弁護士の市民感覚

     以前から弁護士のなかには、弁護士の長所として、「市民感覚にすぐれている」ということを強調される方が多くいます。これは、要するに、法曹三者のなかでは、つまり、裁判官、検察官に比べて、依頼者と直接接し、生の声を聞いている、その立場に立って活動している、という職業の性格からのものといった説明もされました。

     私は以前新聞社に在籍した約30年間に就任した全最高裁判事に、裁判官室で単独取材をした経験を持っています。その時に必ず、「自分のこれまでの経験がどのように最終審でいかされることを望んでいるのか」といったことを聞いたのですが、弁護士出身の方は、必ずといっていいほど、自らの経験のうちの、この点を強調されていました。

     これは、長く弁護士・会にある自負であると思います。

     ところが、ことによるとそうはとらえていないんじゃないか、と思わせる法律があります。裁判員制度について定めた裁判員法という法律です。

     この法律の15条には、裁判員の職務に就くことができない者が列挙されていますが、法曹三者は現職だけでなく「であった者」、つまり経験者も除外されています。

     法曹三者の除外は、一般市民の常識を反映させる裁判員制度の趣旨や司法権の独立といったことが理由とされているようです。わざわざ市民を参加させるのに、中身が裁判官じゃ意味がない、という説明は分かりやすい話ではあります。

     でも、経験者の排除はどう解釈すべきなんでしょう。もちろん、法曹三者の除外という趣旨では、ある意味、彼らのプロ意識を含めて徹底的に排除するのが、裁判員法の立場のようには読めます。

     ただ、裁判所はホームページで裁判員制度について、こうも言っています。

     「さまざまな人生経験を持つ裁判員と裁判官が議論することで、これまで以上に多角的で深みのある裁判になることが期待されます」

     となると、少なくとも「市民感覚」に近いと自負する弁護士の経験は、この制度に反映すべき「さまざまな人生経験」にカウントされていない形になります。というよりも、そもそも法曹経験者の感覚は、もはやこの制度が期待する「市民感覚」ではない、という位置付けに読めます。

     さすがに、この点には首をかしげる市民もいます。あるホームページでは、どうして法曹三者は経験者もだめなの?という質問に対して、こんな苦しい回答もなされていました。

     「いったん法曹三者になったら、市民の感覚はなくなってしまうということでしょうか」

     以前にも書きましたが、法曹界には、「法曹一元」という考え方がありますが、その本来的な意味は、弁護士経験者から裁判官を選ぶ制度でした。その根本的な趣旨も、市民・国民の生活を守ってきた弁護士の多様な経験が裁判にいかされることにありました(「尊敬される弁護士と『法曹一元』」)。

     ただ、それにはそのことへの社会的なコンセンサス、弁護士という存在についての大衆の期待度、信頼度が大きくかかわっているともいえます。結局、この国では、一つの法曹資格から三者が生れているということで、「法曹一元」事足れり、という話になっています。

     要するに、裁判員制度での評価をみれば、本来の「法曹一元」とは全く逆の方向ではありませんか。同制度に関与する職業裁判官の給源として考える余地がないわけではありませんが、その意義の根幹にある弁護士の「市民感覚」の評価を考えると、本来の「法曹一元」からは、さらに遠ざかっているとみることもできます。

     弁護士が市民・大衆側に立っていることをいう言い方で、この世界では「在野性」という言葉もよく使われてきました。この言葉の対立概念は、「在朝」、つまり国家権力側ということになりますので、多分に「在野」という言葉には、権力側を意識したもの、反権力的な意味合いが含まれる感じがあります。

     この言い方は、弁護士界では、いまややや古いという位置付けをする人が多いのですが、むしろ、この立場を強調していたころは、市民側という弁護士スタンスは、いまよりも市民に伝わりやすかったんじゃないかとも思えます。

     そもそも今現在、市民が弁護士といわれて、直ちに「市民感覚」に近い存在として頼りになる、という評価を下すのかは、微妙になってきているかもしれません。弁護士の感覚が大きく変わってきたというのではなく、弁護士に対する不信感から、それこそ「市民感覚」で、そうした評価から離れてきている感じがあります。

     市民にとって本当に必要な弁護士のあり方を考えるとき、前記したホームページの回答のような、「いったん弁護士になったら市民感覚はなくなる」といった見方が一般的となる未来は、決して望ましいものではないはずです。

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    一部訂正します

    先日の記事ですが、末尾の綱紀委員会への異議申立ての部分が誤りのようで
    訂正しました。申し訳ありませんでした。

    (綱紀委員会の部分のみ知人弁護士の受け売りで、確認不十分でした。
     訂正も同人からの連絡によります。正確に確認する時間がないですが、
     取り急ぎブログを訂正しています)

    (訂正した記事)
    http://ameblo.jp/osaka-bengoshi/entry-10803737551.html
    (懲戒手続きの流れ)
    http://www.nichibenren.or.jp/ja/autonomy/data/kouki_flowchart.pdf

    ありがとうございました

    重次直樹先生、ありがとうございます。
    貴重な情報と、ご意見、大変参考になります。
    再度、じっくり検討してみたいと思います。

    実は先般の「大桃・麻木騒動」の件を分析された重次先生のブログを当方のブログ
    http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-6.htmlでご紹介させて頂いています。ご連絡せず、失礼いたしました。

    今後ともよろしくお願い申し上げます。

    市民感覚と懲戒処分

    こんにちわ。はじめまして。大阪の弁護士の重次直樹です。

    先日、大阪弁護士会の懲戒処分が、日弁連に取り消された件の記事を書きました。
    http://ameblo.jp/osaka-bengoshi/entry-10803737551.html

    弁護士の市民感覚とも関係していると思い、紹介いたします。

    ブログ初心者(昨年夏に開始)でアメブロ以外のシステムがよく分かっておらず、不適切なコメントでしたら、申し訳ありません。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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