日弁連が見捨てた「公平・平等」

     思えば法科大学院を中核とする新法曹養成制度に対して、日弁連がとった姿勢として、初めから違和感があったのは、公平・平等というテーマだったといってもいかもしれません。つまり、どこからどう見ても、旧司法試験に比べて、新制度は、国民に広く門戸が開かれていないのは、明らかだったからです。

     いうまでもなく、旧制度が、いわゆる「丙案」を除けば回数制限も年齢制限もなく、また、経済的負担も強制されておらず、社会人が仕事に従事しながら、挑戦することも、法学部生が在学中に受験することもでき、より社会的経済的に制約がある人が挑戦できる環境にあったことは確かでした。いくら、奨学金といった手当を強調しても、新旧のこの差は歴然としています。新制度がその環境と、そのうえにこの世界に来られる人材を排除することに、なぜ、日弁連こそが最後まで反発し、公平・平等な司法試験という存在にこだわらないのか、と。

     そして、その姿勢は、主に経済的な事情などで法科大学院に行けない人のためのバイパスである「予備試験」に対する、その姿勢で決定的になります。法科大学院本道主義を守るために、最初からこのルートを徹底的に冷遇するという日弁連の姿勢は、前記公平・平等の視点に立って、「予備試験」を実質的な機会保障のためのものにするつもりが、全くないことを世の中に示したからです。

     当時、新制度に対する日弁連の姿勢が、明らかになるにつれて、会内のベテラン苦学組のなかには、相当な異論と日弁連に対する失望感があったことも事実です。前にいた新聞社でも、こうして自分が弁護士をやれているのは公平で平等な制度のおかげだ、と、心の底から思っているベテラン弁護士の批判的な論稿を度々掲載しました。およそ、「若くて優秀な」人材を獲得することを中心に考えている最高裁、検察庁と違い、やはり弁護士会が三者で最もここにこだわっておかしくない、という気持ちの人間は、彼を含めて、当時の弁護士会には少なからずいたのです。

     では、当時の日弁連・弁護士会は、新制度のどこに、この理念を上回る価値、あるいは期待を見出したのでしょうか。大川真郎・元日弁連事務総長の著書「司法改革――日弁連の長く困難なたたかい」のなかに、機関誌「自由と正義」2000年3月号に掲載されている滝井繁男・日弁連副会長のこんな座談会での発言が引用されています。

      「たしかに司法修習制度は戦後、司法の民主化という点で非常に大きな役割を果たしてきたことは、おそらく異論はなかろうと思います。しかし、現在、ロースクール構想が提示している問題ついても、私どもは率直に耳を傾ける必要があるのではないか。特に、司法研修所が最高裁におかれていることもあって、どうしても裁判官のための法曹の養成に重点がおかれているわけです。ところが、修習生の大部分は弁護士になる」
      「私どもは、これを単に批判するのではなく、法曹養成はどうあるべきかについて、主体的に取り組む必要があると考えています。特に、法曹一元を視野においた法曹養成はどういうものなのかについて、理事会でも議論をお願いしなければならないと思っております」

     ロースクール(法科大学院)構想が登場する以前、法曹養成の議論は、あくまで統一・公平・平等な養成を目的とした司法研修所の存在を前提としたものであり、まず、それが崩れるということへの抵抗感が弁護士会のなかにはありました。ロースクールが司法研修所にとってかわるのか、共存するのかも含め、両者の関係性と、それによっては統一・公平・平等も崩れるという恐れです。

     滝井副会長の発言からは、そうした当時の会内意見を強く意識していることがうかがえます。そこに出てくるのは、裁判官中心となっている司法研修所教育の改変、つまりはそれを弁護士中心に変えるきっかけを新制度に期待できること、そして、その向こうにある法曹一元というテーマです。

     最高裁の下で運営されている司法研修所から、法曹教育が「解放」されることで、弁護士による弁護士の教育への道が開かれるという期待感が、法曹養成議論の仕切り直しともいえる、大転換に向け、当時の弁護士たちの背中を押したととらえることができます。最終的には、最高裁をしても、法曹の量産決定をもってして、この制度を受け入れることになるわけですが、弁護士会独自の思惑をここにみることができるように思います(「『法科大学院』を目指した弁護士たち」)

     司法研修所は残り、形式的には統一修習は維持されます。しかし、前記発想でいけば、司法試験については、なんとしてでも法科大学院本道主義を守るものでなければなりません。新制度では司法試験はあくまで法科大学院教育の効果測定と位置付けられますが、バイパスを許し、それが拡大してしまえば、結果的に、彼らが考えていた法科大学院を経た、脱司法研修所教育の洗礼を受けた法曹が誕生せず、前記「解放」が実現しないからです。

     これは今にしてみれば、当時のあくまで絵に描いた餅の話です。もちろん、当時の弁護士にしても全員そんな夢を見ていたわけではないと思います。しかし、当時の状況は、牽引する者が夢を伝えるだけでも駒を進められた「改革」の季節だったというべきです。そして、その過程で、冒頭の本来、日弁連がこだわってもいい、こだわるべきだったテーマは、見捨てれたことになります。

