日弁連会長「裁判員裁判批判」談話の苦しさ

     殺人罪に問われたアスペルガー症候群の無職男性に対し、大阪地裁で7月30日に言い渡された、求刑を上回る裁判員裁判の判決(「危険性を露呈した裁判員裁判」 「裁判員制度の本当の脅威」)について、山岸憲司・日弁連会長が8月10日、談話を発表しています。

     精神障害ゆえに再犯可能性があることを理由に重い刑罰を科すことは、行為者に対する責任非難を刑罰の根拠とする責任主義の大原則に反する。社会防衛のために許される限り長期間刑務所に収容すべきだという考え方は、現行法上容認されない保安処分を刑罰に導入すること。発達障害であるアスペルガー症候群について十分な医学的検討を加えることなく、これを社会的に危険視して上記のような量刑を行っており、発達障害に対する無理解と偏見の存在を指摘せざるを得ない。長期収容によって発達障害が改善されることは期待できない――。

     山岸会長は、今回の判断の不当性について、ざっとこうしたことを列挙しています。問題は、これらが一体、誰に向けられて発せられているのか、ということです。談話は、こう締めくくられています。

      「当連合会は、以上のとおり本判決の量刑及び発達障害の理解について問題点を指摘し、裁判員裁判においても鑑定手続等により量刑判断に必要な医学的・社会福祉的情報が提供され、評議で裁判長から適切に法令の説明や解釈が行われるよう求めるものである」

     これを言葉通り読めば、問題があったのは、「鑑定手続等により量刑判断に必要な医学的・社会福祉的情報が提供され」ていない裁判員裁判と、適切な説明・解釈をしていない職業裁判官ということのようです。しかし、この締めくくり方には、やはり違和感を覚えます。なぜならば、あれほど「主役」と持ち上げて、司法への市民の「健全な常識」の反映のために、出廷を強制までさせている裁判員の存在がどこにも出でこないからです。

     もっとも、これは違和感があっても、日弁連が裁判員制度推進の旗を振ってきたことを考えれば、あまりに分かりやすい話です。つまり、列挙した不当性にどうしても市民の「健全な常識」を被せるわけにはいかないという意思が、ありありと読みとることができるからです。

      「いかに精神障害の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば・・・被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配される」「社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもない」「被告人に対しては、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが、社会秩序の維持にも資する」。こうした判決で示された判断は、尊重すべき「健全な常識」でも、市民の意思でもない、と。

     どうしても制度と参加している市民を傷つけまいとするあまり、あくまで「主役」以外のところに責任があるとしたい、ということです。しかし、これを果たして、当の参加した市民は認めるのでしょうか。ある弁護士ブログ氏は、率直にこう書いています。

      「日弁連会長の談話だが、この判決を批判している日弁連の会員の中には、裁判員裁判の導入に賛成していた人たちもたくさんいるでしょ。裁判員は『わたしたちの常識で』『わたしたちの感覚で』判断すればいいとか、さんざんアピールしておられたではないか。裁判員の人たちは、自分の『常識』、自分の『感覚』に従っただけなのだろう。何を今さら、と思う」(「弁護士のため息」)

     もし、市民の判断も誤ることがある、市民が参加した裁判でも批判できないわけではない、という立場に立つのであれば、むしろ正面から市民の「常識」や「感覚」の中にある、治安維持に傾斜する危うい点を批判すべきといえます。ただ、やはりそれはできない、それをやればこの制度を成り立たせている根本を傷付けてしまう--。推進派にとって、今回のケースが非常に不都合なのは、そうしたこの制度の現実がはっきりとしてしまうからでもあるはずです。

     やはり、無作為抽出された市民の「常識」や「感覚」が持ち込まれ、それに寄りかかる司法の現実が、どういう結果をもたらすのかを、今、私たちの社会が改めて直視すべきだと思います。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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