学者と弁護士の溝

     既に20年以上前の古い話になりますが、弁護士会主催の講演会にある大学の憲法学者が出席していました。恥ずかしながら、それがどんなテーマのどんな内容だったかも、既に完全に忘れてしまっていますが、たった一つ、その日のことで今でも忘れられないことがあります。

     講演終了後、会場との質疑の時間になり、たまたま私の知っている弁護士が手を挙げました。その時、彼が言った内容も、もはやはっきりしないのですが、憲法がテーマになっていたその日の講演で、ある事柄に対する違憲性について、憲法学者の見解を求めたものだと記憶しています。忘れられないのは、回答に立った、その憲法学者が開口一番放った、こんな言葉です。

      「まあ、弁護士さんのことだから、そういった考えに立って、違憲訴訟でも起こしたいのかもしれないが」

     弁護士会館に一瞬、険悪なムードが流れました。質問に立っていた弁護士は、憤然として、「そういうことを言っているんじゃない」といった抗議の言葉をぶつけていましたが、そのまま憲法学者は意に介していないように話しを続け、会はそのまま進行しました。その学者は、要するに、その違憲主張について、学者としては、成立しないという見解を述べるにあたって、あたかも弁護士による「こじつけ」の類とでもいうような表現を、あえて加味したとしかとれませんでした。そして、およそ品がないこの言い方の中に、弁護士の主張に対する、この学者の侮蔑的な意識を読み取らざるを得なかったのでした。

     嫌な話になりますが、弁護士と学者の間の、こうした相互蔑視的な話は、その後も、長くこの世界を見てくると、度々目や耳にすることはありました。学者が弁護士の主張を、前記学者のように、あたかもある種の目的のためにひねり出したもののようにとらえたり、それがあたかも依頼者という立場によって主張されるものとして、そこに普遍的なものを見ていないような態度であったり。これに対し弁護士側は学者について、実務を知らない、机上の空論だといった批判的な見方をぶつけたり。

     かつて私の知り合いの人権派の弁護士は、自分がある学会の並みいる権威とされる学者たちから、「われわれの世界に活動家はいらない」と言われていることを人伝に聞いたという話を教えてくれました。弁護士=活動家というとらえ方の中に、彼らの中にある意識の断片をやはり読みとることができるようには思います。

     あえてお断りする必要もないとは思いますが、もちろんそんな方ばかりではなく、弁護士と学者との関係にしても、相互蔑視的なものばかりではないどころか、むしろ良好な協力関係はいくらでも見つけることができます。むしろ、前記のような険悪なものは、およそ極一部の話と言われる方もいらっしゃるかとも思います。その通りかもしれませんし、前記のような関係をあえてえぐり出すことが、いいということでもありません。

     ただ、最近の法科大学院をめぐる議論でも、研究家教員と実務家教員間の、相互評価の話のなかに、時に前記したような関係を彷彿させる感情的なものを見てしまうだけに、そこにやはり根深いものも感じざるを得ません。

     最近、こんな一文が目に止まりました。

      「日弁連の人権論をメジャーなものに」

     日弁連人権擁護委員会の新委員長に就任した小林七郎弁護士が、「日弁連人権ニュース」52号に寄せたあいさつ文のタイトルです。この中で、小林弁護士は、日弁連が人権救済申し立てに対して示した判断が、法律学会から相手にされていないことを嘆いています。

     こうした判断の中には、日弁連が最初と思われる先進的な事例もある。意見書にせよ、救済申し立てにしても委員会の中で何度も議論してまとめたものを、さらに正副会長会、理事会の審議を経て、対外的に執行しており、決して日弁連は独善的な理論を展開しているわけではない。しかし、2010年に日弁連機関誌「自由と正義」に日弁連の警告、勧告事例を紹介する当たり、ある憲法学会の重鎮の先生の論評をお願いしたところ、「そのようなものは全く見たことがない」と断られた――。

      「判例や行政解釈は研究の対象とされているのに、日弁連の判断には関心を持たれていないのは大変残念なことです」

     この一文をみて、遠い昔の弁護士会館での、あの憲法学者のことを、ふと思い出してしまいました。ただ、小林弁護士の結論は、日弁連の人権論が「マイナーなのは宣伝不足」かも知れず、「どうしたらメジャーなものにできるのか」という観点からの対策として、法律学会・日弁連の懇談会での意見交換とマスコミ対策が必要、というものでした。

     そもそもそうした学会において日弁連の人権論が「メジャー」になることの意味、さらに日弁連の目的に照らして、そこにどの位の精力を傾けるべきなのかについては、弁護士の中にも、いろいろな見解があるとは思います。ただ、それはともかく、むしろ小林弁護士の認識通り、根本的な原因が日弁連側の宣伝不足にあり、前記意見交換が学会の弁護士に対する認識を根本的に変えるものになればいいのだが――という気持ちになってしまうのです。


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     既に20年以上前の古い話になりますが、弁護士会主催の講演会にある大学の憲法学者が出席していました。恥ずかしながら、それがどんなテーマのどんな内容だったかも、既に完全に忘

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    良好な業界

    中規模総合大学の法学部で、商法を教えている者です。
    私が所属している研究会には、弁護士の方々との合同のものもあり、視点に差があることも感じますが(本来それがこのような会の一番の存在意義だと思います)、よい意見交換になっていると思います。
    商法という科目の特性もあると思います(もっともそのような交流が多い分野だと思います)が、是非建設的に、両者交流を促進できたら、と思っています。

    ありがとうございました

    名古屋のロー生さん

    情報ご提供ありがとうございます。
    今後ともよろしくお願いします。

    ウェッジ今月号に「弁護士増員は誤りか アジア拓く若手」という記事が掲載されています。ロー教授や久保利英明氏ら推進派の意見しかありませんが、気が向いたらご覧ください。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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