地位・生活向上への思い

     1960年7月、オーストリア、ザルツブルグで開かれた国際法曹協会(IBA)の第8回総会に出席したのち、ヨーロッパ諸国など約50日間にわたり、世界を見てきた、のちの日弁連会長、江尻平八郎弁護士は、ある感慨を胸に抱いていました。それは、彼が見たヨーロッパの諸都市には、依然、第二次大戦時の爆撃の跡が放置され、その爪痕を残しているのに対し、原爆が投下された広島、長崎ですら、15年間で緑の街に一変させ、鉄筋のビルが建築されている日本の、驚くべき復興ぶりと、国民生活の豊かさに対してでした。

     ただ、彼はこの旅で、もう一つの思いを持って帰国することになります。

      「それにひきかえ、弁護士の生活はどうだ」

     戦後の弁護士の生活は一般の国民水準から考えると向上しておらず、実質的に戦前より低下している――。彼が感じていたのは、弁護士生活の復興の遅れでした。戦争終結から15年経った日本社会で、弁護士がこんな意識を持っていたというのは、今からすれば、やや意外な感じもしてしまいます。しかし、その後も、事件数は戦前の方が多く、その意味で弁護士の経済基盤は安定していた、というような見方が長く弁護士会内にあったことも事実でした(「ある日弁連会長候補者の闘い」)。

     江尻弁護士は、この時の思いを次のようなユーモラスな表現でつづっていました。

      「戦前は街の八百屋にせよ魚屋にせよ肉屋にせよ、最初は天秤棒による荷車やリヤカーを引いての商売だったが今や営業用のオート三輪か自動車を持って販売にこれを使用している。それに比し弁護士は如何でしょうか。大部分の者は相変わらず戦前と同じくカバンを持ってテクテク歩き回っておる」
      「アメリカでは弁護士の地位が極めて高く、生活水準も国民のトップレベル。その地域の社交界の中心人物として活躍している」(「法曹界」)

     欧米の弁護士に対する羨望のまなざしを読み取ることもできますが、こうした当時の弁護士のなかにあった、ある種のコンプレックスが、その後の弁護士の地位・生活向上への原動力につながったともとれなくありません。そして、現在、社会的にも経済的にも地位を確立したように見られている「弁護士」の歴史は、それほど長いものではない、ということも改めて気が付かされます。

     ところで、この時、江尻弁護士は、日本で弁護士が経済的な基盤を確立し、社会的な地位を勝ち取るために必要なこととして、以下の4点を挙げました。

     ① 弁護士の兼業制度廃止
     ② 国民の法意識の向上による弁護士利用度の向上
     ③ 自治体、事業体での法律顧問制度の発展
     ④ 国会、地方議会への弁護士の参加

     これを見ると、やはり弁護士の経済的基盤という問題を考えた場合、時代を超えてたどりつくところは、結局同じなのかという気持ちがしてきます。要するに、弁護士をより利用させるための国民の意識変革、そして弁護士の活用拡大と進出です。「市民に身近な」存在となり、「社会の隅々」に弁護士が登場し、もっと国民が弁護士に頼り、活用する社会を目指すことも、自治体や企業への「受け皿」としての期待し、多方面に弁護士が参加の目を向けるべきだということは、今日も散々いわれていることです。要するに、これが基本形のようにとれます。

     江尻氏が弁護士の経済的な意味での地位向上を胸に抱いてから、半世紀後の日本では、その「身近な」弁護士が「社会の隅々」に登場すべきと見込んだ激増政策によって、皮肉にも地位・生活の向上や安定どころか、生き残りのために、「受け皿」や参加先を、弁護士が模索せざるを得ない状況になっています。その過程では、逆に弁護士の姿勢に対し、これまでの社会的経済的地位にしがみついているという批判も度々登場しています。

     地位としての弁護士は、この半世紀に、何をやって何を勝ち得、逆に何をしなかったために何を得ずに、また何を失おうとしているのか――。そんなことを考えてしまいます。


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    まとめtyaiました【地位・生活向上への思い】

     1960年7月、オーストリア、ザルツブルグで開かれた国際法曹協会(IBA)の第8回総会に出席したのち、ヨーロッパ諸国など約50日間にわたり、世界を見てきた、のちの日弁連会長、江尻平八

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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