろん、弁護士が言うのは、自嘲的な意味で使われるのがほとんどですが、「だから」の後は、しゃしゃり出るべきではない、と。主にどんな文脈で登場するかといえば、自分から売り込んで、集客したりするのは、本来ははばかられる。あるいは、自分たちが人の「不幸」にかかわっていることを自覚すべき、とした自戒も込められていたように思えます。

     弁護士が生存をかけて、積極的に売り込まざるを得ない時代に、「不幸産業」であることを掲げて、自重するような状況にない、という意見もありそうですし、ましてキャパのように、それをもって「失業」を願う弁護士が沢山いるということでもありません。弁護士は「不幸」な人と向き合う仕事なのだから、そういう人にたどりつく必要があり、そのために存在をアピールする必要もあるし、当然、生活のためという主張もあるとは思います。

     ただ、あえていえば、やはり大衆にとっては弁護士が「不幸産業」である事実は変わりません。弁護士とのかかわらざるを得ない状況とは、やはり大衆にとって多くの場合、なんらかのトラブルを抱えている、すなわち、非日常的な「不幸」に直面していることを意味しています。だから、できるだけかかわらないで済みたい、かかわらなければならないのは、どうしようもならない時だけ、という意識はあって当然です。

     ここが、この「改革」で描かれている、弁護士が「社会のすみずみ」や、あらゆる場面に登場する社会、逆に言えば、大衆にとっては、社会のいろいろな場面で弁護士にご厄介なる社会というものが、決定的に大衆の意識から遠い理由です。もちろん、「改革」の旗を振る側は、何も必要でない人に押し付けるわけではなく、必要な人のための話というはずです。だから、「社会のすみずみ」とか、あらゆる場面の登場を必要と描く以上、どうしても沢山の「必要な人がいる」という前提に立たなくてはなりません。

     今、問われ出しているのは、この「必要な人」が、本当に「改革」が描いたように、この国に大量に弁護士を増やすことに見合うほど存在しているのか、ということです。もちろん、これはおカネがかかることです。弁護士が増えてくれさえすれば、おカネを投入する用意がある「必要な人」が沢山いなければなりません。

     最近、以前よりも、弁護士が自らの仕事を指して、「不幸産業」というのを耳にする印象があるのは、まさに弁護士が当たり前のようCМまで打って宣伝する時代や、あるいは「改革」が描いた前記社会に対して、根本的な違和感を自覚した弁護士が生まれつつある、ということなのかもしれません。それは、あるいはこの先に、「必要な人」を弁護士が作ってしまうような社会がくる不安ともとれなくありません。

     仕事上、恒常的に弁護士とお付き合いする必要がある方は別にすれば、一般市民にとっては、「不幸」であればこそ、かかわることになった弁護士は、もう二度とかかわりたくなくて当然です。弁護士の中にも、「不幸産業」であることを直視し、人の不幸を伴う弁護士業務が繁栄する社会は望ましいとは到底言えないとして、まさにキャパのように、弁護士業が必要なくなる社会を目指すべき、と「改革」の描き方を疑問視している人もいます(武本夕香子弁護士ブログ「弁護士と営業活動」 「大衆が想定していない『身近な存在』」)。

      「不幸産業」が大量に必要とされると、「改革」が描いた社会が、本当はどんなものなのか。大量に必要という前提は正しかったのか。そして、必要性が現実的になかった場合、どういうことになるのか――。大衆が求めていない弁護士依存社会を到来させないためには、まず、ここにこだわる必要があります。


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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





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    No title

    押し付ければヤクザですね。でも御用聞きを批判する人はいないでしょう。
    勿論、ありもしない不安をあおれば、霊感商法として非難されます。

    程度問題であって、企業に勤める法務部門であれば、予防法務の重要性は肌身で感じていると思いますね。
    いざ、トラブルっていうときの法務コストは馬鹿になりません。
    勿論、訴訟費用が低減化すれば、予防法務は切り捨てる割り切りもあり得ますが、レピテーションリスクが大きすぎます。

    いずれにしても、ヤクザに比するような行為は、どのような商売であっても否定されるのは当たり前で、議論の対象にもなりませんね。

    ヤクザにも劣る卑しさ

    >予防法務って言葉

    みかじめ料って言葉なら何度も聞いたことがあります。
    相手が断ってるのを執拗に売り込むと犯罪にされるのは当たり前なのに、弁護士の世界だけ「潜在需要を掘り起こせ」などと堂々と奨励されるのは何故なのか、私には不思議でなりません。ヤクザの大親分が同じことを組員に訓示してたら、新聞社は何と評すのか?

    No title

    予防法務って言葉、聞いたことないですかね?
    個人レベルでも知っておくことが重要なことは多いでしょ。
    まぁ、物知らずのほうが厄介ではありますが。(笑)
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
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    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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