     ただ、気になるのは、絵に描いた餅であることがはっきりした今でも、日弁連は本道主義を守るために、志望者の公平・平等な機会を犠牲にする受験条件化を外さないという方針を取っています(「日弁連『法科大学院制度改善提言』への疑問」)。いまだに夢を追いかけている方々もいるのかもしれませんが、もはや日弁連という団体そのものが、そういうことを本当に軽視する団体になった、ととられてもおかしくありません。


    ただいま、「日弁連の『法科大学院制度の改善に関する具体的提言』」についてもご意見募集中!
    投稿サイト「司法ウオッチ」では皆様の意見を募集しています。是非、ご参加下さい。http://www.shihouwatch.com/

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    裾野を必死に狭めたがる業界の未来

    >そうなれば予備試験合格者をもっと増やさざるを得なくなり

    ここに飛躍があります。そんな現象が起こることぐらい、最初から充分予想できた(予備試験合格者が不当に絞られれば絞られるほど、それを突破できるのはとんでもない精鋭だけになる)はず。インチキ「エリート教育」を一言で批判した名言に「裾野を広くとらずして頂点が高くなる訳がない」というのがありますが、全くその通り。付属高校出身者は大学進学時に入学試験を受けないそうですね。で、付属高校出身者が一般入試組に劣ってばかり、大学の面汚しになってるという評判は多数聞きますが、だからってどこの大学が一般入試枠を拡大したり、付属高校を廃止したりしてますか? むしろ逆でしょ?

    ああ書きましたが、東大法学部出身者が誰も進学しなくなるわけがない。法学部教授になるには今後は法曹資格が必須になったとかで、教授の引きで拝み倒してコネ入学でもなんでもするだろうから。質? そんなもん、学歴のハッタリさえありゃどうにでもなるでしょ。臨床医じゃあるまいし。現に今までなんでもかんでもみんなそうだったんだから。特に人間の恣意が支配する分野は。法律学は典型中の典型。

    医療過誤ならぬ弁護過誤の話題が、そろそろ出て来るようになりました。訴訟という敵意バリバリの相手方がいる場合なら比較的それは見つかり易いが、厳しい目でチェックされないただの書類イジリの域だったらどれほどひどい過誤が乱舞してるんだろう。詐欺師や事件屋は大喜びしてるでしょうね。付け入る隙を、標的の用心棒どもが勝手に増やしてくれてるんだから。

    ロー崩壊のシナリオ

    私は「社会人が仕事に従事しながら、挑戦すること」を実践し、旧司法試験で最終合格した者です。旧司が新制度より公平・平等で広く門戸が開かれていたこと、予備試験が狭き門となり冷遇されていること、いずれも同感です。
    また、よほどの事態にならない限りロー推進派が制度の誤りを認めないという、先にコメントした方の認識にも同意します。政治、マスコミ、日弁連内部の自浄作用のいずれも、ロー制度を改める原動力としての期待は薄いです。
    では、ロー制度に引導を渡すの誰でしょうか。
    先のコメントの通り、東大法学部新卒者かもしれませんが、私は予備試験合格者だと思っています。
    予備合格者の新司合格率が全体合格率より高くなり、成績順位分布で上位に分布する結果になれば、ロー制度の機能不全がより明確に白日の下にさらされます。そうなれば予備試験合格者をもっと増やさざるを得なくなり、ロー進学者はますます減っていきます。大手事務所が予備合格者を優遇採用する動きが一層進み、ローの撤退が相次ぐ一方、予備受験者はどんどん増えていく。そして最終的に予備試験が司法試験受験資格取得の主流にとって代わる。
    これが私の想像するロー崩壊のシナリオです(長文失礼しました)。

    No title

    893-5910 様、コメントありがとうございます。

    予備試験を合格した人が冷遇されているということではありません。日弁連が予備試験ルートを法科大学院本道主義を守るために冷遇、狭き門とするよう主張してきたということです。今回の「具体的提言」でも、法科大学院と予備試験の両制度趣旨の調和などといっていますが、やはり今にいるまで、法科大学院本道が崩れない形という姿勢に変わりはありません。

    今後ともよろしくお願いします。

    日弁連<旧大本営

    予備試験組が冷遇されているですって?
    私の聞いた話では、ベラボーな高給とガチガチの学閥で有名な最大手事務所(複数)が争奪に血眼だという話ですが、あれはデマだったのかな。法外なタイムチャージを騙し盗るためには、「最難関試験を通った」というハッタリにこだわる必要があるんでしょう。

    「法科大学院絶対原理主義」を日弁連が譲らない理由は、学閥門閥の卑しいコネ根性の味を覚えてしまった。あと、てめえが権力を握って業界を引きずり回した挙げ句の大失敗という責任を認めたくない。ただそれだけでしょう。「海軍あって国家なし」「連合艦隊あって海軍なし」という敗戦後の批判に倣って言うなら、「法科大学院あって法曹界なし」になりますか? 東大法学部新卒者全員が東大含めてどこの法科大学院にも進学しない、という事態にでもならない限り、連中が非を認めて道を引き返そうとはしないと思いますね。旧大本営を上回る底抜けの(自粛)どもだから。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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