増員路線への日弁連の大撤退劇

     平成8年1996年。この年、司法試験の論文式試験に、実験的なある制度が導入されました。のちに悪名高い存在として、歴史に名を残すことになる合格枠制「丙案」です。

     検察官志望者の激減を背景に、合格者の若年化を意図して導入された、この「丙案」は、論文式の合格者について、概ね7分の5を成績順、7分の2を受験回数3回以内から選択する方式で、当時、よく使われた言い方をすれば、若年受験者を「ゲタを履かせて優遇する案」でした。

     要するに、成績の低い若年受験者が、成績が上の多数回受験者の頭越しに合格するという現象が起きる制度でした。

     実は日弁連が司法試験合格者の増員路線に舵を切った経緯に、この「丙案」は深いかかわりを持っています。

     平成2年1990年、「丙案」支持の法務省・最高裁に対し、公平・平等性に反すると強く反対していた日弁連は、これまで年間500人だった司法試験合格者を700人に増やし、5年間若年化の状況を検証し、状況改善の一定の要件を満たさなければ、「丙案」を導入するという妥協案で手を打ってしまいます。

     実は、ここから「丙案回避」という希望的観測のもと、合格者増員の日弁連の大撤退が開始されることになります。

     平成2年以降、日弁連は「丙案回避」を求めながら、年700人、800人、1000人と合格者数方針を目まぐるしく変更しましたが、検証結果は予想通りハードルをクリアできず、平成7年1995年「丙案」実施はあっさりと決定してしまいます。

     その後も日弁連は「丙案」廃止を求め続けますが、合格者については平成9年1997年までに、当面1000人、将来1500人のラインまで後退して、ようやくいったん制止します。

     「丙案」という不平等試験と現在の増員路線の基礎は、この間、同時に形づくられたといっていいでしょう。現在、「丙案」は姿を消し、増員路線は生きています。

     もちろん、それなりに増員に慎重であった日弁連が撤退を余儀なくされたこの間、会内で増員賛成派と反対派の間で激しい論争が展開されました。当時の賛成派の言い分も、「潜在需要」であったり、サービスの向上であったり、ギルド批判への懸念であったりしたわけで、おそらく彼らは今でも、この日弁連の方針変更を「撤退」ではない、と強弁するでしょう。

     しかし、日弁連の多くの会員は当時、やはり基本的には、増員に慎重だったと思います。むしろ、そうした慎重論に傾いていた会員を増員論に踏み出させるために、「丙案」回避という目標による牽引が必要だった観があります。

     なぜ、当時、日弁連はそこまで「丙案」回避にこだわり、ずるずると後戻りができない増員路線に引き込まれていったでしょうか。いまだに不透明な感じが残っています。

     ただ、最初の妥協案締結の際のことを思い出すと、異様な感じがありました。それは、日弁連がこれまでにしたことがないような、条件を出した取り引きをしたように感じたからです。当時、会員のなかにも同じような感じをもって首をかしげていた人がいました。

     そもそも、当時から条件クリアは、困難視されていました。最初の700人の合格者増と、いわば5年の「丙案」導入見合わせの取り引きは、増員に慎重であるがゆえの人数設定と要件クリアへの期待によるものとみることもできれば、はじめからその先のシナリオを予想しながら、会内の慎重論を転換させるための、いわば内向きの方策だったとも見れなくはありません。

     今でも時々、弁護士の口から「丙案の轍」という言葉が聞かれます。これは、日弁連が決して繰り返すべきでない、歴史的失敗という受け止め方です。その意味は、官側との取り引きに敗れ、結果として方針の変更を余儀なくされた執行部の采配ミスに対する批判ともとれますが、あるいは執行部の隠された意図も含め、先を見通せず、流れを阻止できなかった会員自身への自戒のようにもとれるのです。

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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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